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埋葬したのは最後の祈り。  作者: 淡月 涙
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美しい双子

「……二人を、学園に……?」



突然の提案にアスラは不安と驚きの入り交じった表情を浮かべた。

フラン先生とカラカナさんが勤めているエルド学園。そこへ僕らみたいな灰族が行っても良いのだろうか。



「どうして、急にそんな話を……」

「あの学園にはさ、実力主義者が沢山いてね……。自分の魔力を過信して横暴な態度を取る子だっている。能力の差で劣っていたら例え先生だろうが逆らえないんだ。だから、言葉ではなく能力で思い知らせて欲しいと思ったんだ」



学園の中で最強なのはフラン先生だ。生徒達からの信頼も厚く、同僚の先生達からも慕われている。そのフラン先生が悩んでいるのは頂けない。



「ハッキリ言って、フィーレンとリーファの魔力は学園の生徒達を凌ぐものだ。わたしが保証する」

「ですが、能力を示す前に二人の身分を貶められたら……。私が暴走してしまうかも知れません……」

「そうだね。灰族と触れてない子達の方が断然多い。当然、二人の身分を嘲笑って魔力を翳してくるだろう」

「ダメです……!二人が傷つくなど私が許しません!」

「そこでだ、アストライア。わたしが一つ仕掛けておいた。それに乗ってみるのはどうだい?」

「えっ……」

「学園の地下ではね、違法な魔力の実験を繰り返してるんだ。キメラとか魔獣とかね。でもどれも失敗作ばかりで世には出回らない。その一つをわたしが捕らえたからそれを放つ。そして、フィーレンとリーファに倒してもらって、実力の差ってやつを生徒達に見せつけたい。どうだい?」



何やら怖い話の様に聞こえて僕とフィーレンは不安に駆られてしまった。魔獣なんて見たことも無いのに、倒せるのかな……。



「フランの話はいつも突発的です……。怖い……ですか?」



泣きそうになっていた僕達を宥める様にカラカナさんが聞いてきた。



「……怖い……。僕らに出来るのかな……」

「確証ならあります……。フィーレンとリーファは、オレより強い。学園の生徒達は、フランの授業に最後までついていけない。けれど、みっちり教わった貴方達なら、やれます」



優しい笑顔でカラカナさんは自信のある声色で肯定してくれた。フラン先生はとても強いけど、教わった通りにやると必ず出来る事が増えた。それを辛いとは感じなかった。



「……カラカナさんに背中を押して貰えると出来るって思えてくる。ありがとうございます」

「その意気です」

「魔獣ってどんなの?大きい?」

「……オレも、見たことは無いので……。もし、危険だと察したら助けます。アストライアもフランもその心算で迎えます」

「……わかった。ボク、やります。フラン先生の期待に応えたい!」

「僕も……!今まで教わってきたことを活かします!」



僕らの意気込みにアスラは驚いていた。でもすぐに微笑んでくれて優しく抱き寄せてくれた。



「──解りました。二人の意志を尊重します」



アスラの許可が下り、フラン先生も笑みを見せた。

それから2日後に僕らは学園へと招かれた。




エルド学園はとても広い敷地で、噴水やら花畑やら初めて目にするものが沢山あった。学校は立派な造りでお城よりも贅沢なのではと感じる程、盛大な存在だった。



「きつくありませんか?」

「大丈夫です」



僕らは灰族だからリボンを付けないといけない。アスラはそれをとても嫌がった。でも、付けないとセンターに連れて行かれてしまう。そっちの方が断然嫌だったので仕方なく僕らにリボンを付けた。



「……生徒達から、罵詈雑言を浴びるかも知れません。私はそれを咎める事も否定する事もしてはいけないとされているので、とても辛い思いをさせてしまいます……」



学園へ行く前にアスラは話してくれた。



「大丈夫だよ、アスラ。そういうのには慣れてます」

「今までの仕打ちに比べたら、言葉での暴力なんてかすり傷みたいなものだよ」

「……それでも……辛くなるでしょう……?」

「アスラがいるから平気。何を言われても何をされても大丈夫」

「リーファ……」

「アスラが辛そうな表情してるよ。ボクらはアスラには笑ってて欲しいから……。通過儀礼みたいなものだと思うようにするよ」

「フィーレン……」

「僕らは、そんな事では傷つかない」

「アスラのお陰」



そう言うとアスラは泣いて、笑った。



エルド学園には、現国王の息子達も通っているらしい。当然僕らは見たことも無いし、話も聞いたことがない。フラン先生も気にかけている様子は無かったから大して気にならなかった。



