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第82話 いちごジャム(後編)。エルフの服

 夏の夜のコンビニに行くとたまにバチっ、バチっと音がする。店の外にある青紫の蛍光灯…いわゆる誘蛾灯、触れれば焼け焦げる運命でも吸い寄せられる魔性の灯り。その吸い寄せられる灯りに集まる虫の群れのように近づいてくる一同、吸い寄せているのはいちごジャム。そしてこうしている今もじりっじりっと包囲の輪は狭まってきている。


 それにしてもやはり…、甘い物というのは貴重なんだろうな…。町の人が食べているのを見た事が無いし、茶菓子なんていうのは貴族でもなきゃ口に出来ないと言うし…。江戸時代の日本でも砂糖が採れる場所は限られていた。


 まして、冷蔵しながらの輸送などほぼ出来ないこの世界。生物(なまもの)…、魚や肉の輸送はとても出来ない。塩漬けや干物にして初めて腐らせずに輸送出来た。水果(フルーツ)もまた同様で、苦味などが混じった日本で言えば渋柿のようなものであろうか。



「ゲンタさぁん、私達も少し食べてみたいですぅ」

「バ、バカ!フェミお前!エルフのジャムならこの一瓶で金貨が何枚も飛んで行っちまうだろうが!」

「でも、マニィちゃんだって食べてみたいでしょお?」

「そ、そりゃそうだけどよ…」


 フェミさんとマニィさんがそんなやりとりをしている。無言ではあるがシルフィさんも同じ気持ちのようだ。右手側のエルフの皆さんも同じように期待が好奇心か、あるいは食欲か…何にせよ関心は僕の手に持ついちごジャムの瓶に集まっている。


 じゃあ今日はこの辺で…、そんな事を言ってジャムをリュックにしまって席を立ちでもしようものなら暴動さえ起きそうな雰囲気。一瞬で冒険者ギルド内が腹を空かせた猛獣が(うごめ)く世紀末ヒャッハーな(おり)の中に変わってしまうのではないか…、そんな考えが頭の中をよぎった。うーむ、仕方ない。


「瓶に残っている分しかないんで一人一匙くらいの量になるけど、それで良ければ…」


 みんなが一斉に首肯(うなず)く。マオンさんの分も含めてバーベキューとかでよく使う紙の皿にジャムを盛っていく。『より香りが強いですね』シルフィさんがジャムの香りを、『凄くツヤツヤしてますぅ』フェミさんが見た目からの感想を漏らす。


「こ、これは…!」


 エルフの男性の第一声、目を見開き驚きを隠せない。あれはエルフには珍しい強い酒も好むキルリさんだ。他のエルフのみなさんも同じような反応だ。


「ジャムパンの『乙女のジャム』も素晴らしいのですが…、こうしてみるとよく分かります。あれほどの鮮烈なジャムをさらに…」


「いくらパンの生地で(くる)んであるとは言えもう一度熱を加えて焼き上げる訳ですから、その風味が多少は損なわれてしまいます」


「そ、そうか!言わばこれは生のジャムとも言えるもの!いちごという一つの素材から作った鮮烈な風味を特徴とするジャムならばこそ…」


「パンを焼くという必要不可欠な手順により、確かにパンと一体化した美味さが馴染む利点と…」


「パンにその風味を馴染ませる為に、ジャムからは風味がわずかだが失われる惜しむべき点があった…、という訳ね…」


 エルフの五人がそんな感想を述べた。まるでグルメマンガの批評コメントのシーンのように流れるように展開された。


 一方のフェミさんやマニィさんは笑顔、これもまた雄弁な感想だ。また、マオンさんやシルフィさんは、


「トロッとしてより滑らかだね。みずみずしいってこういう事を言うのかね」


「ジャムパンのジャムと比べて、いちごの形が残っています。歯触りもより楽しめますね』


 確かに。ジャムパンの中のジャムはペースト状というかゼル状といった感じだ。このいちごジャムは所々に煮崩れたぐらいの形が残ったいちごが見られる。その食感を楽しめる点を言っているのだろう。

 いずれにせよ全員が美味しい、特にエルフ族の人には殊の外喜んでもらえたようだ。そんな時、


「ゲンタさん、ジャムがまだ手に入るようなら分けていただけませんか?


