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第95話 カレーの香り、ミーンの町を騒然とさせる

 夕方…。僕はマオンさん宅でのシャベルの量産をガントンさんにお願いし、冒険者ギルドに向かった。鍛治に火と水は不可欠な為、ホムラとセラの二人にはガントンさんの元に残ってもらった。

 そんな訳で今の僕はサクヤとカグヤの二人と共にいる。もうそろそろ昼間に大福を食べた冒険者の皆さんが帰ってくる。皆さんに昼間の感想を聞いておきたかった、良い反応でも悪い反応でも後に()かせる。そう考えての事だった。


「おおっ、坊やじゃねえか」


 ギルドに入ると冒険者の皆さんは無事に戻って来ていた。


「坊やに頼んで正解だったぜ!なんつーかよ、あの『だいふく』だったか?アレは美味えな、良い休憩になったぜ!」


「それだけじゃねえ!アレ食ってから力が湧いてくるっつーか、何と言うか…」


「ああ、俺もそう思った!実際、作業が(はかど)ってよ!予定より大分進んだぜ!」


「そうでしたか、それは良かったです」


 良かった、悪い事にはなっていないみたいだ。


「それでよ、明日も頼まれちゃくんねーか?」


「ええ、それは良いですけど」


「おおっ、明日も坊やのメシが食えるぞ!」


 冒険者の皆さんが沸き立つ。


「なら、それなら明日は何か塩気(しおけ)の効いたモンを頼めねえか?」


「塩気を…」


「おう、やはり汗をかくからな。塩が欲しくなるんだよ」


「俺は肉が入っていると良いな!」


「馬鹿、お(メー)そんな事言ったら坊やが大変だろうが!」


「で、でもよう、坊やなら何とかしてくれるんじゃねえか?そんな気がするし…。少しくらい高くても早く終わらせれば後は丸儲けだしよう」


「早く終わらせる?」


「おう、この依頼は『五日間で終わる』くらいの予定なんだ。もし終わらなければ六日目以降はタダ働き、だが早く終わらせられれば…」


「行かなくても報酬は入ってくる訳ですね?」


「そう言うこった」


「なるほど…」


 そう言って僕は少し考える…。塩気があって、肉が入ったものか…。焼肉をするか?いや、火を通すというか調理にスペースがかなり必要になるなあ…。五十人分ともなればスペースがかなり必要になるし…。うーん、熱を通すなら煮るのが一番効率が良さそうな気がする。…となるとスープのようなものか…。何か良い手はあるかなあ…。

 明日まで時間はあるんだし、焦らず考えてみよう。



「話は聞いてたぜ。んで、兄ちゃんはどうするんだ?」


 ギルド内のテーブルに陣取り、ナジナさんとウォズマさんと相談する。


「塩気があって、肉が入ったものか…」


「ならよう、前にやった塩胡椒を聞かせた肉を焼いた物ならどうだ?」


「相棒、アレは予算がかかり過ぎるだろう。高くつき過ぎる」


「そ、そうか」


「だいたい胡椒なんてそれこそ銀ですら買えない。琥珀金(エレクトラム)の出番だ。白銅貨(シロ)で出せる訳がない」


「兄ちゃんなら普通に出してきそうなんだが…」


 ナジナさんが真面目な顔で言う。確かに普通に出してましたが…。


「スープみたいな物で。出してみようかなと考えている物があります」


「それはどういう物だい?」


「塩気があって、香辛料が効いたものです。僕は好きなんですが…」


「兄ちゃん、普通に香辛料出して来るんだが…」


「ゲンタ君が作る物だからね、美味しいんだろうけど…、予算は大丈夫なのかい?」


「うーん、肉の相場が分からないのでそれが分かれば…」


「それは猪肉で大丈夫かい?」


 猪肉は豚肉に近い感じだからな…、多分大丈夫だろう。


「はい、大丈夫です」


「よし、なら…」


 そう言うとナジナさんはカウンターに向かい、昼に狩猟した猪肉の納品をキャンセルし手元に戻す手続きをした。


「この量で足りるかい?」


「え、ええ。十分過ぎる量です。でも良いんですか?」


「ああ、問題ないよ。良いだろう?相棒」


「ああ、兄ちゃんのその料理が気になるしな。兄ちゃんが好きな料理だろう?こりゃ相当に美味い筈だぜ!」


「そうと決まれば…。夜にでも試しに作ってみましょう」


「話が早えぜ!俺にも食わせてくれよ!」


「ええ、元よりそのつもりです。皆さんの意見を聞いてみたいですからね」


「よし、決まりだ!いつものメンツで良いか?」


「はい、大丈夫です」


 そしてその夜は大試食会となった。あくまで試食なので量はそんなでもなかったが、誰もが美味しいと言った。香辛料のような刺激物に弱いエルフのシルフィさんには別メニューを用意。これも非常に好評だった。


 約束通り、ガントンさんたちには酒を奮発した。いつもの焼酎8リットルに加え、ウイスキーも8リットル。大喜びで飲んでいる。酒好きのセラも御相伴(ごしょうばん)にあずかっているようだ。


「ところで坊や。このピリッとした美味い料理(ヤツ)は何て名前だったかの?」


 上機嫌でガントンさんが聞いてきた。


「これですか?これはカレーと言います」



 その夜、ミーンの町では一つの騒動があった。


 魅惑の香りとでも言おうか、食欲をそそる良い匂いが立ち込めたのだ。しかし、それがどこから(ただよ)って来たものか…、それが住民たちには分からない。普通、そんな香りがしてくれば辿(たど)っで行けば分かるものだ。だが、それが分からない。なぜかそこに辿り着けないのだ。

 住民たちは困惑する。近くまでは来ている筈だ、近くには。だが、辿り着けない、何故か辿り着けないのだ。


 この辺りはいわゆる住宅地、食堂などの店から漂って来ているならば分かる。しかし、ここら辺にはそう言った(たぐい)の店はない。もしそんな店があれば住民たちに評判の料理屋となっているだろう。

 しかし、そんな店はここり辺にはない。住民たちはこの謎の出来事を『ミーン七不思議』の一つとして語り継いでいく事になる。だいたいゲンタのせいで…。


「今夜は人通りが多いですぅ」

「ホントだな、今夜何かあったっけ?」


 フェミさんとマニィさんがそんな会話をしている。


「カグヤ、今日もありがとうね」


 そう言うと彼女は『にこ…』と静かな微笑みを見せた。


 実は以前、ナジナさんたちを招いてここマオンさん宅の庭で宴会をしていた時に道行く人が覗きこんでくるような感じがイヤで困っていたところ、敷地の道に面するあたりでカグヤが何かをしていた。

 シルフィさんによるとどうやらカグヤは闇精霊(シャルディエ)の能力を用いて外の人からは見られないようにして、かつ音も聞こえなくしているという。

 それ以来、宴会をしていても見られる事は無くなり道行く人を気にする事は無くなったのだが…。


 そう、カグヤは視覚と聴覚による他者からの認識を阻害していたのだが、嗅覚での認識については何もしていなかったのである。

 ゆえにゲンタたちの楽しく食事する姿や声はしないのに美味そうな香りだけは漂ってくるという住民にしてみれば消化不良、気になるという思いだけを残して夜は更けていくのであった。

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