エターナル
僕とフィーレンが14才になる頃には、剣術の腕も上がり、フラン先生とも対等に戦える様になっていた。最近では毎日のように稽古をつけてくれて、僕もフィーレンも時間の許す限り腕を磨いた。
「リーファ!剣を持ったなら躊躇うな!殺されるぞ!」
「はい……!」
フラン先生は容赦ない。本当に斬りかかってくる。だから僕も本気で向き合う。でもどうしても、相手を傷つけてしまう事に迷いが生じてしまうのだ。
「大丈夫だ、リーファ。わたしは強いからな!簡単には死なないよ」
「……でも……」
「素質は充分あるんだから、自信を持ちなさい」
優しく頭を撫でられ、その大きな手に安堵した。フラン先生は強い。その腕を見込まれて学園での指導を行っている。生徒達からの信頼も厚いらしい。
「……ありがとうございます」
「少し休憩しよう」
「フラン先生!ボクの相手をお願いします」
「よし!フィーレン、手加減無しだ」
「はい!」
フィーレンは剣を構え、フラン先生に向かっていく。
フラン先生は体術も教えてくれた。体力作りには沢山苦労してしまったけど、お陰で強くなった。手練相手でも一人で勝てるようになったし、フィーレンとも互角にやり合う事も出来た。
「休憩……?」
カラカナさんが飲み物を渡してくれた。僕はお礼を言いながら受け取り、喉を潤す。
「まだまだ、体力が伴ってない証拠ですね……」
「以前と比べたら、とても強くなっていますよ。フランの教えも見事なものですが、それを習得出来るリーファも素晴らしい才能を持っています」
「……才能……あるのかな……」
「あります。オレは、何度やっても剣術だけは苦手だった。だから、それを出来るリーファは、凄い」
優しく微笑まれ、その柔らかな雰囲気に僕は和む。カラカナさんが傍に居てくれると緊張も不安も全て打ち消される。幼い頃の感情はただ好きというだけだったけれど、今は憧れも抱いていた。
──カラン
弾き飛ばされた剣が地に落ち、フラン先生が尻もちをついていた。その眼前には剣先を突きつけているフィーレンの姿。
「あら……」
カラカナさんが珍しそうに眺めている。フラン先生が尻もちをついた所なんて僕も初めて見た。それだけ、フィーレンが本気だったという証。
「……ボクの勝ちですか……?」
「……あ、あぁ。そうだな、わたしの負けだよフィーレン」
「フラン先生、ボクは……強くなれていますか……?」
「確実に、腕を上げている。わたしが保証する」
フラン先生に認められ、フィーレンは剣を下ろした。
「参ったなぁ!わたしが負けるのはまだまだ先だと思っていたんだけど」
「鍛錬をしないと痛い目見るよ、フラン」
そう言いながら、カラカナさんはフラン先生に手を差し伸べた。
「学園の生徒にも負けたら、尊厳無くしちゃうなぁ……」
「魔力の方なら、まだ越されない」
「それはキミも同じだろう、カラカナ。痛みを癒す魔力なんて最強じゃないか」
「使い方次第だよ」
フラン先生とカラカナさんも魔力を秘めていて、アスラも凄いと誇る程のものだった。僕はまだ見たことは無いけれど、二人の雰囲気から何となく感じていた。
「わたしも休憩しよう。お腹も空いたしな」
「先生はいつも腹ぺこだね」
「ご飯を美味しく頂けるように、だよ」
「昨日の晩御飯あるよ。一緒に食べよう」
「おぉ、それは有難い!何を作ったんだい?」
「アクアパッツァ!」
「それはまた、オシャレだな!食べるのが楽しみだ」
「ボクが用意するから!」
来てきて、と嬉しそうにフラン先生の腕を掴みながらフィーレンは家の中へと戻っていった。兄は本当にフラン先生の事が大好きなんだなと改めて思う。学園でもフラン先生は人気者なのだとカラカナさんが言っていた。そんな人に憧れる兄も、周りから好かれる要素がたくさんあるというのに。
僕らは所詮、灰族だから。
どんなに優秀だったって、褒めて貰わなければ強さは意味を成さない。
