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埋葬したのは最後の祈り。  作者: 淡月 涙
10/14

last parade

「大分上手くなったんじゃないか?」



フラン先生が、僕の作ったパンケーキを褒めてくれた。今では慣れたもので味にも拘りが出来た。



「ありがとうございます」

「食べるのが楽しみだなぁ」



この日はお休みだったらしく、フラン先生が遊びに来てくれた。アスラとカラカナさんは仕事で帰りは遅くなるらしい。



「体術の方も磨きが掛かってきたね」

「はい。日々、鍛錬している成果です」

「素晴らしいよ。剣術も今では私より強くなってしまったね」

「フラン先生の方が断然強いです。僕はまだ技とか定まってないから」

「腕が立つだけでも成長の変化だよ。学園の子達よりリーファの方が圧倒的に戦闘能力は高い。自信を持っていい」

「はい」

「いつもこの時間帯は一人かい?」

「大体は……。もう慣れました」



今は一人でも寂しくなくなった。気丈に振る舞えるようになってきた。いつまでも嘆いていてはお荷物になる。



「そうか」

「あ、フラン先生。勉強って見て貰えますか?」

「もちろん」

「僕は学園には通えないから……。アスラに買って貰って勉強してるんです」

「自ら学習するとは素晴らしい姿勢だ。私の教えられる範囲ならなんなりと聞くがいい」

「ありがとうございます!」



資料や参考書をフラン先生に見せ、どこまでの実力があるのか測って貰った。それから分からない箇所を聞きながら学んでいく。知識も無いままでは何も出来ない。

フラン先生は勉強の教え方も上手だった。丁寧な説明と分かりやすい解説が理解を早めた。

それから夜までずっと勉強に至った。

フラン先生も改めて学ぶ事に新鮮さが沸いたらしく、楽しんでいた。



「……あの、フラン先生」

「なんだい?」

「……学園の地下の事なんですけど……」

「今の所は順調に事が運んでいる。一人や二人居なくなった所で気付きはしないさ」

「……そうですか……」

「保護した子達はカラカナの家にいるから、メンタルケアもそのまま続行出来るしね。あとは私が誤魔化せばオールオッケーだ」

「学園にあの皇子達は通ってるの?」

「今は本物が来ているよ。影武者だった子達は始末されたらしい」

「……始末……?」

「元々彼らは奴隷の身で、丁度いいという理由で影武者に選ばれたと聞いた。だから、用無しと見なされ命を絶たれた」

「そんな……」

「国王の血を引く子達だ。考えも価値観も似てしまう。それを間違いだとは誰も正さない。我儘で暴君でどちらかが王の後を継ぐだろう。そうなったらこの国は滅びの一途を辿るだけだ」



