第92話 ゲンタへの初依頼
ナジナさんたちがマオンさんに巨大猪.の毛皮を使った敷物を贈ってから二日目の早朝。その間もパンと塩の販売はつつがなく行われた。こんなに早い時間なのに塩を買い求める人がいる。ありがたい事だ。
「良い塩だねえ。真っ白で砂とかも入ってないよ」
「安く買えるから私たちも助かるよ」
自動販売機で塩を買う人からもそんな声が聞かれる。ガントンさんたちはマオンさん宅の建築…、寝室と居間は既に完成しているのだが今後は増築をし用途に合わせていくという。その作業の合間や休みの日に塩の自動販売機の改良もしていくという。
「道具というのは使っているうちに問題点や改良点が見えてくるものですからネェ」
自動販売機の製作をしたハカセさんが言う。確かにそうだなあ、町の皆さんが使っているうちに当初想定していなかった問題点が見えてくる。
「ふむ…」
ガントンさんが塩を買い求める人の動きを見ながら、何か考えている素振りを見せる。
「一人一回の購入とは限らぬのう」
現在の塩の自動販売機は白銅貨一枚で塩9.96重(10グラムに相当)を購入出来るものと、食堂などをしている方に向けて銀片一枚(白銅貨十枚に相当)で99.6重(100グラムに相当)が購入出来るものの二種類の販売機を設置している。
塩を購入する人は白銅貨一枚分だけ買うとは限らない。二枚分、三枚分を買う人もいる。そうなるとそこでコインを投入してレバーを引く、その動作をいちいち繰り返す事になる。そうなると手間がかかる分だけ時間を要する。塩を購入していく人たちは時間帯により濃淡はあるが、基本的に並んで買っている場合が多い。
「まとめ買いが出来れば解決するかなあ」
思わず呟いていた僕にガントンさんが反応した。
「まとめて買うのは分かるが、それをどうやって実現させるんじゃ?いや、それは後で聞くぞい。まず坊やはパンの販売じゃな」
そう言ってガントンさんは販売機の近くに陣取った。町の人々が購入していく様子を見て改良点があればその場で考えようという事らしい。
僕はこの場をガントンさんに任せ、ギルド内に入った。
□.
今朝も無事にパンの販売は完了した、ありがたい事に完売。販売スペースの後片付けをする。今朝はいつもと違ってギルド内にまだ冒険者たちが数多く残っている。普段なら食事を終えたらすぐに目的地に向かうのだが今日はゆっくりとした感じだ。そして彼らの顔は浮かない表情をしている。
「土木作業なのは構わないんだかよう…、ありゃねーよなー?」
「野菜クズが入った程度のぬるま湯で安くねえ金取るんだからなあ」
「味もロクに付いてねえクセになあ」
彼らは何やら不満を口にしている。気になったので話を聞いてみる事にした。
「何かあったんですか?不満があるみたいですが」
.
