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埋葬したのは最後の祈り。  作者: 淡月 涙
3/14

ありふれた日常

「リーファ。これは夢じゃないか?」



真剣な表情で兄が見つめてくる。何をそんなに疑っているのだろうかと僕は首を傾げた。



「だってそうだろう?アスラは今までの主人と違う。こんなに良くして貰って良いのかな……」

「良いんじゃないのかな……」



アスラと暮らすようになって三年の月日が経った。

最初は、また裏切られるかもとどこかでアスラを悪者かもしれないと思った事もあった。でも全くそんなんじゃなかった。

アスラはずっと優しかった。一緒になんでもしてくれた。

一つ一つ、アスラとの思い出が増えていく。

アスラが笑えば僕らも嬉しい。名前を呼んでくれるだけで胸が弾む。掃除も料理も留守番の仕方もご近所付き合いも、今では難なくやり過ごせている。

パンケーキは週に一度三人で作る事がお決まりになっていた。



「時々、思うんだよね……。目が覚めたら、汚れた部屋にいてご飯も水も与えて貰えない生活になるんじゃないかって……」

「フィーレン……」

「身体の傷は消えたけど……精神的ダメージはまだ癒えないよ……」



兄は最近、昔の事を不意にフラッシュバックするそうだ。夜に何度もアスラに抱かれて泣いているのを見た。

普段は冷静で順応性もあって、行動力もある兄だ。魔力だって僕より強くて使い方も把握してる。弱音なんて聞いたことも無い。自慢の双子の兄だ。



「痛いの……?」

「アスラに優しくしてもらう度に、胸が痛い……」

「……今も?」

「……痛いよ……」



そっと兄の胸に手を当てた。緊張交じりの早打ち。

最初の主人がアスラだったら、こんな思いもしなかった。



「お前は平気か?」

「……大丈夫。ずっとフィーレンが側にいてくれたから」



どんな時も兄は僕を守ってくれた。状況把握も瞬時に捉えられる観察眼も備わっている兄に、僕は敵わない。



「そっか……」

「……フィーレンは……僕がいてもいいの?」

「……どうした、急に。たった二人の家族なんだから、当たり前だろう」



そうしていつも僕の頭を撫でてくれる。アスラとは違った温かさ。この手にいつも守られていた。



「そろそろ、アスラが帰ってくる頃かな」

「夕飯の支度しよう」

「そうだね」



手際よくそれぞれ準備を進めていく。もう手馴れたものだ。今では料理のレパートリーもたくさん増えた。




僕と兄は、王家の血を引く双子でそれはそれは綺麗な双子だったらしい。母が僕らをお腹に宿した時、国王は大いに喜び、王族の者たちも盛大にお祝いしたそうだ。

兄は、国王譲りの金色の髪と瞳を持ち、生まれてすぐに計った魔力も強大なものだったと騒がれた。

僕は、母親譲りの白銀の髪と銀水晶の瞳を持ち、魔力はそれなりだったので、とりあえず無能では無かったことに安堵されたみたいだ。双りとも、整った顔立ちで流石は王家の子と持て囃された。特に兄は、次期国王として幼い頃から期待も大きかった。それに応えようと、剣術の腕を上げ、魔力の使い方も教わっていた。国王も母も、とても優しい人で僕らを愛してくれた。

そんなありふれた日常が、いつまでも続くものだと勝手に思い込んでいたんだ。




「……熱っ……!」



ガシャン、とお湯の入った鍋を落としてしまい、熱い液体が僕の足に掛かってしまった。



「リーファ!」



すぐに兄が治癒能力を施してくれたお陰で大した火傷にはならなかった。



「ごめんなさい……」

「他に火傷してない?」

「大丈夫……」

「そう。良かった」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「リーファ」



失敗するといつも打たれると思ってしまう。過去の主人達は失敗を許してはくれない。罰だお仕置だと言って、泣いて謝ってもやめてはくれなかった。その後遺症が今でも消えない。