「特別授業だって言うから来てやったのに……」

「溜息つかない」



僕らが競技場で待っていると続々と生徒達が入ってきた。皆、同じ制服を着て、賢そうな顔つきをしている。



「──で?あれが、対戦相手?」



見下す様に僕らを捕らえた視線は冷たいもので、歓迎のムードは一切無い。余程、自分達の能力に自信があるのか、キリッとした姿勢から見て取れる。



「やだ、超美形じゃん」

「灰族にもあんな美人いるんだね」



思っていたのとは違う言葉を向けられ、僕らは戸惑う。確かに、美しい母の血を受け継いでいる訳だし、フィーレンも僕も美人の部類に入るとは思う。



「あんなのと戦うの?」

「それで単位取れるならやるけど」



生徒達はざっと見て30人はいる。制服の紋章の色が違う事から学年の中でも選ばれた人達なのだと気付く。



「この度は御足労頂き、感謝します」



最後に現れた教員らしき男性が挨拶してきた。きちっとした服装で真面目そうな印象を受けた。



「こちらこそ、貴重な機会を頂き有難うございます」

「フラン先生から話は聞いています。この子達の実力を測って頂けるとか」

「はい。生徒達の真の実力をフランも知りたいそうなので」

「畏まりました。そういう了見でしたら是非力比べして下さい。まぁ、灰族ごときにうちの子達が劣る筈ありませんけど」



嫌味たらしい口調にアスラは少しだけ表情を曇らせた。



「エルド学園には優秀な生徒達がいると聞いています。楽しみですね」



アスラも引かずに言葉を返す。



「対戦形式はどうしますか?フラン先生からはご自由にとの指示ですが……」

「えぇ。何でも構いませんよ」

「では、戦闘不能になった方が負けという事で問題ないですね?」

「はい」

「魔力も武器も何でもありの対戦といきましょうか!」

「よろしくお願いします」



生徒達はやる気満々の様子で自信のある表情を浮かべていた。

それはアスラも同じ。僕らを信じてくれている。



「それでは、開始致しましょう 」



──教員の男性が合図の笛を鳴らした。

僕らが約半数の生徒達を戦闘不能にしたのはそれから5分も経たない事だった。



「馬鹿な……」



実力に相当自信があった生徒達がいとも簡単に倒され、男性教員は信じられないとばかりに狼狽えていた。

いくら魔力が優れていても、それを活かす応用力と瞬時に切り替えられる体術も備えていないと話にならない。実際、僕らはそれ程魔力を使っていない。ほぼ体術のみで蹴散らせた。



「意気揚々と向かって行くからだ、馬鹿どもめ。少しは考えろ」

「口悪いなぁ、ミラノ」

「シド。お前は弟の方やれ」

「どっち?」

「銀髪の方だよ。兄の方はおれがやる」

「了解」



まだ半数の生徒達がいる中、前に出てきたのは現国王の息子達。皇子とあって生徒達からの特別な視線と教員からの特別扱いの期待が見受けられた。でも、外見は僕らより綺麗じゃない。