 シルフィさんの弟妹(きょうだい)パーティ、五人のリーダー格であるセフィラさんが声をかけてきた。彼女は五人の中では最も歳上なんだそうだ。

 一瞬、他の人たちは何事かと驚いていたが、すぐに次の言葉を待つ。


「実は私達は明日から数日ほど町を離れる予定です。そうなるとその間はゲンタさんのパンを食べることが出来ません。ですが…、このジャムがあればその数日の間の食事も楽しいものとなるでしょう。いかがでしょう、私達に譲っていただけないでしょうか。もちろん、必要であればギルドを通じての依頼という事にします。いかがでしょう、もしお望みであればエルフの服を一着ご用意いたしましょう。どうでしょうか?」


…ざわ。ざわざわ。


「…エ、エルフの服だって…」


 驚いたのだろうか、マニィさんの声がかすれている。


「エ…、エルフの服…」


 僕は思わず呟いていた。



 僕がセフィラさんの申し出にどう応じるのか、みんなが注目している。


「エ…、エルフの服…」


 僕はもう一度呟く。


「…って、何?」


 拍子抜けしたのか、カクンとみんなの力が抜ける。


「すいません、あまり世の中に詳しくないもので…」


「旦那ァ、オレは時々旦那という人が分からなくなるよ。色んな事知ってるかと思ったら、子供でも知ってる事を知らなかったり…」


「魔力が無いって言ってるのに、精霊さんがこんなについてきたりぃ…」


 マニィさんとフェミさんが僕への見解を述べている。


「ゲンタ。エルフの服っていうのはね、服にエルフの魔法を練り込んだものなんだよ。着た人の身が軽くなって動きが俊敏になるなんて言うね」


「エルフにとっては服と弓、そして魔術師を志す者ならば杖というのは樹木のように成長していくものなのです」


 マオンさんの説明の後、シルフィさんが続けた。


「生まれた時に与えられる産着、それを元にしてエルフの服は作られます。成長し体が大きくなっていく過程で服を加工し直していくのです。魔法を用い様々な付与(エンチャント)を行い、さらに精霊の加護を宿した服です。長く使い、使用者が魔力を練り込んでいく事でより付与が重なり効果が増していくのです」


「我々の使う弓や杖も同じで子供の頃には子供の、大人となれば大人に適した大きさになっていきます。エルフは森と共にある種族、その木を削り生み出した弓や杖もまた共に生き、歩んでいくのです」


 持っていた弓を掲げセフィラさんが後を受けて説明してくれた。身が軽くなって、動きが俊敏に…か。まるで某有名RPGに登場する敵の攻撃から身をかわしやすくなる服があったっけ…。シリーズ二作目から登場する防具で初登場作ではキャラによっては最終決戦時の装備候補でもあるのだが…。でも、待てよ…。そういった服なら…。


「セフィラさん。その服、出来れば二着…。いえ、まずは一着、僕の分でなくても作っていただく事はできますか?」


「それは構いませんが…、どなたの分を?」


「マオンさんにお願いします」


(わし)に…、かい?」


 僕は首肯(うなず)く。


「おかげさまで僕たちのパンは毎日150個以上も売れるようになりました。それを毎朝、僕たちは運んで来る訳ですが一つ二つなら軽いパンもこれだけの数になれば嵩張(かさば)りもしますし、重くもなります」


 右隣に座るマオンさんの手を握る。物を運ぶ、現代人の感覚で言えば乗り物で運んだり小包にして送ったりとあまり疲れるイメージはない。しかし、人の手で運ぶとなれば大変になる。

 ましてやこの異世界、物を運ぶのは馬か荷車か、あるいは人の手しかない。マオンさんにも手伝ってもらっているが疲れもするだろう。


「ですから、まずマオンさんに一着お願いできませんか?もちろん、二着目の時にもジャムをお渡しします」


 むむむ…。セフィラさんが少し考えている。いや、セフィラさんだけではない。他の四人も同じような感じだ。『光は私が…」『なら氷と魔力は私で…』『縫製は魔法の糸を…』何やらセフィラさんに小声で伝えながら。


「ゲンタさんは…、このジャムをいつならご用意できますか?」


「えっと…、明日の朝でよろしければ…」


「ッ!やりましょう!森の民の名にかけて!」


 がしっ!セフィラさんとの熱い握手。そして、他の四人のエルフとも次々と握手を交わした。『では、ただちに!御姉様、今日はこれで…』言うやいなやエルフの一行は足早にギルドから立ち去っていく。


「し、信じられねえぜ…、明日までにこのジャムを二つもだなんて…」

「金貨何枚分なんだろう…、エルフの服だって高い物ですけど…」


 マニィさんとフェミさんが何やら話している。


「良いのかい…、ゲンタ。エルフの服だなんて、場合によっちゃ金貨が十枚は軽く飛んでいくんだよ…」


 マオンさんが心配そうに聞いて来る。確かに、金貨十枚って事は百万円だもんなあ…。


「確かに売値はそうですが、エルフはそこまでの手間賃を取る訳ではないので…」


 シルフィさんが深く心配をかけまいとしてくれたのか、フォローを入れてくれた。うーむ、しかし半額としても二着でやっぱり百万円だ。このジャムの瓶詰め二個ではさすがに申し訳ない。どうするか…、少し考えよう。

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