可能性も実力も、世界が知る前に地に堕とされてしまったから、僕らは相当頑張らないといけないんだ。
そうでもしないと、存在意義さえ、見失いそうになる。
「リーファ」
スッと持ち上げられ、僕は何事かと振り向いた。カラカナさんが軽々と僕を抱き上げている。繊細で華奢な体型なのに、カラカナさんは力が強い。
「……か、カラカナさん……?」
「こうしたら、吹っ切れるかなと……思いまして……」
「えっ……」
「秘め事を聞くのは得意ですから」
「……あっ……顔に……出てたかな……」
「泣きそうな表情をしていました」
「……ごめんなさい……。考え事を……してて……」
「良いですよ……。何でも、聞きます」
カラカナさんの微笑に僕は弱い。全て心の内を曝け出したくなってしまう。
「……今日は……夜まで居ますか……?」
「はい。明日は学園も休みなので、泊まることも可能……」
「ほんと!?」
「一緒に寝ますか」
「うん!」
それはとても嬉しいことで。
僕は舞い上がっていた。
夜。
アスラがまだ帰宅していないのに、フラン先生とカラカナさんは学園から呼ばれてすぐに出なければならなくなってしまった。
突然の変更に、僕は慣れていない。
「ごめんなさい……。急いで片付けて来るので……」
泣きながら呼び止めた僕をカラカナさんは優しい声で宥めてくれた。でも、今日は一緒に居たかったんだ。
「すまないね。フィーレン、リーファ……。また戻って来るから、アストライアが帰るまで扉は開けてはいけないよ」
「はい……。フラン先生も、気をつけて」
「ありがとう、フィーレン」
切り替えの早いフィーレンはすぐに受け止め、フラン先生を見送る。
「……か、帰って……くる……?」
「はい。必ず、戻ります」
「……うん」
そして、二人は学園へと急いだ。
急に家の中が静かになって、空虚な沈黙に支配されそうになる。
「リーファは、カラカナさんの事、大好きなんだね」
「……うん」
「憧れてる?」
「……うん」
「ボクと同じだ。フラン先生みたいになりたいって思ってる。だから、フラン先生のお仕事は凄いんだって思うようにしてるよ」
「……凄い仕事なの……?」
「そうだよ。フラン先生は学園の先生達の中で一番強いんだって!カラカナさんは、先生達の悩みとかも聞いてて感謝されてるって。そんな凄い二人に教えて貰ってる僕らは凄く特別なんだと思う」
「特別……」
「そう。また、こういう日があるかも知れない。そしたら、行ってらっしゃいって見送れるようにしよう」
「……寂しいのに……?」
「だからこそだよ。寂しいって感じるのは、大好きな証拠だ」
「……そう、なのかな……」
「うん。フラン先生とカラカナさんが戻ってきたら、おかえりなさいって笑顔で迎えよう」
「……うん。そうしたい」
落ち着いた僕にフィーレンは微笑んだ。
それから少ししてアスラが帰ってきた。
「……そうでしたか。すみません、遅くなってしまって」
フィーレンから事情を聞いたアスラは寂しさを埋めてくれるみたいに抱きしめてくれた。
「二人が帰るまで、起きていますか?」
「おかえりって言いたいけど、寝たい……」
「ボクも……」
「大丈夫ですよ。帰ってきたら起こしますから」
「ありがとう、アスラ」
僕とフィーレンは挨拶をして寝室に向かった。
「おやすみ、リーファ」
「おやすみなさい」
僕らは一緒の布団で寝る。そうしないと不安でなかなか眠れないから。互いの存在を確かめ合うようにして目を閉じる。そうすると悪い夢は見なくなったんだ。
朝陽が昇っても、二人は帰って来なかった。アスラに聞いても連絡は無かったみたいで、僕とフィーレンはどんよりしてしまった。
「大分、好かれたんですね。二人のこと」
「……何か巻き込まれたのかな……?」
「呼びに来た人も慌ててたし……」
「……呼びに来た人?」
アスラが反応し、表情が強ばった。
「いきなりドア叩いて来て、フラン先生とカラカナさんを急がせてたよ」