兄のミラノの方はそばかすが目立ち、長く伸びた前髪で目元はよく見えなかった。弟のシドはいかにも不良という感じの雰囲気で飄々としていた。僕の相手はその弟の方だ。



「お手柔らかに」

「お願いします」



フラン先生からの事前情報は無い。彼が何の魔力を有しているのかも不明だ。能力が分かるまでは体術で迎え撃つ……。



「──って考えてる?」

「えっ」



いきなり耳元で声がしたと気付いた瞬間、腹部に重たい衝撃を喰らっていた。



「かはっ……」

「そんな甘い考えだとぼくにやられちゃうよ?」



見た目と口調が噛み合わない。悪い印象を受けそうな外見なのに喋ると雰囲気が柔らかくなる。



「挨拶程度の心算だったんだけどなぁ。考えるよりまず動かなきゃ」

「……っ」



腹に喰らった打撃は大したことは無い。ただ朝ごはんが口から出そうになったのを引っ込めるのに気分を害しただけ。



「勿体ぶらないで、魔力使ったら?」



僕の魔力は大したものではない。と思うことも読まれているのだとしたら……



「どうするの?」

「貴方から余裕を奪うまで」



ぽんぽんといくつか物を具現化し、それを彼の足元に放った。



「……なっ……!お前……!なにを……」

「王室育ちの王子様には縁の無いものですか?」

「こ、こんな……!ひ……卑猥な……」

「お年頃でしょう?アダルトに興味を持つ……」

「……っ、バカにするな!」



相手の考えを読み取れるという事は、それだけ余裕があるからだろう。なら、動揺させて思考を迷わせればいいだけだ。



「王子様は好きな人とか居ないんですか?」

「……教える義務は無い!」

「良かったら差し上げますよ、それ」

「誰が使うか!」



シドは動揺しまくり、形振り構わず殴りかかってきた。でも、キレも俊敏さも無い攻撃だったので片手で捻りあげてしまった。



「痛い痛い……!放して……!」

「読心術が使えるからといって相手を見くびったら痛い目見ますよ」

「う、うるさい……!」

「これは忠告です。ほら、貴方の兄の方も満身創痍です」

「えっ……」



視線の先にはボコボコにされたミラノの姿があった。

流石、フィーレンだ。容赦ないな。



「ミラノ……」

「世界には貴方達より強い人々が沢山います。能力に頼って地位を振り翳しては信頼を失いますよ」

「……分かってるよ……!でも……父上の規律は厳しいから……いつも堂々としていなさいって……」

「──その通りだよ、シド」



怖い程に静かな声色で弟を肯定したのは、先程まで倒れていた兄の方。見た限りでは立ち上がるのも難しそうな状態だったのに、何事も無かったみたいに仁王立ちしていた。



「フィーレン……?」

「幻覚見せたら隙あり過ぎだね。能力を過信してるのはお前らの方じゃねーの?」



ミラノの足元にはボロボロにされたフィーレンが転がっていた。さっきのは幻覚……。僕が見たのは偽物か……。



「そんな玩具で優位に立たれてどうすんの、シド。確りしなよ」

「ごめん、ミラノ……」

「あんたを戦闘不能にすれば、おれらの方が上だって証明になるね。弟を放せ」



前髪で見えなかった目元が風によって拝める事が出来た。その瞳の色は所謂、魔眼と呼ばれる類の紫……。厄介だ……。

とりあえず弟の方を解放し、策を考えようか……。



「物怖じした?おれの瞳を見て平然とはいられないだろ?」

「いや、別に……。珍しくもないし……」

「強がりか。兄をやられて動揺してるのは分かるぞ。お前も痛いのは嫌だよなあ?」

「……今更……大概の痛みなら経験してる」

「虚勢を張るな。灰族の分際で」



何かと灰族だからと見下してくる。こういう人間なのだろう。厳しく育てられた反動か。王子様は大変だ……。



「ミラノ!こいつ、お前の事バカにしてる!」



心を読まれてしまった。ミラノは先程よりも怖い顔つきになり、睨んできた。



「人間以下の(ごみ)が。王族に対して無礼な」

「ぶっ飛ばしちゃいなよ、ミラノ!」



