最果ての祈り。
「ごめんなさい……!」
カラカナさんは泣きながら謝罪した。
フィーレンを失ってからまだそんなに日は経っていない。
僕もアスラも哀しみを拭えずにいた。
あの兄弟から解放されたらしいカラカナさんとフラン先生は朝早くに訪れ、開口一番に謝罪を述べた。
「申し訳なかった……。私の所為で……フィーレンを……」
「違います……。二人の所為なんかじゃない」
泣き腫らした目を見れば分かる。フィーレンの訃報を知って泣いたんだと推測出来る。それ位に二人の顔は泣き疲れていた。
「しかし……私があいつらに捕まらなければアスラが対処出来た筈だ」
「……違うんです……。一番悪いのは僕だ……。アスラの制止も聞かないで暴走してあの二人に逆らった。僕が勝手な事をしなければフィーレンは死なずに済んだんだ……」
「リーファ」
「カラカナさんも……ごめんなさい……。冷たい態度取って……。あんなに良くして貰ったのに……」
「あの場は仕方ないよ。気にしてない」
「……全部僕が悪い……。フィーレンが死んだのは僕の所為だ……。僕が余計な事をしなければ殺されなかった……。今この場に居ていいのは僕じゃない……。フィーレンだ……」
「リーファ!」
沈む僕をアスラが抱きしめた。
この温もりを感じるのも僕なんかじゃない。
優しくされるべきじゃない。
「悪いのはあの二人です。リーファの所為などではありません!」
「違う……!僕が悪いんだ……」
「リーファ……」
「──アストライア。オレが、話を聞く」
「……お願いします」
カラカナさんが僕の手を握り、リビングから出た。
そのまま僕らの部屋へ向かい、ゆっくりと扉を閉めた。
「ちゃんと呼吸、出来ますか?」
「……うん」
「喉は痛くないですか?」
「……分かんない……。もう……感情がぐちゃぐちゃで……涙も止まらないんだ……」
「泣いていいです。我慢したら駄目です」
「……や、優しく……しないで……。僕が全部悪いのに……」
「──その通りですね。お前の所為でフィーレンが死んだ」
冷たい声色で言われ、また涙が込み上げてきた。
「そう言えば満足ですか……?責められたいんですか……?」
「……だって……アスラも……言わない……。僕の所為でフィーレンが死んだんだって責めない……。おかしい……。僕の事……嫌いになったからかな……。だからどうでもいいから責めないの……?」
「違います。アストライアがリーファを突き放す筈ありません。貴方の所為では無いから責めない。寧ろ、守りきれなかった事を後悔してる」
「……っ、許せなかったんだ……!灰族だって馬鹿にして、アスラの事も蔑んで見下して、我慢出来なかった……。だから楯突いた……。勝てると思ったんだ……!でも……何も出来なくて……」
「立派だと思います。貴方の行動は、オレも見習いたい位だ」
「……感情任せに突っ走っただけなのに……?」
「この国で王族に盾つける者などいない。そういう国になってしまった。全ての元凶は愚かな国王です。その血を引いた息子達も馬鹿。そんな奴らが頂点にいるからこの国は駄目なんです。正しい人が奪われる。そんな世界、オレは生きたくない」
初めてカラカナさんの本心を知った。そんな事を口にするような人じゃないと思っていた。
「復讐するのなら、存分に利用してくれて構わない。フランもそのつもりだ。リーファが、仇を取りたいと剣を取るなら、オレは盾になる。リーファを守る」
「……な、んで……」
「許せないからですよ」
「……僕は……国王に謝って欲しい。両親を殺した事もフィーレンを奪った事も、階級制度を作ったことも全部。頭を下げさせて踏み潰してやりたい」
「賛成です」
「……でも……謀反なんて犯したら……」
「こちらが先に首を討ち取れば問題ありません」
「……あの皇子達強そうだったよ……。僕は敵わないと思った……。なんで……嫌な奴の方が強いの……?」
「違いますよ。強い奴が嫌な奴だったってだけの話です」
「……そう?」
「魔力の高さは生まれつきによるものなので仕方ないです。努力をしても報われない者もいる。嘆いてもどうにもならないけど」
「……勝てるかな……」
「勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬかの戦いになります。死んだ方が弱かった。それだけです」
「…………死ぬのは怖いよ……」
フィーレンの最期の姿が思い出され、僕は身体を摩った。
「誰だってそうですよ。死んだら無になる。痛いのは嫌だけど」
「……あいつらに謝罪させるまでは死ねない」
「その意気です」
カラカナさんはいつもの微笑を浮かべた。
「諸々の事は此方に任せて下さい」
「……あっ……あの……カラカナさん……」
「どうしました?」
「……アスラの仕事って……人殺しなの……?」
知らなかった訳じゃない。教えて貰った時は幼くて理解が足りていなかった。
「そうですね。殺すと言う表現は些か異なります。罪に塗れた処刑人を楽にしてあげるだけの事。罰せられる程の罪を犯した者に生きる資格はありませんからね」
「……そっか……」
「リーファが気になさる事じゃないです」
「……うん」
カラカナさんの言葉には安心させられるものがある。
彼がそう言うなら大丈夫だ。
「落ち着きましたか?」
「はい……。ごめんなさい……自分ばっかりで……」
「良いんですよ」
僕らは静かにリビングに戻った。
アスラがそっと抱きしめてくれて嬉しかった。