「ボクらの事は眼中に無いって感じだったね。とにかく早く来てくれって」
そうだ。あの時、切羽詰まったみたいな様子で二人を促していた。フードで顔は隠れていたから誰だったのかは分からなかったけど。
「……あの二人を呼ぶとなると相当な問題が起きたか、あるいは別件か……。学園へ行ってみましょうか」
「でも……ボクらが行ってもいいのかな……」
「構いませんよ。私がついています」
主であるアスラと一緒なら、僕らが街に出ても咎められる事は無い。その代わり、何があっても、灰族である以上、僕らは介入してはいけない。例え、アスラに危害が及ぶ様な事でも、助けることは出来ないんだ。もし、介入して助けたとしても、暴走したと罪を被せられて処分され、アスラにも傷がついてしまう。
街に行くだけでも多くの不安要素が散りばめられている。
この厄介な階級制度を作った現国王は一番優位な立場で人々を見下しているんだろう。自らの罪は暴かれないまま。
「では行きましょうか……」
「帰ったぞー!」
バンッ、と開かれたドアがアスラを直撃し、ふらつきそうになったのをフィーレンが抱き留めた。
「だからチャイムを鳴らしてと言ったのに……」
陽気に現れたフラン先生の後ろでカラカナさんが溜息混じりに呟いていた。
「おぉ、すまないアスラ……。たんこぶ出来たか?」
「い、いえ……」
「今のは相当痛かったと思いますよ、フラン先生」
「悪い悪い。やっと帰って来れたから嬉しくてね」
「おかえりなさい、フラン先生」
フィーレンは笑顔で迎えた。アスラは額を押さえたままフィーレンに寄りかかっている。
「……おかえりなさい、カラカナさん」
「ただいま、リーファ」
カラカナさんはいつもの優しい笑みで僕の頭を撫でてくれた。
「大仕事した後は腹減るなぁ」
「朝ごはんあるよ」
「お、それは良いタイミングだったね。頂けるかな?」
「うん。用意する」
とりあえず二人を中に入れ、僕とフィーレンは一緒に用意を始めた。
「大仕事だったんですか?」
二人に水を出しながらアスラが聞いた。痛みは引いたみたいだけど、額が紅くなっていた。
「学園の子がね、能力暴走しちゃって。それをわたしが止めてカラカナが心のケアをしたんだよ」
「能力の暴走ですか……」
「時々あるんだ。使い方を間違えてしまったり、コントロール出来なくなって歯止めが効かなくなったり。学園にはわたしより強い先生はいないからね。駆り出されるのも無理ないさ」
「それで徹夜に……」
「まさかこんなに時間が掛かるとは思わなくてね。その子の能力が結構強力で、わたしもドキドキしてしまったよ」
「煽ったのはフランですよ」
「そうしなければ、止め方が分からなかったんだ。まぁ、結果的にその子に負荷を与える事無く収められたけど」
用意が出来た朝食を二人の前に並べ、僕らはアスラの隣に並んで話を伺った。
「あまりに帰りが遅かったので、私達も学園へ行こうとしていたんですよ」
「……私達、ということは、フィーレンとリーファも連れて乗り込んで来る気だったかい?」
「えぇ。二人が窮地なのではと心配だったので」
「そうか……。寂しい思いをさせてしまったね」
「貴方がサクッと片付けていれば、こんなに時間は掛からなかったと思う……」
カラカナさんはフラン先生に対して時々厳しく当たる。それも親しい証拠なのだとアスラが補足してくれた。
「まぁ、何はともあれ無事に帰宅も出来たんだ。朝食も美味しいよ」
「ありがとうございます!」
フィーレンが嬉しそうにお礼を言う。今日の朝食はフレンチトーストとグリーンサラダだった。でも、二人が帰って来ないと知って僕とフィーレンはあまり食べなかった。
「二人ともお疲れでしょう?この後は家でゆっくりしていきますか?」
「そうだね。昨日の件で学園が休校になってしまったからね。寛がせて貰うよ」
「やった」
二人と一緒に居られると分かって僕達はやっといつもの調子に戻った。