フラン先生は鼻で笑うように言った。

本当に笑ってしまいたくなる位、馬鹿げた話だ。

世代交代が行われて独裁国家は更に黒く染まり、悪逆非道な日々に苦しめられるだろう。

そうなる前に国王達を引き摺り降ろさなければいけない。



「このまま順調にいけば、謀反も起こせるだろう。それまでの辛抱だ」

「はい……」

「そろそろアスラ達も帰る頃だね。夕飯の支度を始めようか」



腕まくりをしながらフラン先生は明るい笑みを見せた。




それからは平穏な日々が続いた。

フラン先生に鍛錬を見てもらって、カラカナさんに勉強を教えて貰った。アスラとはパンケーキを一緒に作ってトッピングを変えたりしながら毎日食べるようになった。



「……アスラ……」



身体に違和感を覚えたのはその頃だ。

所謂、思春期というやつで僕は遅い方だったらしい。

それが恥ずかしい事だと思っていた僕は泣きながらアスラに助けを求めた。



「生理現象というものです。恥じる事ではありませんよ」

「……でも……お、おもらしなんて……」

「違います。身体の仕組みが大人に進化していっているのです。教えるのが遅くなってしまってすみません」

「……変じゃないの……?みんなに起こること?」

「そうです。男子なら通る道です。性行為するには必要な機能ですからね」



僕にはまだ性行為が何なのかも理解出来ていなかったけど、大人になったら何れ分かるとアスラは丁寧に説明してくれた。



「リーファは、恋をして下さいね」

「……特定の人を好きになること?」

「そうです。幸せにしたいと思う方と出逢う時が来ます。リーファなら、良い父親になれるでしょう」

「……まだまだ先の話だよ」

「楽しみなんですよ。リーファが幸せになってくれる事が私の幸せです」

「それなら、もう沢山幸せにして貰ってる。アスラには本当に感謝しきれない位、良くして貰って……嬉しい事も沢山してくれて……僕は幸せだよ」

「ありがとうございます」



アスラと過ごした事以上の幸せなんて無い。この先も。



「明日はフラン先生もお休みみたいですから、一緒にパンケーキを作りましょう」

「うん!」



それが、みんなで過ごした最後の日。

いつもは買い忘れる事の無い材料を忘れてしまい、僕はカラカナさんと買い出しに行ったんだ。アスラとフラン先生は張り切って準備をしていて、僕らが帰る頃にはパンケーキが出来上がっていると自信満々に笑っていた。

帰ったら、みんなでパンケーキを食べてゆっくり過ごせる。

そう、思ってたんだ。




眼前には燃え盛る家が映り、その前には衛兵達に取り押さえられたフラン先生の姿。傷だらけで満身創痍のフラン先生の横にはあの兄弟が立っていた。

僕らが買い物をしている頃、いきなり衛兵達が押し掛けて来たらしい。フラン先生とアスラは抗い、戦った。けれど、武装した衛兵達には攻撃など無意味だったらしく、やばいと悟ったフラン先生は自分が身代わりになり、アスラを外に逃がしたそうだ。アスラも傷を負っていて、動けそうになかった。



「フラン!」



すぐにカラカナさんが助けに動こうとしたけれど、フラン先生が止めた。僕らを守る為だった。



「彼はしてはいけない事をしたんだよ。国家の秘密事項を無断で壊そうとした。キミも手を貸していたそうだね?」

「違う!全て私一人でやったことだ!彼らは関係ない!」

「まだ抗うの?」



バシッとミラノがフラン先生の顔を殴った。



「謀反なんて何考えてる訳?バレたら処刑だって知らない訳じゃないだろ?大人しく生きてれば殺される事も無かったのに」

「独裁国家は嫌いなんだよ」

「先生はもっと賢い人だと思ってたのに、残念だよ」

「いい機会だ。あんたが犠牲になればもう楯突く事もないだろう。さっさと楽にしてあげるよ」



シドの合図で衛兵達が剣を構える。



「……待って……。嫌だよこんなの……」

「見せしめだ。殺せ」

「フラン先生……!」



僕が叫んだのと同時に、無数の剣がフラン先生の身体を突き刺した。残酷な光景に涙が止まらない。

剣を抜かれた拍子にフラン先生は倒れた。紅い液体が地面を染めていく。



「フラン!」



カラカナさんがすぐに駆け寄り、フラン先生を支え起こした。僕もアスラも傍に行った。



「……すまない……カラカナ……。もっと……上手くやればよかった……」

「待って……今、治癒を……」

「無駄だ……。もうすぐ私は死ぬ……」

「フラン先生……!」

「…………リーファ……。もっと沢山……教えたかった……。強くなるんだよ……」

「……死なないで……」

「……アスラの事……頼んだよ……」



息も絶え絶えにフラン先生は言葉を紡ぐ。



「アスラ……。みんなのこと……お願い……」

「フラン……」

「幸せに……なって……」



優しげな笑みを見せた後、フラン先生は動かなくなった。



「──別れは済んだかい?」

「王族なら何をやっても許されるんですか……?」



冷たい声色でアスラが立ち上がりながら兄弟に聞いた。



「罪人を消しただけじゃん」

「あんたと同じことをしただけだよ」

「違う!フラン先生は罪人なんかじゃない!」

「王族に楯突いた時点で罪でしょ」

「お前らのやり方が酷すぎるからだろ!」

「……なに?またやり合うの?それも罪になるけど、相手してやろうか」

「リーファ」



シドの煽りに乗りそうになった僕をアスラが止めた。



「保護者ならちゃんと躾しておきなよ」

「噛み付く犬はセンター行きだよ。身分を弁えた方が良い」



それだけ言って兄弟は衛兵達を従えながら帰っていった。



「……フラン……」



冷たくなった亡骸をいつまでも抱きしめながら、カラカナさんは泣いていた。



翌日。

フラン先生を弔った。フィーレンの墓石の隣に。

僕らはずっと泣いていて目が赤く腫れていた。

全焼した家は跡形も無く、そういう能力を持つ者か焼いたのだとアスラは言っていた。



「オレの家に来てください」



カラカナさんの家には保護したという奴隷の子達が三人いた。

サキール、アレスティ、ノエル。後の仲間になる存在。

互いに挨拶をして、害のない存在だと解ると打ち解けてくれた。何故かサキールには「リーダー」と呼ばれ、他の二人も倣ってそう呼んでいた。僕は気にしなかったし、嫌じゃなかった。