シドが煽る。ミラノの紫の瞳が僕を捕え、視線を支配されてしまった。




ふと気付くと懐かしい香りに反応した。

辺りは見覚えのある城内。窓からは美しい景観が見られた。



「リーファ。行きますよ」



声を掛けてきた女性は母だった。あの頃のまま綺麗な姿で微笑んでいる。



「どうして……」

「怖い夢でも見ましたか?」

「……母上……」

「大丈夫ですよ。母が傍にいます」



優しく抱きしめてくれる温もりは紛れもなく彼女のものだ。

仮にこれが夢であってもいい。また会いたい人に逢えた。それだけで満たされる。

庭園に行くと父とフィーレンの姿もあった。



「リーファ」



久しぶりに聞く父の声。柔らかな笑顔にほっとする。



「父上……」

「どうした?泣きそうな顔して」

「……だって……」

「哀しい事があったのかい?大丈夫、父と母が傍にいるよ。何も案ずることは無い」



力強い言葉。それだけで強くなれた気がした。

ずっと一緒に居たい。このまま覚めなければいい。

幻覚だろうが願望だろうがどうでもいい。

此処に居たい。



「ダメだよ、リーファ!」



僕を見ていたフィーレンが必死に叫んでいた。

怯えているみたいだ。伸ばしている兄の手がどうしてか届かない。



「リーファ。ここに居てはいけません」

「……母上?」



悲しげな表情で母上が小さく囁いた。



「貴方はフィーレンとともに生きなさい。こんな幻想に惑わされてはいけない。意識を保って」

「……僕は……みんなと一緒にいたい……。母上とももっとずっと一緒に居たかった……!」

「私もです、リーファ。あなた達の成長を見届けたかった。支えていきたかった。けれど……今となっては叶わぬ幻想……。ごめんなさい……。あなた達に寂しい思いをさせてしまって……」

「……嫌だ……。行かないで……」

「夢に囚われてはいけません。心さえ失ってしまう。フィーレン

なら見た目の怪我程大した事はありません。大丈夫。フィーレンとリーファなら大丈夫ですよ」



──ずっと一緒にいたい。

それは変わらぬ願いだ。

今はもう叶わない。

叶わないから、繰り返してしまった。

……憐れな想い。

我ながら、嘲笑さえ馬鹿らしく思える。

今更、夢に縋ったって何も得るものなんて無いのに。



「母と父はずっと二人を見守っています」



もう二度と逢えない。

振り払わなきゃダメなんだ。



「お別れですね、母上」

「リーファ。どうか、幸せになって……」



そう願いを託した後、母上は父上とともに消えていった。

これが幻覚。夢に過ぎない。

意識が確立され、状況が見えてくる。

フィーレンはまだ倒れたまま。

ミラノは自信たっぷりな笑みを振りまいている。

シドは呑気に寛いでいた。

全く、良いご身分だ。



「どうだ?おれの能力は。良い夢は見れたかい?」



ミラノが嘲るように聞く。

その姿勢はまるでもう勝った様にさえ感じられた。



「折角……今ある幸せを抱きしめて生きているのに……余計な事を」

「何を言ってるんだ……」



怪訝そうな顔をするミラノにゆっくりと近づいていく。右手に剣を具現化し、構えながら距離を縮める。



「なんだよ。ご不満か?」

「要らないんだよ、幻想なんて!」



勢いよく剣を振り翳し、ミラノを睨みつける。

出遅れたミラノに構わず剣を振り下ろした。



キィィン、と金属音の重なる響きが耳に障った。

僕の剣を受けたのは弟のシドだ。しかも彼が手にしているのはフィーレンのものじゃないか。



「キミは、お兄さんみたいにはいかないんだね」

「馬鹿にするな、王族風情が」

「……口の利き方には気をつけろよ、灰族(クズ)

「余計なお世話だ」



力で押し通し、剣を弾き飛ばす。その反動でシドは尻もちをついた。すかさずその首元に剣先を突き付ける。



「だらだらと生を満喫して生きているだけのお前らには分からない。幸せがどんなものか、それを奪われた苦しみが理解出来るか?責任も取れないクセに簡単に幻想なんて振り撒くな!」



