第八話 ここで!ようやく!パン登場(ジャムパン)!そして異世界パン事情。
いつもありがとうございます。
今回で初めて『パン』が登場!
スーパーの半額セールで買ったパン(税抜44円)の評価はいかに?
屋根を打つ雨の音がいつしか叩きつけるようなものではなくなってきた。しかしそれでもそれなりの音が響いている。
「それにしても…、良かったんですか?」
「うん、何がだい?」
「見ず知らずの僕を中に入れてくれて…。悪い奴かも知れませんよ?」
マオンさんはカラカラと笑う。
「見ず知らずの婆さんに手を差し伸べる人が悪い筈がありゃせんよ。アンタは優しい子じゃ、ゲンタ」
「マオンさん…」
「それに…、見ての通り家も燃えて、儂には金があるようにも見えんじゃろう?悪い事しようにも何のトクにもならん。…だが、何のトクにもならんのにゲンタは儂に手を差しのべてくれた…」
先程まで笑っていたマオンさんが真顔になっていく。
「優しい子じゃ…、優しい子じゃ…ゲンタは。他人の悲しみも痛みも我が事のように感じる優しい子じゃ…。儂の家が燃えた事にも怒っていたのじゃろう?顔を見れば分かるよ、…分かりやすいくらいにのう…」
うっすらと涙を浮かべ彼女はつぶやく。その頬には優しさも悲しみも、色々なものを抱えているかのように見えた。それだけに彼女に降り注いだ不幸をやるせなく思った。
「儂も長く生きておる。それだけ人も見てきたよ。少しは見る目もあるつもりさね…。それで見抜けなかったら…自分を恨めばいいだけじゃ。火をつけていった奴と同じにな」
最後にマオンさんは冗談じゃと一言付け加える。少し諦めのある悲しい表情でもあった。
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「そうだ!マオンさん、軽く何か食べませんか?」
僕はリュックをガサゴソしながら、悲しそうにしているマオンさんに声をかける。少しでも元気になって欲しかったからだ。
絶対ではないがお腹が膨れれば少しは元気も出てくる、我ながら短絡的な考えだがマオンさんに元気になって欲しいのは事実だ。
僕はリュックのジッパーを開けジャムパンを取り出す。一番上にあったあんパンを取り出そうとしたが、あんこってこの世界にあるのか不安になったので中世ヨーロッパにならありそうなジャムパンにした。
ビニールの包装を破り、「はい、どうぞ」と、パンを手渡す。マオンさんはありがとうよと受け取りながら、不思議そうにジャムパンを見ていた。
納屋には若干の明かり取り用の隙間がある。薄暗いが中が見渡せない訳ではない。そして納屋に入った先程よりは少し明るい。直接見た訳ではないが、雨雲が薄くなってきているのだろう。その事を裏付けるかのように納屋を叩く雨音もだいぶ弱まってきている。
「ゲンタ…、雨がだいぶ弱くなってきたから戸を開けておくれ…。…ああ、全部開かなくて良いよ…、納屋の中がもう少し明るくなるくらいで…」
僕は椅子代わりの木箱から立ち上がり、納屋の戸を開けた。光がそれにつれてだんだんと入ってくる、外に目を向ければ黒色に近かった雲が薄灰色くらいになっている。嵐のような風も今はやや強い微風くらいだ。
「うん、…ああそのくらいでのう…」
納屋に差す雲越しの陽光が中を照らし、マオンさんがにこりと笑う。
「すまないねえ…、こんな婆さんじゃ薄暗いと物ごよく見えなくての…。それにしても…」
マオンさんは渡したジャムパンをしげしげと眺めている。
「これは…、何だい?」
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マオンさんの問いかけはジャムパンを見てのものだった。
「そろそろ昼時ですし、小腹も空く頃かと思いましてパンを…」
「こ、これがパンだって!」
マオンさんが握っているパンを軽く軽く指先で押すとその指先が沈み込む。そして、指の力を緩めるとゆっくりと元の形に復元る。それを二、三回試した後、
「や、柔らかいよ。驚く程…、柔らかいよ」
「そ、そんなに柔らかいですか?」
日本の食品の品質や安全性は確かに高いと言われている。
その品質や安全性は『半額』シールが貼られているからといって価格と同じように半分になってしまうというものではない。
そしてこのジャムパンは日本では決して高いものではなく、誰もが手に入れやすいありふれたものだ。それが驚くほどの柔らかさだとマオンさんはひどく驚いている?