それから、カラカナさんの家での暮らしが始まった。



「奴隷は決して馬鹿じゃない。自分達であそこから出る方法を知ってる」



サキール達は詳しく教えてくれた。

奴隷達の数も、中の構造も。能力があるなら監視を倒して逃げ出す事も可能らしい。けれど捕まると生きては帰して貰えない。



「今まで犠牲になった子達を沢山見てきた。これ以上は従えない。フラン先生には感謝してる。カラカナさんにも。みんなを助け出してこの国を壊したい」



思いは同じだった。国のトップを恨み、王族を憎み、反逆してやりたいと。僕らはすぐに仲間意識が芽生えた。



「では、行ってきます」



カラカナさんとアスラが仕事に行っている間も僕らは考えていた。どうやったら、反逆の狼煙を上げられるのか。来る日も来る日も考えて考えて、思考を巡らせた。




「リーファ」



その夜。

眠れずに窓の外を眺めていると、カラカナさんが現れて隣に腰掛けた。



「眠れない?」

「……色々考えちゃって……」

「そうですか。今夜は満月みたいですよ」

「うん……。綺麗だね」

「リーファ。あの子達の事、お願いしますね」

「……うん。他の子達は……」

「必ず救い出します。貴方達が先頭に立って導いて下さい」

「……分かった。カラカナさんも、気を付けてね」



笑みを返すとカラカナさんは僕を抱き寄せた。優しく頭を撫でてくれて安堵に包まれる。



「リーファ……」

「……カラカナさん……?どうしたの……」

「貴方と出逢えて良かった……。もし、この先、窮地に陥る事があったら、オレの魔術を使って下さい」

「……えっ……」



何かを耳元で唱えられた瞬間、僕は意識を失った。

カラカナさんから与えられたのは、強大な魔術。使い方次第では自分自身も滅びかねない。瀕死の状態からなら完全復活出来る。再生や複製とは違う修復能力。だから、簡単には死なない。不死に近い唯一無二の能力。それをカラカナさんは僕に譲り渡した。もうすぐ会えなくなることを悟っていたから。




それから数日経って、衛兵達がやって来た。

国王からの命令により、カラカナ・レインを王族に迎え入れると。国王はカラカナさんの能力が欲しかったらしい。僕に与えてくれた能力を国王は知り得ていて自分のモノにしたかったんだろう。でもそれは叶わない。その能力は僕が貰ったから、国王に渡る事は絶対に無い。



「行かないで……」



離れたくなくてカラカナさんの手を握りしめていた。



「リーファ……」

「嫌だよ……。カラカナさんまで居なくならないで……」



もうこれ以上誰も失いたくない。



「──リーファ」



カラカナさんは僕の耳元で周りに聴こえない位の声で囁いた。



「あの能力の事は誰にも口外しない事。バレたら今度は貴方が犠牲になる。リーファには役目があるから。それを見届ける事は出来ないけど、ご武運を祈っています」

「………っ……死なないでね……」



そう言うとカラカナさんは優しく微笑んで「大丈夫です」と口を動かした。



「行くぞ」



衛兵達に連れられてカラカナさんの姿は見えなくなった。



「明らかに国王は私達を虐げるつもりですね。憎たらしい」



怒りをこみ上げながらアスラは呟いた。



「……アスラ……ごめん……。全部僕らの所為なんだよね……?僕らなんか引き取らなければフラン先生もカラカナさんも普通に暮らせてた……」

「リーファ。悪いのは全部国王です。貴方には一切責任はありません」

「……でも……」

「私は貴方達を引き取って良かったと思っていますよ」

「……アスラは、優しいから……」

「本心です」

「…………生きてていいの……?また……何かあったら……」

「悲しい思いばかりさせていますね……。もっと側にいるべきでした」



アスラに抱きしめて貰った瞬間、僕は感情を吐き出した。

何もかもぶち撒けてただひたすら泣き喚いた──。


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