込み上げてくるのは怒りだ。もう抑制出来ない程、意識が支配されている。

シドは怯えた表情を浮かべ、ミラノに引き寄せられた。落ちた剣を拾い、まだ倒れているフィーレンの元に駆け寄ろうとした瞬間、生徒達の悲鳴が聞こえた。



「なんだよあれ……!」



その騒ぎに倒れていた生徒達も意識を取り戻し、現状を把握する。不意に現れたそれは何とも表現しがたい物体だった。



「ねぇ、ヤバくない……?こっちに来てない?」

「嘘だろ……?あんなのどーすんだよ……」

「やばいって……!逃げなきゃ……」



慌てふためく生徒達だが、逃げ場なんて無い。

アスラに視線を向けると冷静に状況判断していた。ならばまだそれ程大した事ではないのだろう。



「おい……!突っ立ってないでなんとかしろよ!」

「そ、そうだ!灰族のお前らなら喰われても大した犠牲じゃない!」



ミラノとシドが囃し立て、自分達は距離のある場所へ避難していた。他の生徒達も二人に従い、助太刀になってくれる者は居ない。



「フィーレン」



剣を起きながら呼ぶが反応は無い。

まぁ、一人でもなんとかなると思うけど。



「剣で効くかな……」

「おい……!灰族!何やってんだよ!こっちにきてんだぞ!?」



黒い物体は蠢きながら生徒達の方へと向かっていく。眼前にいた僕には目もくれず。



「なんで……」



阿鼻叫喚に包まれながら生徒達は逃げ回る。その光景に僕は剣を下げた。なんかもう、彼らを助ける義理とか無意味だと感じてしまった。



「助けないのですか?」



気配もなく隣にいたカラカナさんが聞いてきた。



「……自分達で対処出来ないかな」

「無理ですよ。あの子達は能力は高くても応用力が伴ってない。だから誰も動けない」

「……自惚れもいいとこですね」

「それでも、生を授かった以上、無意味な死は避けたい」

「フラン先生は?」

「高みの見物だそうです」

「……分かりました。サクッとやっつけてきます」

「気をつけて」



促しはしても僕に加勢をする気はないんだなと思いながら生徒達の元へ向かう。

物体はよく見ると出来損ないの魔獣みたいな物で、触手らしきものがあらゆる方向に伸びている。



「気持ち悪……」



見た目の悪さに加え、異臭も凄い。鼻をつく臭いには慣れているがこれは想像以上に酷い。こんなものを作って何をしようとしているのか。

とりあえずうねうねと動いている触手を出来る限り剣で切り離していく。



「きゃぁぁぁ……!」

「ぅわぁ……!」



切り離した部分から新たな触手が生え、生徒達を捕らえていく。休む間もなくそれも切り落とし、鈍臭い生徒達を解放する。



「早く逃げろ!また捕まるぞ!」



警鐘を鳴らし、この場から遠ざける。けれど恐怖に支配されてしまっている彼らは足が震えて思うように避難出来ない。



「ちっ……」



物体は痛みを感じていない様子で触手を元気に荒ぶらせている。ただ切り落としてもすぐに再生してしまうのは反則だ。

フィーレンが居ないとどうにも出来ない。



「援護します!」



迷っていると一人の女子が前に出てきた。その手には爆弾らしきものを抱えている。



「引け!邪魔だ……」

「私はこの学園の生徒です!能力だって高い!」

「馬鹿っ……!」



女子は躊躇わずに物体に向かっていき、持っていた爆弾を投げつけた。花火の様に大きな火花が散り、物体は歪な悲鳴を上げた。



「やった!もう一発……」

「逃げろ!」



油断した女子は足元に伸びていた触手に気づかず捕まってしまった。引きずられるようにして大きく開かれた口元に吸い込まれそうになる。



「いやぁあああ……!」



口元に放り出される瞬間、触手を切り離し彼女を生徒達の方へと投げ飛ばした。上手くキャッチしてくれた男子には感謝する。けれど宙では身動きが取れず、苛立った物体は僕を触手で捕え、強く締め付けた。



「……っ……ぅあっ……!」



ヌルヌルとした触手は僕の身体を痺れさせた。頭から爪先まで痺れが回っている。剣を持っている手に力が入らない。



「リーファ……」



アスラが心配そうに見つめている。

ダメだ……。こんなのに負けている場合じゃない。

こんな、無様な姿、見せたくないのに。



「っ……!」



物体は突然雄叫びのような悲鳴を上げ、耳を攻撃してきた。鼓膜が敗れるんじゃないかと思う程、障る声だ。失神している生徒達もいる。よくそれで実力主義者を騙れるものだな。



「……か……えせ……。お……の……」

「えっ……」



物体が言葉らしきものを発し、何かを訴えていた。濁った声では聞き取りにくい。動く度に触手のヌルヌルがびちゃびちゃと音を立てる為余計雑音が酷い。



「……ァ……ぁあ……あっ……た…………け、て……」



──助けて?



「イヤアアァァァァアアアァァァァアアア……!!!!」



またカナギリ声を上げ、耳を劈く。バタバタと触手が動き、物体も制御出来ないのか暴れ回っている。



「うわっ……」



僕の事もお構い無しに触手をブンブン振るい、まるで駄々をこねている子どものようだ。

…………あれ……?子ども…………?



