I wish……
身体が重い……。
息が出来なくなる……。
込み上げてくる熱が鬱陶しい。
朦朧とした意識の中で、僕は夢を視ていた……。
ローズフィールド王国は景色の美しい世界だった。各国から沢山の観光客が訪れ、素敵な国だ、素晴らしいと感動して帰っていく。その国を統治していたのが、ルゼル・ローズフィールド国王。自然を愛し、国民優先で物事を考える優しい人だった。
「フィーレン、リーファ。お散歩に行こうか」
国の治安は良かったけれど、異国では戦に関わる所もあると察知してか、双子の子ども達には体術と剣術を教えていた。
「父上!」
フィーレンは国王を慕っていた。稽古の後のお散歩は日課となっていて、それを楽しみにしていた。
「今日は母上も一緒なんですね!」
綺麗で優しい妃、エリーザベト。双子の母親。元は娼婦で貧しい家の出だったが、国王が一目惚れし、妃にと選んだ。そこまでの道のりには色々問題もあったらしいが、今となっては懐かしい戯言。誰も過去に触れる者はいない。
「リーファ。剣の使い方が上手くなりましたね」
「はい!頑張った」
「素晴らしいわ。フィーレンも、以前よりも動きが俊敏で見違えました」
「……あ、ありがとうございます」
「二人とも、日々鍛錬を怠らず、成長しています。母はとても嬉しい」
その柔らかい笑顔が大好きだった。
「フィーレンもリーファも、次期国王に相応しい。強さもあるし、教養もある。何より、その愛らしい笑みが一番の誇りだよ」
国王にも褒められ、とても愛されているのだと実感した。
家族で過ごすこの時間がずっと続いていくのだと疑わなかった。
僕らは、自惚れていたんだ……。
国王であるルゼルには、兄がいる。けれど、幼い頃から不出来だと見限られ、異国に奉公へ出されたらしい。
そんな兄が、突然この国に現れた。
──黒い、死神を連れて。
「考えれば分かる事だろう?ルゼル。君は弟で第二系統者だ。王になるのは君の実兄であるこのボクこそ相応しいんだよ」
強さを手に入れたそいつは、国王を嬲りながら叫んでいた。その声がいちいち耳に障って、聞いては駄目だと解っていたのに扉の隅でフィーレンとともに話の流れを窺っていた。
「……お前には、この国を治める技量が無い……。備わっていない……。私が国王の座をお前に渡したら……この国は崩壊する」
「良いんだよそれで。ボクはこの国を創り変える為に戻ってきたんだ」
「……国を好きにはさせない……」
「抵抗の一つも出来ないで、何を守れるの?こんな安寧の地、他に幾らでもある。少しばかり変えたって響かないだろう?」
「駄目だ……!お前には無理だ……」
「……昔から、やってもいないのに無理だって決めつけたよね……。そういう所、大嫌いだった。父も母も一度もボクを信じてくれなかった……。ボクを見捨てたクセに、国は守るって言うの!?国王になったからって、良い人振らないでよ!」
黒い死神が国王を痛めつける。それはもう見ていられない光景で目を逸らさずにはいられなかった。
「ルゼル。君が死を選ぶなら、妃と子ども達には危害は加えない。それが嫌だって拒絶するなら、お前の目の前で妃を犯して、子ども達の両目を抉り取る。──さぁ、どちらを選ぶ?」
残酷な言葉が国王から光を奪った。
「お前達は今日から灰族だ。いい人に買って貰いな」
国王は自ら死を選び、妃も国王とともに死を取った。
国民には、国王が長年病で苦しんでおり、息を引き取ったと何事も無かったかのような面で報告していた。妃も看病疲れが祟って亡くなったと御触れが出されていた。
安寧の地を奪われた双子は、灰族に堕ち、更に残酷な未来を与えられた。
最初の主は最低な人間で、双子を苦しめた。
灰族は人間以下、奴隷よりも下等な存在。虐げられようが殺されようがそれは罪には問われない。権限を奪われた者に与えられる法は皆無だ。