「──学園の地下で如何わしい事が行われていると前に教えただろう?リーファ達が目にしたものは元は人間だ」
フラン先生が色々と教えてくれた。
「奴隷や灰族があの地下に囚われているんだ。禁忌の魔術でキメラを作る実験をしてる。富裕層達の娯楽に過ぎないんだけどね。奴隷達は子どもが多い。未来を奪われて得体の知れない物にされてしまう。阻止しようとした者も居たけど、消息不明になってる。もし、反旗を翻すなら、この奴隷と灰族達が必要になる」
「……どうして?」
「国に対しての憎しみがあるからだよ。彼らを仲間にすれば強い戦力になる」
「ですが、どうやってそこから救い出すのですか?」
「カラカナが週に一度、彼らのメンタルケアをしているんだ。バレない様に一人ずつ自ら出てくる様に仕向ける」
「……気は乗りませんね……」
「方法はそれしかない。私達だけでは謀反なんて到底無理だ。仲間を増やした方が良い」
「でも……居なくなったらバレるんじゃないの?」
「そこは私の能力で操ろう」
「しかし……仲間にしたとしても、戦闘能力はあるんですか?」
「彼らも馬鹿じゃない。灰族ならそれ相応の戦闘能力を鍛えられているだろうし、奴隷だって生きる為なら手段を選ばない。簡単に死ぬほど愚かじゃないんだよ」
誇らしげにフラン先生は言い切った。
「この辺の事は私とカラカナが担うから、二人はいつも通りの生活をしていてくれ」
「分かりました」
「何かあれば連絡するよ」
フラン先生とカラカナさんが帰ると、静かになった。
以前は、フィーレンと何でも一緒にしていたから、リズムが分からなくなっていたんだ。
「リーファ」
アスラはあの日から一緒に寝てくれる様になった。
僕もその方が嬉しかった。一人で寝るのは寂しい。
「アスラ」
「はい」
ベッドの中で寄り添うように寝ながら僕は名を呼んだ。
「お仕事……頑張って」
「……ありがとうございます」
「僕はアスラが大好きだから、アスラを悪く言う人達を理解出来ない。それは……悪いことなのかな……」
「そうですね……。価値観というものは人それぞれですから」
「アスラは……嫌な事言われても困らない?」
「少しは胸が痛みますが……そういう仕事をしている以上、文句を言われるのは仕方の無い事です」
「……どうして……処刑人になろうって思ったの?」
そう聞くと、アスラは少し考えてから話し出した。
「私の両親は、冤罪で命を落としました。この国では無い別の場所での話ですが……。やってもいない事を疑われて、何度違うと唱えても誰も耳を貸さなかった。審判も正しくないまま罰せられたんです。だから、私は何が正しいかを見極めたいと思った。正しい審判によって償われる命にしたいと思った。それが動機です。どんなに良い人でも別の顔があって、悪に手を染めるかもしれない。両親みたいな人がもう出ない様にと願って、この仕事をしています」
「……そうだったんだ」
「お勧めは出来ませんけどね」
「カッコイイって思う。信念があるって凄いね」
「褒めて下さるんですか?」
「うん。アスラはとっても素敵だ」
僕が讃えるとアスラは照れくさそうに笑んだ。
「リーファは、夢をお持ちですか?」
「……夢?」
「こういうお仕事がしたいとか思った事はあります?」
「……えっと……憧れで言うなら、カラカナさんみたいなお仕事してみたいなって」
「カウンセラーですか?」
「うん。話を聞いてくれるって凄く楽になるんだって思う。言いたい事も吐き出せるし、感情も抑えなくていいし、ずっと聞いててくれる。それだけでも救われるのって凄い仕事なんだなって感じたんだ」
「カラカナも喜びますよ」
「そ、そうだったら良いな……」
「ありがとうございます。私の友人を好きになってくれて。私も嬉しい」
「うん。アスラもフラン先生もカラカナさんも大好き。僕とフィーレンを人間として接してくれた。一番辛かった時に優しくしてくれた。返せない程の恩をいっぱい貰ったよ」
「ありがとう、リーファ」
「……もっと強くなって……大切なみんなを守れる位の存在になりたい。アスラの事も守りたい」
「頼もしいです」
優しく頭を撫でてくれたその人は、もうこの世界にはいない。
遠くへいってしまった。
この手に掴めるものなんて簡単に奪われてしまう。
どんなに願ったって、神を呪ったって、誰も還ってこない。
孤独に慣れてしまったら、死んでいるのと変わらなかった。
想いは募るだけで、別の感情が幅を利かせる。
もう迷いなんて無かった。
「──丁度いい頃合いだな」
丘の上から城を見下ろし、サキールが呟いた。
「今頃、優雅な食事会だ。王様は良いねぇ。裕福で我儘でも許して貰える。毎日がパーティーだ。下民には手の届かない暮らしだね」
「反吐が出ます」
「ぶち壊してやりたい」
奴隷や灰族の子達は思っていた以上に国に対しての恨みや憎しみを抱いていた。それが殺意に変貌している。仲間以外は敵。敵は皆殺しだ。
「さて──。国家転覆といこうか」
一斉に影が揺らぐ。
その数時間後、国は地に落ちた。
「ざまぁみろ」
復讐をした所で大好きな人達が迎えに来てくれる訳では無い。
国王を殺しても、国を焼いても、痛みと傷は永遠に癒されない。
出来る事ならもう一度だけ、逢いたい。
「アスラ……フィーレン……」
支えてくれた二人の姿も、どこにも無い。
失いたくない存在は全て奪われた。
ずっと一緒にいたかった。
溢れ出す想いに涙が霞む。
叶わない願いをいつまでも抱いて、夢に縋った──。