「ん?おお、坊やか。それがよぅ…」
坊やというのは此処冒険者ギルドでの僕のあだ名だ。ガントンさんやゴントンさんが僕を坊やと言うのを耳にした人が同じように呼び始めたのがきっかけだ。むしろ、名前で 呼ばれる方が珍しい。
「今、俺たちは塩の街道の現場に行ってるんだが…」
彼らの話を聞くと、塩の街道の起伏の激しく雨が降ると水が溜まりやすい所を埋め立てる工事をしているそうだ。高い場所の土を掘って
低い所を埋め、水が溜まって道が寸断されるのを防ぐと共に平坦な土地にして荷馬車などを通りやすくするのが目的なのだという。
もともと道は通り易い場所に出来るからそこまで大規模な工事ではなく、五日程の予定で冒険者ギルドに依頼されたものだという。すぐ近くでは商業ギルドで手配した人夫たちもいてそちらも土木作業をしているという。まだ暑い季節ではないとはいえ、体を動かせば汗もかくし腹も減る。しかし、町を離れた場所で出される食事はロクに具も塩も入ってもいないのに割高な値段なのだと言う。
「やってられねーよなー。白銅貨八枚取ってアレじゃあなあ!」
「そうだよな、一日中体を動かすってのに体にチカラが入らねえよ!」
「坊やのパンが現場でも食えたらなあ…」
「「「ッ!!」」」
何人かが息を飲み、そして僕の方を見た。
「な、なあ…。坊やのパン…、現場でも食えねえか?」
□
作業現場でも僕のパンを食べたい、その一言から作業現場に行く予定の冒険者たちが僕の周りに群がってきた。
「な、なあ!坊やのパンを向こうでも食えねえかッ!?」
「た、頼むぜ!坊や!二個とは言わねえッ。一個だけでも!」
「現場で売られてるスープ食えた物じゃねえんだ!何とかならねえかッ!」
凄い勢いで詰め寄ってくる。だけど…、
「すいません、あのパンを用意するには時間がかかりまして…。この時間に持って来るので精一杯です」
「そ、そうか…」
冒険者たちがガックリと肩を落とす。用意出来ない事はないとは思うけど、スーパーのパンを買い占めに近い状態になってしまう。困る人が出るかも知れない。何か良い方法がないかなあと考えていたら…、
「旦那方、パンは焼き上がるまでの仕込みの時間も入れたら時間がかかるものだよ。食べたいのは昼頃だろう?とてもこれだけの人数分を揃えるとなると間に合わないよ…」
マオンさんが返事に困る僕を見て助け舟を出してくれた。
「坊やなら何とかしてくれると思ったんだがなあ…」
「さすがに今日の今日は厳しいか…」
「パンでなくてもなんとかならねえか…?」
パンでなくても…か。
「甘い物でも良いですか?」
「「「ッ!!?」」」
冒険者たちの視線がグッと集まる。
「で、出来るの…か?坊やッ!」
先頭にいた冒険者のオジサンが僕の肩を両手で掴んでまっすぐにこちらを見つめる。その視線は流石に冒険者、とても強い。
「ええ、腹に溜まる物ではありますが甘いです。あんパンに入っているあの黒い甘い物を使っています。パンとはちょっと違いますが…。それと緑茶を用意できます。値段は…そうですね、今日の価格は白銅貨五枚でどうですか?」
いつもパンを買いに行くスーパーのチラシに掲載っていた内容を思い出しながら応答える。おお…、冒険者たちから声が漏れる。
「坊やのメシが食えるんだなッ、俺は頼むぜ!しかも安いぜ!お前らはどうする?」
僕の肩を掴んでいたオジサンは後ろを振り返って高らかに宣言した。
「俺も頼むぜ!」「俺もだ!」
全員が手を上げていた。
「あっ、でも僕は作業現場がどこか知らないです、詳しい場所を教えていただいても良いですか?」
具体的な場所を知らない僕は冒険者の皆さんに聞いた。
「なら、護衛を兼ねて俺が道案内をするぜ!」
「お、お前は…『大剣』のナジナ!!」
冒険者の皆さんの驚きの声が上がる中、ナジナさんが僕の横に進み出た。
「任せておけ。巨大猪が出ても兄ちゃんには指一本触れさせねえぜ」
「オレも付き合うよ、ゲンタ君。君に何かあっては娘が悲しむからね」
ナジナさんとは反対側、僕の左側にウォズマさんが進み出る。
「そ、双刃のウォズマまで…。これなら何が出てきても安心だぜ!」
凄い信頼感と安心感だけど…、なんかフラグっぽいセリフのやり取りなんだよなあ…。しかし、凄く贅沢な護衛兼道案内である。
「ここまで話が大きくなると、ギルドとしてもゲンタさんへの正式な依頼とした方が良いかも知れませんね」
いつの間にかシルフィさんも近くに立っていた。もしかすると『光速』の技を使ったようにさえ感じる。
かくして僕は冒険者ギルドの一員として仕事をする事になった。報酬は白銅貨250枚(二万五千円に相当)。依頼内容は『昼時に塩の街道の作業現場に五十人分の飲食物を届ける事』、これが僕の冒険者としての初依頼となった。