次の主もその次の主も、最低最悪な人間ばかりで、双子を塵みたいに扱った。
殴って当然、放置して当然、餌を与えなくてもどうでもいい。ボロ雑巾みたいに使われて、 また新しい主に買われる。
生きる意味を失いかけていた。
そんな時、アスラが現れた──。
「……リーファ……?」
そっと目を開けると、泣き腫らした目をしたフィーレンがいた。
「……フィー……レン……」
「良かった……!凄く魘されていたから心配だったんだ」
「……えっ……」
身体を起こしてみると全身汗で濡れていた。悪夢だった故に相当身体にも負担がかかったみたいだ。
「具合は……?」
「……少し熱い……けど、大丈夫……」
「水、飲める?」
「うん……」
カラカラの喉には一杯の水でも生き返る様だった。呼吸も楽になった気がする。
「アスラが薬買ってきてくれるから、もう少し待っててって……」
「フィーレン……」
「ん……?」
「……怖い……夢、みた……。過去の……昔の……夢……。もう見ないと思ってたのに……。久々に思い出したら……辛くて……」
言いながら涙が零れた。
とても話せる過去ではない。あんな辛い思いはもう二度としたくない。
「リーファ」
泣き止まない僕をフィーレンはそっと抱き寄せてくれた。
「過去は消えないよ。思い出したくなくても、記憶の隅には定着してて、油断した時に出てくるものだ。でも、それはもう過去だから。今じゃない。過去は戻らないから、あんな思いはもうしないよ。だから、大丈夫。兄がいるだろう?」
優しい兄。いつも傍にいてくれて、僕が辛い時には囁いてくれる。もし一人だったら、僕は今を生きてはいない。
「うん……。ありがとう、フィーレン」
僕が笑うとフィーレンも笑んでくれた。国王が誇りだと褒めてくれたこの感情を手放す事など出来ない。
「カラカナさんとフラン先生は……」
「また学園で揉め事起きたみたいで、解決に向かったよ」
「そっか……」
「リーファ、お腹空いてない?りんご剥いたんだ」
「……うさぎだ」
「ちょっと歪だけど」
「可愛い……」
形は崩れているのもあったけど、どれも可愛く見えた。一口食べるとふんわりした甘さに落ち着いた。
「お粥もあるよ」
「食べる」
粥の方はまだ熱かったのでフィーレンが冷まして食べさせてくれた。その優しさにたっぷり甘えてしまう。
「熱も下がったね。良かった」
「ありがとう、フィーレン。色々してくれて」
「当然だよ。弟の看病をするのは兄の役目だ」
「かっこいい」
鼻高にアピールする真似をしながらフィーレンも安堵した表情を浮かべていた。
それから少ししてアスラが帰ってきた。
熱に効くという薬はとても苦くて暫く口内に残った。
「ちゃんと飲んで偉いですね」
「……苦い……」
「その内、染み込みますよ」
「うん……」
「風邪が治ったら、買い物に行きましょう」
アスラは楽しそうに提案した。
その夜。
熱も下がり、身体も軽くなった頃。
「すっかり良くなりましたね」
「アスラ……」
「すみません。カラカナはまだ仕事みたいで今日は来れないと」
「……そっか」
「フランはリーファと居ますよ」
「……うん。あとで挨拶しても良い?」
「はい。彼も喜びます」
「良かった」
「──リーファ。辛くなったらいつでも言って下さい」
「……うん。ありがとう、アスラ」
「私はずっと、リーファとフィーレンの側にいますから」
アスラの温かさに何度も救われる。
もう、あんな思いはしない。
フィーレンもアスラも、絶対に失わない。
これは僕の願いだ。
──今になって想う。
あの願いは、叶わない為の誓いのようなものだったと。
ただ、生きてさえいてくれればそれだけで良かった。
側にいてくれるだけで幸せだった。
傲慢でも欲張りでも構わない。
もう一度なんて、どんなに手を伸ばしても手に入らないから。