「大丈夫だから……。もうここにはボクらを痛めつけるものはいない。安全なんだよ」

「……フィーレン……」

「それに、リーファにはボクがいるから。ずっと一緒だ」



ぎゅっと僕の手を握りながら兄は諭してくれた。

国王と母を失っても、僕には兄がいた。何があっても見離さないでいてくれた。優しい片割れ。



「ありがとう、フィーレン」

「もう痛い所はない?」

「うん……大丈夫」

「良かった」



アクシデントはあったものの、ちゃんと料理が出来て僕と兄は一緒に喜んだ。初めて二人で作った料理は見事に失敗してしまい、申し訳無い気持ちをアスラに伝えると、



「大事なのは、気持ちが込められた料理であるという事ですよ。見た目は慣れればどうにかなります」



とアスラは喜んで完食してくれた。その言葉が嬉しくて僕と兄は毎日の様に料理の勉強をして腕を磨いていった。



「デザートも作りたいね」

「パフェがいいな」

「リーファ、パフェの見本とか出せる?」

「うん」



僕の魔力は具現化能力だった。見た事のあるモノなら大抵生み出す事が出来た。兄とアスラも凄いと褒めてくれて、それが伸ばす力となった。



「結構、色んなの入ってるんだね」



見本のパフェをまじまじと眺めながら兄は具材を確認していく。



「殆ど家にあるものだね。──よし!作ろう」

「うん!」



二人で具材を用意しようとした時、チャイムが鳴った。

その瞬間、僕達は動きが止まった。知らない人が来ても扉は開けてはいけない、とアスラと約束した。



「……どうしよう……フィーレン……」

「大丈夫……。このまま出なければ居なくなるよ」



震え出す僕を兄が抱きしめてくれる。兄だって怖いのに、平常を保っている。



「──居ないのかい?フィーレン、リーファ?」



ノックと共に聴こえた声に僕達の不安は一瞬で消え去った。すぐにドアを開けて来訪者と対面する。

見慣れた二人の姿に安堵が加わり、笑顔で出迎えた。



「元気かい?少年どもよ!」

「お邪魔します」



快活な挨拶をしながら、フラン先生は僕達の頭を撫でてくれた。カラカナさんも優しく微笑んでくれて、僕も喜びの笑みを見せた。



「料理かい?」

「デザートを作ろうと思って」

「ほほう。パフェか」

「先生も一緒に作ろ」

「よし!わたしの腕の見せ所だな!」



兄はフラン先生に懐いている。

この世界で信頼出来る大人なんて極わずかだ。フラン先生とカラカナさんは、アスラの友人で一年前に出逢った。それからすぐに打ち解けて、フラン先生は体術と剣術を僕達に教えてくれた。

カラカナさんはこの世界の事を沢山話してくれた。二人とも、灰族である僕達の事を蔑まなかった。対等に接してくれた。時々こうして会いに来てくれる。



「これは見本?」



カラカナさんが僕の具現化したパフェを見ながら聞いた。



「食べたかったから」

「上手に具現化出来ていますね。素晴らしい」

「ありがとうございます!」



僕はカラカナさんが好きだ。

初めて会った時は怖い印象を持ってしまった。

一年前、いつものように兄と二人で留守番をしていた時のこと。その日はアスラから来客が来ると伝えられていた。だからドア越しに名前を聞き出し、一致したら受け入れていいとの事だった。

夜になると風が強くなり、家を叩かれているみたいに吹き荒れ始めた。こんな時に誰が来るのだろうと考えているとチャイムが鳴り、僕と兄は顔を見合わせて玄関まで行き、扉越しに誰だと訪ねた。けれど何も言葉が返って来なかったので違うのかと思った矢先、バタンと何かが倒れた音がしたのでとっさに扉を開けてしまった。僕らの足下には二人の男性が倒れていてピクピクしていた。



