表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/750

第97話 ウォズマの推察『ゲンタとは何者か?』2

「に、兄ちゃんが…、錬金術士!?」


 驚きを隠せないといった表情だが、さすがにそこは超一流の凄腕冒険者のナジナである。大きな声を上げる事なくウォズマの言葉に応じた。


「ああ、オレの見立てではな」


 こちらは冷静に語るウォズマ。


「れ、錬金術士って言ったらアレだろ?水薬(ポーション)とかを作ったりとか、鉄を金に変えるとかって言う…?」


「鉄を金に変えるって言うのは、大昔にそういう触れ込みで宮廷に入ったという逸話からの話だな。実際には鉄から金になる事はないよ。しかし、違う金属同士を混ぜ合わせて青銅やら真鍮(しんちゅう)やら元とは違う特性を持つ金属が()まれたと言われているな。水薬(ポーション)の作成についてはその通りだな」


「で、でもよう…。普通は錬金術士って言うと、それこそ宮廷とかにいるモンじゃねえのか?」

「そうだな、確かに錬金術の研究には多額の研究費が付き物だ。成果が出るまでは金が入って来ない。…と、なればそこには支援者が必要だ。王家や大貴族が後の成果を独占する為にお抱えにするだろう。まあ、囲い込みだな」

「ならよう、何だって兄ちゃんはここにいるんだ?」


 至極もっともな疑問をナジナは口にする。


「それはゲンタ君自身が言う通り、商人になる為じゃないのかな。一言で言えば、凄い商人になる為の」


「ん、どういう意味だ?」


「そのままの意味だよ」


 そう言ってウォズマはカレーを一匙(ひとさじ)(すく)って口に運ぶ。


「例えばこの『かれー』だ。これはおそらく胡椒だけではなくオレたちが知らないような香辛料がふんだんに使われているんじゃないか。一つ二つの味わいや刺激、香りではない。おそらく十や十五…。いや、もしかするとそれ以上か…、それだけ複雑な香りや風味がする」


「それと錬金術とどういう関係があるんた?」


「似てないか?」


「何にだ?」


水薬(ポーション)などの調合とだ」



「調合…だって?」


 ウォズマの発言を受けナジナが意外そうな声を上げる。


「ああ、似ているだろう?元来、薬師(くすし)錬金術士(アルケミスト)が作る薬剤は高度な物であればあるほど複雑な手順に微量の計量、さらには煮出すなら水の量に温度の管理…おそらくはそれ以上に精密な彼らだけしか知らぬような苦労もあるだろう。この『かれー』、そんな薬剤と同じように複雑な香辛料(スパイス)の調合比率があるに違いない。それこそ錬金術士が作る秘薬…、その秘伝が書かれた処方箋(レシピどおりの如くな」


「なるほど、ちょっとでも間違えれば薬が毒に早変わりするように…か」


「ああ。昨日ゲンタ君は体調を崩していたあの若い二人に飲み薬を飲ませた。そしたらどうだ、二人はたちどころに回復した。おそらく飲ませたのは回復剤(リゲイン)ではないだろうかと思ってね。そしてこの『かれー』だ。一口食べてオレは確信したよ、彼は錬金術士(アルケミスト)だと」


「いや、分かる気もするが…。だけどそれはちょっと早計ってヤツじゃねえのか?その二つの出来事だけで決めるにはよう」


「相棒、今まであった事をよく思い出してくれ。まずは塩、普通は砂が混じる事もあるし色もくすんでいる。だが彼の塩は真っ白だ、あんな塩は王宮や大貴族でもなきゃ手に入るまい」


「むむむ…」


「それに御婦人の家の納屋の裏にあった井戸周りを覚えているか?巨大猪(ジャイアントボア)狩猟()った日に石鹸を借り体を洗った時だ」


「ああ、ありゃ泡立ちの良い石鹸だったな」


「それも凄い事だが…、足元が石作りになっていただろう。継ぎ目も無く滑らかに…。あの技術はガントン殿も知らぬ技術だそうだ。その教えを()う為というのが御婦人の家に逗留(とうりゅう)している理由の一つだそうだ。ゲンタ君や御婦人の人柄や話に触れてというのもあるようだがね」


「ガントンが知らない技術だって!ガントンは石工(いしく)棟梁(とうりょう)だろ?ドワーフさえも知らない技術を知っているのか、(あん)ちゃんは!」


 ナジナが驚くのも無理は無い。ゲンタが井戸周りに()いたコンクリートの技術まだこの異世界には無い。そしてドワーフは土木に建築、木工や鍛治の技術に関して他の種族の追随を許さない。

 そのドワーフの…、棟梁として一門を率いる確かな腕と知識を持つガントンが知らぬ技術なのだ。そんな物を産み出せるとしたら自然の技術ではない。錬金術のような何か違う物同士を組み合わせて創り出した全く別の特性を持つ新しい物資(もの)…、それならばガントンが知らないのも(うなず)ける。


「そしてあのジャムだ。『乙女のジャム』、『エルフのジャム』を唯一作れるエルフですら思いも付かない『いちご』を使ったジャム…。あのシルフィ嬢をはじめとしてエルフたちが知らない技術…。シルフィ嬢をして熟成された甘味を持つ『エルフのジャム』に対して、鮮烈な新鮮ささえ感じる『乙女のジャム』は甲乙付け難い物であると」


「つまり、こういう事か?エルフもドワーフも作れないような物が産み出せる凄腕の錬金術士(アルケミスト)だと」


「ああ、オレの勝手な推測だがね」


「だがよ、それなら何で王宮とか大貴族の元に行かねーんだ?そんな凄腕の錬金術士なら良い報酬と肩書を得られるだろうに」


「言っていたじゃないか、ゲンタ君は。商人になる為だと。おそらく自分で作った品物をオレたちにも買えるような値段で売ってくれているのだろう。あるいは…この町に来た時期(タイミング)から考えて家を焼け出された御婦人の為に駆け付けたのかも知れないな。遠縁だと言っていたしな…」


「なるほど、マオン婆さんへの孝行か…」


 そう言ってナジナはゲンタの方を見た。小皿に盛られたカレーを嬉しそうに食べる火精霊(イグニスタス)や、ジャムパンを分けそれを残る三人の精霊たちに与え話しかけてくる冒険者たちへの対応をしている姿が見える。


「いずれにせよ彼は無くてはならない存在になってきている。ギルドにとっても…、ウチの(アリス)にとってもね」


「お、花嫁の父みたいな事を…。いよいよ嬢ちゃんを兄ちゃんに嫁にやるのか?」


「まだ早いよ、まだ…ね」


「ふふふ…。そうか、早いか…」


「ははは…。そうさ、まだ早いよ。オレはまだまだ娘に甘えてもらいたいんだ」


 明るくワイワイとカレーを食べる冒険者たち。その片隅で穏やかな笑みを浮かべながら話す二人はある日突然ミーンの町に現れた青年の方を眺める。

 そこには自分たちの理解の範疇を超えていながらも、どこにでもいそうな普通の青年…冒険者や精霊に囲まれた竹下元太(たけしたげんた)の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