「どうか、あなたが幸せでありますように」
もう逢える事なんて無いと思っていた。
目の前にいるのは、紛れもなくカラカナさんだった。
綺麗なドレスを纏っていて、華やかさが解き放たれている。
「……どうして……」
「また逢えて嬉しいよ、リーファ」
「カラカナさん…」
感情がこみ上げてきて、僕はマスクを取り外し、カラカナさんに抱き着いた。
「ここまで来たんですね」
「…アスラも、処刑されたんだ…。だから、国を滅ぼしてやろうって決めた」
「知っています。国王から聞きました」
「えっ…」
「アストライアが処刑された日、オレは地下牢にいました。邪魔をすることを恐れたのでしょう。何も出来なかった…。フランの時も…オレは…見ている事しか出来なかった…」
「悪いのは全部国だ。あんな王がのさばっていたから、消えなくていい人達が生まれた。全部、あの愚かな国王の所為だ」
「…悪の元凶は滅びましたか?」
「殺した…。こんな事したってアスラ達は喜ばない。でも…それでも、同じ思いをして貰わないと駄目だと思った…」
「貴方の望みのままにしたのなら、後悔はしないで下さい」
カラカナさんは変わらぬ笑みを浮かべた。
「早く此処から出ないと…。カラカナさん、立てる?」
黒煙は容赦なく拡がっていく。話しているだけでも喉が痛い。
「そこに外に繋がる裏通路があります。城が崩れる前に避難した方が良い」
「カラカナさんも一緒に…」
「オレは行けない。リーファだけ逃げて」
「嫌だ!折角また逢えたのに、置いていけない」
「駄目なんですよ…。捕らわれたその日に、両足を切られました。もう自力で立つ事すら叶わない」
カラカナさんはドレスの裾を捲って足元を見せてくれた。膝から下が無い。綺麗に切断されたのか、包帯が丁寧に巻かれていた。
「酷い…」
「逃げられると判断されたんだろう。国王が望む能力がオレに無いと知ったのもあるだろうけど。オレは娼婦同然に扱われていたんだ」
「…えっ」
「あの国王には変態趣味があったらしくて、オレを女と称して扱った。性奴隷みたいな事もされた。地獄だったよ」
「じゃあ…その服も…?」
「うん。今日のパーティーでオレを紹介する心算だったんだろう。王族関係者も馬鹿ばかりだったから誰も間違いだなんて言わなかった。妃ですら、黙認してたから」
「…腐ってる…。殺されて当然だ」
「みんなの仇を討ってくれてありがとうございます、リーファ」
「…一緒に此処から出よう、カラカナさん。僕が背負っていくから」
「足手纏いにはなりたくないです。それに、病も患いました。右目は殆ど見えてないんです」
「それって…僕に能力を渡したから?だから、足を治す事も出来ない…?」
「貴方に能力を譲渡したこと事を悔いてはいません。オレの意思でそうしたんだから。リーファが気にする事じゃないよ」
「でも…」
「行きなさい、リーファ」
「…やだ…。嫌だよ…」
泣きながらカラカナさんの腕を強く握りしめる。
「リーファ」
「一緒にいたい…」
「オレだってそうしたいよ。でも、此処から出られたとしても病に侵されてすぐに死ぬ。最期の姿は見られたくない」
「…カラカナさん…」
「大丈夫。リーファはとても強いから。オレ達が居なくても大丈夫」
微笑むカラカナさんの姿が霞む。涙が止まらない。
「生きて生きて、たくさんの人達に出逢って下さい。必ず貴方を支えてくれる人がいます。今度は貴方が慕われる存在になりなさい」
「…なれるかな…」
「なれますよ。自信を持って」
「…うん」
「リーファ」
カラカナさんは両手を伸ばし、僕の頬に触れた。
「見果てぬ空で祈っています。どうか、あなたが幸せでありますように」
最期の微笑みには涙が添えられていた。
「ご武運を」
カラカナさんに見送られながら僕は裏通路への扉から外に出た。
その直後、城が崩れ始め、炎が容赦なく包み込んでいく。
丘の上まで来ると国が滅んでいく光景が見えた。
それから少し経ってサキール達が戻ってきた。
他の仲間達も、全員欠ける事無く合流出来た。
これからの事はあまり考えていなかった。
だから、パーティを解散したら一人になると思っていた。
他の国へ行っても目的すらない。
アレスティとノエルが一緒にいたいと言ったから、旅をしてみようなんて思ったんだ。
この国以外を知らない。
他の人間を知らない。
アスラ達が教えてくれた事を知るには、色々な所を巡るのが一番だろう。
「じゃあ、行こっか」
新たな旅立ちとともに、僕は名前と過去も一緒に埋葬した。
もう誰にも奪われないように。
大切なものをこの手で守れるように。
僕らは振り返らずに一歩を踏み出した。