「だれ……」

「……すまない……。何かたべもの……を……」



一人が手を伸ばしながら訴えてきた。長い髪で顔が隠れていたのでそれが余計怖さを増長させた。



「フィーレン……」

「……とにかく、確認だ」



兄はすぐに気持ちを落ち着かせ、僕の前に出て二人に名前を聞いた。



「……フランと……カラカナ……です……。アストライアに呼ばれて……」



名前はアスラから聞いたのと一致した。だからすぐに家の中へ案内しようとした時、庭先に誰かが侵入してきた。



「盗賊……」



近頃、物騒な輩が増えており、空き巣だの強盗だの事件が耐えなかった。



「お宝いただき」



盗賊が僕らに襲いかかってきた。武器も能力の使い方もまだ未熟な僕達は何も出来ず恐怖に支配されてしまった。



「──ふざけんなよ……。こっちはただでさえ腹減ってるってのに、手間かけさせんなや」



倒れていた一人がいつの間にか立ち上がっていて盗賊を投げ飛ばしてしまった。結構大柄な輩だったのに片手で放り投げるとは凄い怪力だなと思った。



「逮捕」



もう一人も苛立ちを露にしながら伸びている輩を足蹴にし、手錠を嵌めた。



「大丈夫だったかい?少年どもよ」



改めて僕らに向き直った二人はとてもかっこよかった。



「あの……」

「フィーレン!リーファ!」



走ってきたのか、息を切らせながら僕らの名を呼んだのはアスラだった。アスラは心配と不安が入り交じった表情を浮かべ、僕らを抱き寄せた。



「良かった……。無事だった……」

「おかえりなさい、アスラ」

「その二人のおにいさんが助けてくれた」



フィーレンが伝えるとアスラは後ろにいる二人に顔を向けた。



「……ありがとうございます。フラン、カラカナ」

「タイミング良かったな!」

「あの人連れていきますか?」

「もう連絡済みなのですぐに回収してくれますよ」



誰も負傷していなかったのでそのまま僕らは家の中へと入った。そして、アスラに二人のことを紹介された。



「エルド学園のフラン先生とカウンセラーのカラカナです。私の旧友なので信頼に長ける者達ですよ」



エルド学園はとても大きな学校で、魔力の才に秀でた人達が通っているらしく、僕らには縁の無い所だった。



「フラン・ティラミスだ。よろしく!」



フラン先生は長い黒髪を一つに結っており、とても明るい人なのだと思った。学園では体術と剣術を教えているらしい。



「カラカナ・レイン……。一応、カウンセラーだから、相談窓口扱いで……」

「どんな自己紹介だっての。まぁ、悩みとかあったらカラカナに何でも相談しろ。長話でもずっと聞いてくれるからな」



カラカナさんは、僕と同じ白銀の髪で肩より少し長めだった。翡翠と琥珀のオッドアイをしていてとても綺麗に見えた。フラン先生とは陽と陰みたいな感じだなと思いながらちょっと近づきにくいかも知れないと思った。でもそれは、初対面だったからだ。




その日、僕と兄は初めて喧嘩をしてしまった。原因は些細な事だったけど、段々言い合いになって、僕は家を飛び出した。後ろから兄が呼ぶ声が聞こえたけれど無視してしまった。

街に出た瞬間、しまったと一気に不安に呑まれた。

灰族は、主人の付き添いが無いと街に出てはいけないのだ。放し飼いと後ろ指を刺され、センターに連れていかれてしまう。おまけにリボンもしていない。急いで家に帰らなければと振り向いた瞬間、制服を着た二人の男性に捕まってしまった。



「服を脱ぎなさい」



人気の無い路地裏に連れ込まれ、命令口調で言われ、僕は怖くて指示に従った。男性達は僕の裸を凝視しながら、「肌の色は……」 とか「傷跡は……」とかブツブツ言っていた。これは値踏みをされているのだろうかと考えていると男性達が不意に倒れた。何が起きたのか分からずただ怯えていた僕に声が降ってきた。



「見つけた……」



助けてくれたのはカラカナさんだった。凄く息を切らしていて顔色も悪いのに、優しく微笑んでくれたのだ。



「怪我は……無い、ですか……?」

「……うん」

「良かった……」



安堵しながらカラカナさんは僕の服を渡してくれた。



「ありがと……」

「他に何かされましたか?」

「……見られた、だけ……」

「そうか……」



僕はさっさと服を着ようと焦っていた。何事もノロノロやってたら打たれると以前の主人から植え付けられていたのでクセがでてしまった。



「ボタン、ズレています」

「えっ……」

「直しても良いですか?」



スッと伸ばされた手が、打たれた時の記憶と重なって咄嗟に身構えてしまった。



「……すみません。触れられるのは怖いですか?」

「あっ……、ち、違っ……。今は……怖く、な……」

「リーファ。泣いて良いです。知らない者達に身体を見られるなんて怖いです。オレには、我慢、しなくていいです」

「……っ」



不安が弾けて涙が溢れた。怖かったのと過去の恐怖と助けて貰った安心感とが混ざり合ってぐちゃぐちゃな感情を吐き出した。

僕が泣いている間、カラカナさんは僕の隣に座って空を見上げていたそうだ。諭すでもなく、慰めるでもなく、ただ隣に居てくれた。それがすごく嬉しかった。




どれだけ泣いたのか分からない位、涙を出した。お陰で目はジンジンして地味に痛い。でも、呼吸は穏やかで内にあった蟠りのような黒い塊はもう無くなっていた。



「いいなぁ。思い切り泣けて」



カラカナさんは羨む、だった。初対面からだけど、不思議な雰囲気を放つ人だなと改めて思った。



「あの……ありがとうございました………」

「無事であったことが何より……。歩けますか?」

「うん……」

「では……少しの間、失礼します」



そう言って、カラカナさんは僕の手を握った。とても温かくて落ち着く優しい手だ。僕も放さない様にぎゅっと握った。

それ以来、僕はカラカナさんに懐いた。いつだって、傍に寄り添って話を聞いてくれた。会いに来てくれると嬉しくなって飛びついたりもした。




「完成だ!」



兄とフラン先生は一緒に作ったパフェをどーんと見せてくれた。僕もカラカナさんに手伝って貰って何とか形になっていた。



「アスラが来たら食べよう!」

「うん!」



それまで片付けやら掃除やらして時間を使った。

アスラが帰宅し、みんなでご飯を食べた。

美味しいものを食べて、大好きな人達と一緒に過ごせてとても幸せだった。

こんな日々がずっと続けばいいのにと、まだ見ぬ神様に願ったり。



幸せな夢はいつまでも見られるものだと思っていたのだ。

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