「お前………」

「今の内にあの気色悪いのを攻撃しろ!」



自分達には攻撃が及ばないと思ったのか、シドが先導し、生徒達が攻撃体制を取っている。



「余計な真似を……」

「やれ!」

「おい……っ……!」



僕の事なんて気にもしていない。生徒達はそれぞれの能力を発動し、物体に当てていった。けれど、どれも的外れで効いていない。



「……いた、い…………。い……ヤダ…………」

「……意識があるのか……?」

「……タ……スケ…………ママ……」

「やっぱり、子ども……」

「イヤァアァァァ……!」



ドーン、と叫びとともに落雷が生徒達のいる地面スレスレを襲った。見上げた空は晴れているのに。

その瞬間、今まで感じていた痺れとは全く違った痛みが僕を襲った。体中に電気を流されているみたいだ。悲鳴は声にならず、足掻く事も出来ない。



「リーファ!」

「ダメだよ、アストライア。これはあの子達の見せ場なんだから」

「……フラン……」



そうだ。アスラとフラン先生にまで助けてもらう訳にはいかない。なんとかしないと……。



「──そこまでだ 」



その声と同時に痺れが無くなり、物体の動きも止まった。



「よく頑張ったね、リーファ」

「フィーレン……」



やっと起きてくれた……。助かった……。

フィーレンは剣を持ち、何の拍子も無く宙に浮いた。そして物体に近付き、手を向ける。



「そうか……。キミは、ママを探しているのか」



物体の本心を読み取ったのだろう。フィーレンは剣先を物体の中央に定め、淡い光を放つ。音もなく包まれた物体は、唸る事も暴れることも無く静かに浄化されていく。キラキラと粒子になった存在は空へと還っていった。

何度見てもフィーレンの能力はすごいと思う。相手の本心を読み取り、穢れた心を浄化する。

フィーレンの能力に生徒達も見惚れていた。



「立てるか?リーファ」

「ちょっと無理かも……」



感覚が上手く掴めず足が震えて立てなかった。情けない。僕は何も出来なかった。



「幻想に惑わされなかったリーファは強いよ」



フィーレンは僕を褒めながら腕に抱いた。幼い頃はよくおぶってもらったものだ。



「フィーレン……タイミング図ってた?」

「まぁ……。そうしておいた方が好都合だと思って」

「……だろうと思った」



そのまま僕らは避難して傍観していた生徒達の元へと近付いた。まだ怯えている者、気絶している者、呆気に取られている者様々だ。



「よくも弟を犠牲にしようとしたな」



ミラノとシドに剣を突き付け、鋭利な視線を向けたフィーレン。二人は恐る恐る見上げる。



「……なんだよ……。灰族なんて贄みたいなもんだろ……?おれらみたいなエリートは易々と死ねないんだよ」

「実力主義者なんだろう?あれくらい、試験みたいなものじゃないのか?」

「いきなりあんなの出されて立ち向かえる訳ないだろ!」

「死んだらどうするんだよ!」

「そんなに死にたくないなら殺してあげるよ」



口元に笑みを含み、フィーレンは剣を振り上げた。



「待って下さい!」



ミラノとシドの前に立ち塞がった女子は先程援護に徹しようとしていた子だ。怪我はなかったみたいで安心した。



「彼らは学園にとっては無くてはならない存在です。私達にとっても大切な仲間です。貴方達を傷付けた事は謝罪します。ですから……」

「その行為に何の価値があるの?」

「……それは……二人は王族ですし……灰族に殺されたなんて事があったら……貴方達は処刑ですよ……?」

「王族王族って……。階級制度作って独裁政治紛いの事をして、それでも国の長って言えるのかな」

「……ですが……」

「キミが二人を庇って見返りはあるの?」

「えっ……」

「王族に取り入って良い子ちゃん振ってるだけだよね?」

「そんな……私は……」



言い負けた女子は泣いてしまった。

フィーレンは一度怒ると抑えが効かない。それが僕の為なら尚更。沈黙する生徒達に呆れたのか、フィーレンは僕を下ろし、距離を詰めた。



「気付いてなかったの?あの子は子どもだったんだよ」

「……あの子?」

「キミ達を襲った先程のもの」

「は……?あれが子ども……?有り得ない!どう見たって異物だったじゃないか!」

「キミは読心術を使えるのに分からなかったの?」



シドに聞くと俯き、何も答えなかった。



「……気付いていたのに助けなかったんだ……?」

「違う!分からなかった……!あんな……気色悪いものが言葉なんて発する訳ない……!だから……」



バシッ──



力強く打たれたシドはその勢いで倒れてしまった。



「見殺しにしようとしたの?」

「……だって……普通は有り得ない……!あんなものが存在するなんて……」



口から血を流しながらシドは泣きながら言い訳をした。相手の心を読むという能力はフィーレンと変わらないのに、彼には本心まで見通す力が備わっていない。だから、動揺しただけで相手を見失うんだ。



