反撃開始
もう何も失うものは無いと思えた瞬間から、何でも出来る様な感覚に目覚めた。
だから、エルド学園を襲撃して、奴隷達を解放した。
学園で最強だったのがフラン先生なら、他の奴らは大した事無かった。偉そうにふんぞり返っている教員共を気絶させ、学生達には脅しを掛けた。地下牢の警備だって一振りで薙ぎ倒した。
こんなにスムーズに行くならもっと早く攻めておくべきだった。サキールも意外と働いてくれて、頼りになった。ノエルとアレスティには奴隷達のまとめ役として率いて貰った。
秘密裏に創られていたキメラは使い道も無かったから処分した。フィーレンみたいな能力があったらちゃんと空に還してあげたけれどそれは仕方ない事だ。僕には出来ない。
「いよいよですね」
丘の上から城を見下ろしながら、アレスティが囁いた。成長した姿はどことなくカラカナさんに似ていて雰囲気も重なった。でも臆病で自分からは発信しない所はカラカナさんとは違う。
「漸くだよ。やっと、あいつらを地に落とせる」
アスラを失ってから三年間、この時を待った。
頼れる存在を失くした僕らは、死に物狂いで生きてきた。
毎日鍛錬して、サキール達にも戦い方を教えて、能力を高めてきたんだ。生活にも苦労して、何とか食い繋いで来た。
全てはこの日の為。
アスラ達の仇を討つ為なら辛苦なんて気にしていられない。
「たっぷり思い知らせてやれ。おれ達はリーダーについて行く」
逞しく成長したサキールは美形の青年になった。彼に魅了されて靡いた女達も巧く利用して金を稼いだ。
「当たり前の様にある幸せが壊されるなんて、人々は思いもしないだろうね」
ノエルが呟く。彼も背が伸びて頼もしい青年になった。あまり笑わないからクールな子かと思ったけど、感情を上手く顔に出せないだけだと知って笑う練習など表情の勉強をした。今ではポーカーフェイスが役に立ち、賭け事で儲けたりした。
「──手筈通りにね」
「おぅ」
「じゃあ、行こうか」
国家転覆まであと少し。
合図をすると一斉に影が揺らいだ。
サキール率いる奴隷達は学園を含めた国の人々を襲った。
いつも通りの生活をしていた人々にとって突然の変化は戸惑いだった。抗う暇すら無く命を絶たれ、街は血の海と化した。
僕はアレスティとノエルを連れて城に乗り込んだ。
衛兵は呆気なく、僕が加勢しなくても二人の戦力だけで壊滅させた。王室には、現国王含めた王族が集っていた。何のもてなしをしていたのか、煌びやかな飾りに豪華な食事が並んでいてさぞ楽しんでいる様子だった。その光景が怒りを膨らませた。
散々僕らを虐げてきて、自分達だけ裕福に笑ってる。
許せない。此処は彼らが好きにしていい場所じゃない。
「返して貰おうか。その命をもって」
アレスティとノエルが先陣を切り、人々へと向かっていく。
阿鼻叫喚の中、僕は剣を取り、現国王達へ歩を進めた。
怯えている顔が笑えるくらい滑稽で感情が昂る。
「……息子と妃はどうした?」
王族に囲まれていて分からなかった。
奇襲したのと同時に逃がしたか……。
「た、頼む……!殺さないでくれ……!」
一人では何も出来ないこの男に、大切なものを奪われた。
どうしてアスラ達が死んで、こんな奴がのうのうと生きているのか。
「アレスティ、ノエル!妃と息子達を探せ!」
「「承知」」
二人はすぐに別の部屋へと移動した。
「あんたがどんなに命乞いしても殺すよ」
剣先を突き付け、感情の無い声で伝える。
「僕らの幸せを奪った代償はその命で償って貰わないと」
「……や、やめてくれ……。謝るから……!」
「今更謝罪とか要らない。どれだけあんたを憎んでるか知らない訳じゃ無いだろ」
「…………分かった。だったら、好きにするがいい。私を殺してもお前の大事な奴らは還ってこない……」
現国王の言葉を遮って、片腕を切り落とした。そうしないと理解して貰えないと思った。
どんなに痛め付けたって死んだ人が還って来るわけじゃない。
こんな愚かな奴を殺しても、みんなが喜んでくれる訳じゃない。
分かってるよ……。そんな事、失ったあの日から解ってた。
それでも……許せない思いは断ち切らないと駄目だと思った。
だから、思い知らせてやりたかった。
「……も、もう……許してくれ……!悪かった……!私が悪かったから……!」
「うるさい」
「頼む……!死にたくない……!殺さないでくれ……!」
「黙れ」
「ひっ……!」
「さっきから随分な態度じゃないか。国王様?それが許しを乞う姿勢?いつまで見下してる心算なの?」
「……っ、たかが灰族の分際で私に楯突くなど愚かなのはお前の方……」
「減らず口だね。その舌、ちょんぎってやろうか」
「お、お前には出来ない……!人を殺すなど……教えられていないだろう!?アストライアがそんな事を教育する筈無いからな!怒りに任せて酔っているだけなんだろう!」
叫ぶ現国王のもう片腕を切り落とした。血飛沫が舞って歪な叫喚が耳を劈く。
「煩いなぁ」
もう、妃や息子達は殺されただろうか。
街は今頃鎮まり返っているだろう。
後は、この男を殺したら全て終わる。
「最期の審判だ、国王」
その瞳に恐怖の色が浮かんでいた。
僕は構わず、剣を振り下ろした。
王室から出るともう火が回っていた。城に火を着けたという事は、全員殺し終わったという合図。あとはみんなと合流するだけだ。
防毒マスクを具現化し、装着しながら出口へ向かった。城内には誰も残っていないらしい。一人ではここまで出来なかった。
あまり火の手が回っていない通路を通り、外へ繋がる扉を探す。城の中は広い。過ごしたのはほんの僅かな一時だったけど、思い出が甦る。楽しかった記憶は今も鮮明に覚えていた。
「──誰か居るのですか?」
通り過ぎた部屋から声がして振り返る。姿は無かったけれど、人の気配を感じた。そこはメイド達が使用している実習室だった。扉を開けて中に入る。黒煙が充満していてマスクを付けていなければ肺がやられる勢いだ。視界の悪い中、手探りで歩いていると不意にシルエットが浮き上がり、近付いていく。
「城の者は全員死んだ。そこに居るのは捕虜か?」
「……そうとも言いますね」
聞き馴染みのある声だった。黒煙を払いながら、姿を確認する。
眼前に現れたのは、かつて思慕していた大好きな人。
「……カラカナさん……?」
「はい……。また会えましたね、リーファ」
優しく微笑む彼は以前と変わりなく美しかった。




