第97話 ウォズマの推察『ゲンタとは何者か?』2
「に、兄ちゃんが…、錬金術士!?」
驚きを隠せないといった表情だが、さすがにそこは超一流の凄腕冒険者のナジナである。大きな声を上げる事なくウォズマの言葉に応じた。
「ああ、オレの見立てではな」
こちらは冷静に語るウォズマ。
「れ、錬金術士って言ったらアレだろ?水薬とかを作ったりとか、鉄を金に変えるとかって言う…?」
「鉄を金に変えるって言うのは、大昔にそういう触れ込みで宮廷に入ったという逸話からの話だな。実際には鉄から金になる事はないよ。しかし、違う金属同士を混ぜ合わせて青銅やら真鍮やら元とは違う特性を持つ金属が産まれたと言われているな。水薬の作成についてはその通りだな」
「で、でもよう…。普通は錬金術士って言うと、それこそ宮廷とかにいるモンじゃねえのか?」
「そうだな、確かに錬金術の研究には多額の研究費が付き物だ。成果が出るまでは金が入って来ない。…と、なればそこには支援者が必要だ。王家や大貴族が後の成果を独占する為にお抱えにするだろう。まあ、囲い込みだな」
「ならよう、何だって兄ちゃんはここにいるんだ?」
至極もっともな疑問をナジナは口にする。
「それはゲンタ君自身が言う通り、商人になる為じゃないのかな。一言で言えば、凄い商人になる為の」
「ん、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
そう言ってウォズマはカレーを一匙掬って口に運ぶ。
「例えばこの『かれー』だ。これはおそらく胡椒だけではなくオレたちが知らないような香辛料がふんだんに使われているんじゃないか。一つ二つの味わいや刺激、香りではない。おそらく十や十五…。いや、もしかするとそれ以上か…、それだけ複雑な香りや風味がする」
「それと錬金術とどういう関係があるんた?」
「似てないか?」
「何にだ?」
「水薬などの調合とだ」
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「調合…だって?」
ウォズマの発言を受けナジナが意外そうな声を上げる。
「ああ、似ているだろう?元来、薬師や錬金術士が作る薬剤は高度な物であればあるほど複雑な手順に微量の計量、さらには煮出すなら水の量に温度の管理…おそらくはそれ以上に精密な彼らだけしか知らぬような苦労もあるだろう。この『かれー』、そんな薬剤と同じように複雑な香辛料の調合比率があるに違いない。それこそ錬金術士が作る秘薬…、その秘伝が書かれた処方箋どおりの如くな」
「なるほど、ちょっとでも間違えれば薬が毒に早変わりするように…か」
「ああ。昨日ゲンタ君は体調を崩していたあの若い二人に飲み薬を飲ませた。そしたらどうだ、二人はたちどころに回復した。おそらく飲ませたのは回復剤ではないだろうかと思ってね。そしてこの『かれー』だ。一口食べてオレは確信したよ、彼は錬金術士だと」
「いや、分かる気もするが…。だけどそれはちょっと早計ってヤツじゃねえのか?その二つの出来事だけで決めるにはよう」
「相棒、今まであった事をよく思い出してくれ。まずは塩、普通は砂が混じる事もあるし色もくすんでいる。だが彼の塩は真っ白だ、あんな塩は王宮や大貴族でもなきゃ手に入るまい」
「むむむ…」
「それに御婦人の家の納屋の裏にあった井戸周りを覚えているか?巨大猪を狩猟った日に石鹸を借り体を洗った時だ」
「ああ、ありゃ泡立ちの良い石鹸だったな」
「それも凄い事だが…、足元が石作りになっていただろう。継ぎ目も無く滑らかに…。あの技術はガントン殿も知らぬ技術だそうだ。その教えを請う為というのが御婦人の家に逗留している理由の一つだそうだ。ゲンタ君や御婦人の人柄や話に触れてというのもあるようだがね」
「ガントンが知らない技術だって!ガントンは石工の棟梁だろ?ドワーフさえも知らない技術を知っているのか、兄ちゃんは!」
ナジナが驚くのも無理は無い。ゲンタが井戸周りに敷いたコンクリートの技術まだこの異世界には無い。そしてドワーフは土木に建築、木工や鍛治の技術に関して他の種族の追随を許さない。
そのドワーフの…、棟梁として一門を率いる確かな腕と知識を持つガントンが知らぬ技術なのだ。そんな物を産み出せるとしたら自然の技術ではない。錬金術のような何か違う物同士を組み合わせて創り出した全く別の特性を持つ新しい物資…、それならばガントンが知らないのも頷ける。
「そしてあのジャムだ。『乙女のジャム』、『エルフのジャム』を唯一作れるエルフですら思いも付かない『いちご』を使ったジャム…。あのシルフィ嬢をはじめとしてエルフたちが知らない技術…。シルフィ嬢をして熟成された甘味を持つ『エルフのジャム』に対して、鮮烈な新鮮ささえ感じる『乙女のジャム』は甲乙付け難い物であると」
「つまり、こういう事か?エルフもドワーフも作れないような物が産み出せる凄腕の錬金術士だと」
「ああ、オレの勝手な推測だがね」
「だがよ、それなら何で王宮とか大貴族の元に行かねーんだ?そんな凄腕の錬金術士なら良い報酬と肩書を得られるだろうに」
「言っていたじゃないか、ゲンタ君は。商人になる為だと。おそらく自分で作った品物をオレたちにも買えるような値段で売ってくれているのだろう。あるいは…この町に来た時期から考えて家を焼け出された御婦人の為に駆け付けたのかも知れないな。遠縁だと言っていたしな…」
「なるほど、マオン婆さんへの孝行か…」
そう言ってナジナはゲンタの方を見た。小皿に盛られたカレーを嬉しそうに食べる火精霊や、ジャムパンを分けそれを残る三人の精霊たちに与え話しかけてくる冒険者たちへの対応をしている姿が見える。
「いずれにせよ彼は無くてはならない存在になってきている。ギルドにとっても…、ウチの娘にとってもね」
「お、花嫁の父みたいな事を…。いよいよ嬢ちゃんを兄ちゃんに嫁にやるのか?」
「まだ早いよ、まだ…ね」
「ふふふ…。そうか、早いか…」
「ははは…。そうさ、まだ早いよ。オレはまだまだ娘に甘えてもらいたいんだ」
明るくワイワイとカレーを食べる冒険者たち。その片隅で穏やかな笑みを浮かべながら話す二人はある日突然ミーンの町に現れた青年の方を眺める。
そこには自分たちの理解の範疇を超えていながらも、どこにでもいそうな普通の青年…冒険者や精霊に囲まれた竹下元太の姿があった。