「この学園の地下には、先程のものが実験であると聞いた。キミ達も手を貸しているの?」

「……し、知らない……!あんなものがいた事すら分からなかったんだ!」

「そう……」



でもあれは、まだ幼い子どもみたいだった。何の目的で行われているのか、フラン先生なら知っているだろうか──。



「貴様!王族である者に手を上げたな。灰族なら処刑ものだぞ」



いつからそこにいたのか、生徒達の教員がフィーレンの腕を掴みながら睨んできた。



「それは理に反します」



すかさず守ってくれたのはアスラだった。



「なんだと?」

「彼らは、あれが何であるか分かろうともせず二人を犠牲にしようとした。許される行為ではありません」

「灰族なら殺されたって罪にはならないでしょう。正しい判断だったと思いますよ」

「二人を蔑むのはやめて頂けますか?」



アスラの瞳に教員は一瞬にして青ざめた表情になった。バッとフィーレンから離れ、アスラからも距離を取る。



「生徒達よりも先に安全な場所に避難して傍観していた貴方に言われる筋合いはありませんよ」

「……っ」

「──今日はお時間を頂き、ありがとうございました」



にこっとお礼を言い、アスラは僕達を連れて学園から出ていった。後始末はフラン先生がしてくれるらしく、何も不安に思うことは無いとアスラは優しい口調で僕らに言った。




「ごめんなさい、アスラ……。ボク……あの子殴っちゃった……。ごめんなさい ……!」



帰宅してすぐにフィーレンが謝った。



「素晴らしい行動だったと思いますよ。フィーレンのした事に間違いなどありません。王族も灰族も、階級無しに見れば同じ人間、本質は変わらない。立場が優位だからと何でも許されて良い訳じゃない。あの子達は図に乗っているに過ぎない。能力も二人とは比べ物にならない。だから、何も気にする事などありません」

「……アスラ……」

「痛かったでしょう?その痛みを忘れてはいけませんよ」

「……はい」

「カラカナに治して貰いましょう」

「……良いんですか?」

「うん。診るから、おいで」



カラカナに連れられてフィーレンは部屋へと行ってしまった。



「……アスラ……」



二人だけになった室内で僕は沈黙を破った。でも、何を言ったら良いのか分からない。



「リーファ?どうしました?」

「……あの……」

「ん?」

「……ごめんなさい……。僕は……何も出来なかった……」

「いいえ。リーファは立派でしたよ」

「……えっ……」

「一人で立ち向かって、生徒達を助けようとした。誇れる行為です」

「……ち、ちがうんだ……。アスラとカラカナさんに良いとこ見せなきゃって思って……。助けるとかそんなんじゃなくて……」

「助けたでしょう?でしゃばってきた女子を救ったじゃないですか。私は感動しました」

「でも……!その後やられっぱなしで……。活躍なんて出来なかった……」

「充分、活躍してましたよ。恐れない事は勇気です。リーファには既にそれが備わっている。大した被害が出なかったのも貴方が対処してくれたお陰なんですよ」

「……アスラ……。もっと……強くなりたい……」



積み重ねてきたものをもっと伸ばしていけるだけの実力を。



「手伝いますよ。フランにも伝えておきますね」

「うん……」

「リーファ」



アスラはそっと僕を抱き寄せ、そのままぎゅっとしてくれた。



「……アスラ……?」

「今日は沢山動いたでしょう。ゆっくり休んで下さい」

「……うん」

「フィーレンとカラカナが戻ってきたら、ご飯にしましょうか」

「はい」



その時は分からなかったんだ。

これが、悪夢の始まりであることを。

二度と逢えなくなるなんて、夢にも思わなかったことを。

残酷への道が開かれて、知らず知らずの内に僕らはその一歩を踏み出してしまっていたんだ──。

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