旅の果て。
「あ~気持ちいい」
露天風呂に浸かりながら景観に目を向ける。
見晴らしの良い部屋を借りられたのは、宿荒らしを捕らえた褒美で相応の報奨金も頂いたからだ。
「アレスティとノエルも入りな~?」
二人は温泉も初めてでどうしたら良いのか躊躇っていた。
「入って大丈夫なの?溶けない?」
「大丈夫。タオル取って入ってね」
そう促すと二人はビクビクしながらそっと足から湯に入った。
熱湯を想像していたのか、そんなに熱くない事を知るとスッと肩まで浸かった。
「安らぐでしょ」
「気持ちいいです」
「温かい」
水の都と呼ばれる水蓮という国で僕らは旅の疲れを癒した。温泉が有名で旅行客も多く訪れるらしい。だから僕たちみたいな旅人でも大いに歓迎してくれた。
「ノエル。宿荒らし捕まえた時、腕打たなかった?痣になってない?」
「これくらいなら平気。もっと酷い仕打ちされてたから」
「温めると治りも早いらしいよ。この国の水には治癒系の魔術も組み込まれているんだって」
「良い事聞いた。なら、暫く浸かっていよう」
「アレスティも足、マッサージしておきな」
「……バレてましたか」
「さっき捻ってたの見ちゃった」
「すみません、お手数お掛けして…」
「気にしない気にしない。もっと頼って良いよ」
「…アスフィリアは優しいですね」
「うん。いっぱい優しくしてもらってきたからね」
アスラ達にしてもらったことをこの子達にも伝えたいと思った。今はそんな思いでいっぱいだった。
「お風呂付の部屋って良いよねぇ。自由に出来る」
「そうですね」
「人前に見せられる体じゃないしね」
ノエルはさらっと自虐的な発言をする。奴隷として育ってきた二人の身体には消えない傷跡が複数あり、カラカナさんの治癒力でも治せない程深く刻み込まれていた。
「勲章って言えば聞こえは良いかな」
「前向きだね、ノエル」
「そうしないと生きづらいでしょ」
どんな酷い目に遭ってきたのかは出逢った頃に教えてくれた。僕らが受けてきた仕打ちより余程酷い事をされていたと聞いて危うく同情してしまいそうになったのを覚えている。
「でも、生きてて良かったって思うよ。こんなに幸せな気分になれたんだから」
「私もそう思います」
「良かった。疲れもたんまり癒してね」
「はい」
可愛らしく笑う二人に安堵する。それと同時に二人が平然と人を殺す光景が脳裏を過る。
あの国王が逃した妃と皇子達を見つけたのはこの二人だ。散々探し回って漸く見つけたのが、エルド学園の地下室だったらしい。そこだけは頑丈に出来ていたらしく、隠れ蓑としては最適だったんだろう。妃は既に怯えていて、兄弟は静かに待っていたらしい。
死を覚悟していたなんて絶対嘘だと思った。あいつらがあっさり死を受け入れる筈がない。人の命を奪っておいて平然としている人間だ。行く宛に絶望したか、諦めたか。どちらにせよ、死んで清々する。ざまぁみろ。
旅の途中でも似たような人間を目にしてきた。罪の無い人々を平気で襲って豪遊三昧していた奴らをノエルとアレスティは顔色一つ変えずに片付けた。あまりにも鮮烈で目に焼き付いていた。
「長湯すると逆上せるから、程々にね」
「上がるんですか?」
「うん。そろそろ良いかなって」
「では、私も…」
「ノエルは?」
「もう少し~」
「寝ないようにね」
僕とアレスティは先に出て浴衣に着替えた。身体の芯まで温まっていたので窓から吹き込む風が心地良かった。
「足、平気?」
「はい。痛みは引きました」
「良かった。怪我したら我慢しないで言うんだよ」
「…はい」
その瞳には戸惑いの色があった。
「ごめん。我慢するなって言うのは烏滸がましかったかな」
「いえ…!すみません…慣れていなくて…。我慢していれば咎められる事も無かったから…」
劣悪な環境下に居たんだ。泣けば叩かれ、抵抗すれば鞭が撓る。どうしたって我慢しなきゃいけなくなるのは当然だ。考えが足りなかった。
「気を遣わせた…。ごめん」
「アスフィリアは悪くありません。私は順応性が乏しいので普通に慣れるのに時間が掛かってしまうから…。困らせてしまいますね」
「いいよ。お互い様だろう?言いたい事言えばいい」
「でも…」
「辛い思いはもうしてほしくないんだ」
優しくアレスティの頭を撫でる。もう誰も傷つかずに平穏に生きていたい。あんな思いは誰にもさせたくない。
「アスフィリア…」
「大丈夫」
そう微笑むとアレスティも柔らかな表情を浮かべた。
「あの…アスフィリア…」
「ん?」
「貴方に伝えたい事があるんです」
「えっ、告白?」
「あ、一応…。私たちの能力についてです」
「能力?持ってたんだ?」
「すみません、今まで黙っていて。とても、貴重とされる能力なのでずっと迷っていました」
「僕に告げていいの?」