フラン先生とカラカナさんが湯浴みを済ませた後、フィーレンが二人に学園の事を色々聞いていた。以前から興味を持っていたので聞きたい事が溢れている。
「リーファ」
丁度、僕が飲み物を取りに部屋から出た時、アスラに呼ばれた。口元に人差し指を当てながら合図されたので、静かに歩きながらアスラとともに外に出た。
「不安は消えましたか?」
「うん。ちゃんと、二人帰ってきた」
「貴方達は本当に、二人の事を好きになられたんですね」
「フラン先生は、強さを教えてくれる。カラカナさんも、僕の話を聞いてくれるんだ。今までの主だった人達は、僕らに何も教えてくれなかったから……」
叩きつけられるのは絶対的な忠誠と暴力。それだけだった。
「リーファ。私の事は好きですか?」
「好き!アスラは、初めて僕達に優しくしてくれた。温かくて優しくて、アスラに会えて嬉しい」
「ありがとうございます」
「僕も、アスラみたいになりたいって思うんだ」
「……私みたいな人間にですか?」
「うん!大人になったらね、僕らみたいな人達を救える優しい人になりたい。アスラのように、手を差し伸べたい」
「……とても嬉しい言葉です。ありがとうございます」
一瞬、アスラは哀しそうな表情をした気がしたけど、すぐ微笑んだので気にしなかった。
「……フィーレンは、私のこと、何か言っていましたか?」
「感謝してるって!アスラには沢山の恩を貰ってるって言ってたよ」
「そう、ですか……。安心しました」
「どうして?」
「……まだ、信頼されてはいないのかと思いまして……」
「そんな事ないよ!アスラの事、大好きだよ!」
「ありがとうございます……。すみません、疑うような言い方……」
「もしかして、不安にさせてた……?僕らのこと……き、嫌いになったり……」
「しません!貴方達を手放す事など有り得ません。ずっと一緒です」
「……よかった……」
最近はフラン先生とカラカナさんと一緒にいる時間が多かったからアスラに寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。そんな事、絶対しない。今日は一緒に寝てくれるかな……。
「すみません、確かめるような事を聞いてしまって」
「大丈夫だよ」
「リーファは、優しいですね」
この時のアスラの言葉を僕は後々、足枷になるだなんて思いもしなかった。
今日は新月だった。
「フィーレン、リーファ!花火をしよう!」
夕食を済まし、寛いでいるとフラン先生が見慣れないものを持って誘ってきた。
「……花火?」
「夜空に花を咲かせるんだ!」
「……花……」
「百聞は一見にしかず!外へおいで!楽しいよ!」
よく分からなかったけれど、僕とフィーレンはフラン先生について行った。外ではアスラとカラカナさんが待っていた。
「二人とも初めてかい?」
フラン先生は魔力で焔を出し、筒みたいなものに点火した。すると、何やら打ち上がり、ドーンと大きな音とともに空に花が咲いた。
「すごーい!」
「お花だぁ」
初めて見る光景に僕とフィーレンは一気に楽しくなった。そこからはフラン先生が何度か打ち上げてくれて、色んな花が夜空に光った。とても綺麗で、まるでエターナルのようだ。
「二人もやってみるかい?」
「打ち上げ?」
「今度のは持つやつだ」
「持つ……?」
「おいで」
やり方を教わり、フラン先生に焔をつけてもらうとそれはバチバチと光が弾け、熱を放った。ゆっくりと振り回すと光の円が描かれ、幻想みたいだと思った。
「これが花火だ」
こんな綺麗なものがあったなんて知らなかった。月の無い夜を照らしてくれる。この光がずっと続けばいいのに。
「ラストはお決まり!線香花火だ」
今までのものよりも細くて、小さな光がバチバチと弾けた。
「願いを込めてごらん」
そう言われて、僕は願った。
この時間が、皆といる日々がずっとこれからも続きますようにと。
エターナルのように、失いたくないからこそ強く願った。
どうか、叶いますように……。