「ああ、ものすごく柔らかいよ!見た事がない!王都の大神殿ならパンは『女神様から与えられし命の実』という教えから良いパンが食べられると聞くけど…」
「じゃあ、この辺りではパンはなかなか手には入らないのですか」
「い、いやパンはそれぞれの家で焼くよ。だけど小麦は高いからね、庶民は安い黒麦やもっと安い粉を混ぜ物して焼くんだ。それに焼く為な薪だって金がかかるからね、その時食べる分は水気を多めに柔らかめに焼いて…後は二、三日分をまとめて焼くよ。腐るといけないから水気を飛ばした固い物にしてね」
「保存の為に水気を減らすように硬く焼いて…、なるほど…」
「だけど、パンを焼くのが苦手な嫁さんがいる家は固くなり過ぎて別名『岩石のパン』の家なんて言われるね。だけど、パン焼き上手がいると言われる家でも柔らかいなんて事はないよ。普通なら『石のパン』てトコかね。上手いパンを焼くトコは『板切れのパン』ってところだね」
岩石に石に板切れか…、思わぬ異世界のパン事情に僕は驚いた。
「うーん、『岩石のパン』とは凄い言われ様ですね。なんだかかわいそうです。言い過ぎな気もしますが…」
「ところがそうでもないのじゃよ」
「と、言いますと?」
「岩石のパンの家のパンが三日目、四日目になるとパンの中…、芯と言うかその辺りまで完全に水気が抜けてとてつもなく固くなる。だからその時は木槌で必死に叩いて…それこそ岩石を割るように必死に割ってね、それからスープに浸けてやっと食べられるんだ。…ゲンタ、『岩石』の異名は決してダテじゃないんだよ」
マオンさんがそう言ってニヤリと笑う。それだけパンにありつくのがいかに大変か、その苦労というものが感じられた。
「さて、あまり喋ってても悪いからね…。早速いただくよ」
ぱくっ。マオンさんが小さくパンの端にかぶりつく。
「柔らかい!水無しでも食べられるよ!香りも良い」
咀嚼し、飲み込むとマオンさんは声を上げた。
「それにこの白さ、それもフワフワできめ細かい…。これは…材料はいったい何だい?え!?小麦を挽いて粉にした物って…本当かい?滅多に食べられないけど見た事は何度かある!だけど、何でこんなに違うんだい?儂らが普段見ているパンは小麦を使ってたってもっと黒いというか、暗い茶色だよ。白い所や黒い所が混じるような感じでね」
一口食べてみての感想、そして断面を見ての感想、マオンさんは驚きの声を上げる。もしかすると、恐る恐る齧ったのかも知れない。小さな少女の一口のようにパンにわずかな噛み跡が残っている、まだこの一口ではジャムの部分にまでは到達していない。
柔らかい事が分かれば、次の一口はもう少し大きく食べてくれるかも知れない。
「それにしても…、不思議だねえ」
「ど、どうしたんですか?何か変な所でも」
思わず不安になり尋ねる。消費期限はまだ大丈夫だったはずだ。
「このパンはこんなに軽い口当たりなのに….、何だろうねえ、持ってみると見た目より重い感じがするんだよ」
え、重い?なんだ…?もしかするとジャムの部分の事だろうか。確かにそれなら比重は違う。
「あ、中にジャムが入っているんです」
「ジャ、ジャムだって!?」
マオンさんが先程より大きく二口目を齧る。そして雷にでも撃たれたかのように体をぶるっと震わせる。続け様に三口目、今度は二口目よりもゆっくりと咀嚼する。味をゆっくりと確認し堪能するかのように…。
「甘〜い、甘いよお…。このパンは神様に祝福されてるとでも言うのかい?柔らかいだけじゃない、噛めば麦の香りが鼻に抜ける、水もいらない!」
恍惚とした表情でマオンさんがパンの感想を述べる。
「そして、これが…本物のジャムなんだね。エルフの里にでも行かないと手に入らないと言う…」
「そ、そんなにも珍しいものなんですか?それに『本物のジャム』っていうのは…、一体?」
「ああ…、ああ…。すごい本物のジャムだよお…。ジャムはエルフの里で少量しか作られないまさに秘伝といったモンなんだよう。『エルフのジャム』と言って本当に珍しいものなんだ。それに見ておくれよ、このジャムの美しさを!赤みを差した赤ん坊の頬のような色だよ?普通ジャムはもう少しくすんだ色になる!いや、そんなくすんだ色のジャムだって金貨が飛び交うような相当な上物さね!」
興奮しているのか一気にまくし立てる。そして水泳の息継ぎのように強く息を吸い込む。
「儂らがたまに口に出来るジャム…いや、本当は『ジャムもどき』だね、混ぜ物たっぷりの…。だってジャムを作るには果物がたくさん必要だよ。でも、果物は本当に少ないんだ。だから、色々な混ぜ物をして嵩を増してさ…、その混ぜ物だって高いんだ。だって少しでも甘味を含む物を集めるようとするんだからね」
「甘味を集める…、って言うのは?」
「例えば、甘草や甘蔓の根っこ、夏が近づけば鮮紅花の花でも良いね、あれを鍋で煮詰めて甘さを煮出すのさ。だけど、甘みだけが出る訳じゃない、苦味やエグみも出てしまう。だけどいくらアク取りを丁寧にしたって言ってもさ、苦味やエグみを半分も取り除けるようなものじゃない…。だけどそんな甘みだってなかなかに高い物なんだよ」
マオンさんは大事そうにパンを両手で持って口に運ぶ。
「このジャムはわずかなエグみも苦味もない。それに甘みだけじゃない、口をくすぐる酸味も…。飲み込んだ後に残るジャムの風味と言ったら…いつまでも消えて欲しくない余韻のようで…」
なんだかマオンさん凄い。グルメ漫画に出てくるような感想コメントと、食べ物に関する逸話とかを織り交ぜてくる。
そんな美味しそうにジャムパンを食べるマオンさんを見ながら、僕は少しでも元気になってくれたらと思うのだった。
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