「アスフィリアに使って欲しいんです」
身を乗り出しながら言ったアレスティはバランスを崩し、僕の方に倒れ込んできた。
バタン――
「……敢えて聞くけど、何してんの?」
湯上り姿で戻ってきたノエルがその光景を見て首を傾げていた。
「アレスティって積極的だったんだね。知らなかった」
「違います!これは…」
「まさかアレスティに押し倒されるとは思わなかったなぁ」
「アスフィリアまで…」
「その気があるなら、相手するよ」
「…っ、全く興味ありません!」
今までにない位の大声でアレスティが否定し、僕とノエルは調子に乗り過ぎたかと思い、平謝りした。
「絵になってたのに」
「貴方でも絵になりますよ、ノエル」
「僕も興味無い。女の子とだったらやってもいいけど」
「すみません、アスフィリア。脱線しました…」
「いいよ。面白かったし」
「何か話してたの?」
「…私たちの能力の事です」
アレスティが教えるとノエルは暗い表情を浮かべた。
そんなに重大な話なんだろうかと僕も不安になってしまう。
「…そう。決めたんだね」
「はい」
「…アレスティがそう決めたなら、僕はキミの意見に同意するよ」
「ありがとうございます、ノエル」
改めて二人と向かい合い、アレスティが口を開いた。
「私とノエルには特殊な能力が宿っています。使えるのは一度切り。信頼する方の為に使うものです」
「僕で良いのかな…」
「貴方以外に居ません。出逢った頃から私たちにも優しくしてくれた。この恩はとても支えになっています」
「そう感じてくれていたなら嬉しいよ」
「この先、私は貴方以外に慕う方はいないでしょう。だから、アスフィリアに使って欲しいのです」
「僕もアレスティと一緒だから。アスフィリアに使って欲しいんだ」
まるで今生の別れみたいな口振りだな。いつまでも子供ではないのは当たり前の事だろうけど。
「私とノエルには、死者を蘇らせる能力が備わっています」
「…えっ」
「貴方の望みには最適な能力かと」
「…使ったら、二人はどうなるの?」
「私は右腕を失い、ノエルは右目の視力を失います」
「……いや、待って…。それってかなりの犠牲を払うって事だよね?駄目だよ、そんなの…」
「良いんです。片腕が無くてもハンデでは無いです」
「義眼にすれば問題ないしね」
「でも…」
「会いたいんだろう?」
真っ直ぐな瞳が僕を捕らえる。二人の覚悟は当に決まっている。僕が何を言ったって、譲る気はないんだろうな。
「…そうだね…。会えるものなら、もう一度…」
失ったあの日から抱いた強い願い。その願いが叶うなら何も要らないと思った程だ。
「僕とアレスティなら貴方の為にその願いを叶えられる。これからアスフィリアに契りの言葉を託す。その言葉を貴方が発した瞬間にこの能力は発動する」
「…本当に…いいんだね…?」
「もう決めた事だから」
願いの代償に二人は片腕と片目を失う。それでも良いと本人達が言うんだから、我儘になっても良いだろうか。
「アスフィリア…」
迷っている僕に二人が心配そうな視線を送る。
「…ごめん。二人には辛い思いをさせるかも知れない。それを解ってても僕は、フィーレンに逢いたい…」
「うん。それで良いんだよ」
「私たちなら大丈夫です。痛みには慣れています」
「…ごめんね…」
どうしたって願いの方が勝ってしまう。その代償を払うのは自分じゃない。
「アスフィリア」
僕は我儘だ。傲慢と言われても仕方ない。それでも、愛しい者にまた逢えるんだから、欲を晴らしても良いだろう?
二人から契りの言葉を教えて貰い、僕は復唱して記憶した。
「私とノエルは、この国に残ります」
「…それも決めてた事?」
「いつまでも、アスフィリアに頼ってばかりではいけませんから」
「そろそろ自立しないとってね」
「…うん。この国なら穏やかだし、暮らしやすそうだ」
「だよね!温泉も気に入ったし」
その夜は三人並んで眠りについた。
三人での旅は終わり、これからは一人で旅立つ。それでも別れは辛いものだ。
「じゃあまたね、アスフィリア」
「どうか、お元気で」
二人に見送られ、僕は水蓮から出た。
それから色々な国を見て回った。その中で安寧の地を見つけ、今の場所に辿り着いた。途中で出会った喧嘩っ早い奴とも意気投合して旅をした。
闘技場。
様々な戦いが繰り広げられ、熱気も高まっていく中、悪魔の囁き。
僕は、契りの言葉を口にしていた。
「「キミがその名を呼ぶのなら、【僕・私】はアスフィリアの名の元に、この右【腕・目】を捧げよう」」
そうして願いは叶えられた。
双子の兄の復活、そして、恩師の魂をあの人の腹から取り上げた。
立場が変わり、敵も変わった。
それでも、何を犠牲にしても、叶えたい願いがあったんだ…。
 




