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第80話 宴の終わりに。火と水と。

 現れた二人の精霊、火精霊(イグニスタス)水精霊(アクエリアル)。僕は彼女たちに名前を提案した。


 火精霊には『ホムラ』、炎という字の読み方の一つから名付けた。これは結構スムーズに思いついた。


 水精霊には『セラ』、これは何か水にまつわる名前はないかと考えた時に色々な単語を思い浮かべたが、中々女の子の名前っぽいものが無かった。碧流(へきる)とか考えてはみたのだけれど…そもそも碧じゃ『みどり』って意味だし水精霊の色とはちょっと違う。それに色んな方面からお叱りを受けそうな気がしたのでやめた。

 そこで浮かんだのはせせらぎという言葉だった。流れる水、なんとなくイメージが湧いた。そこから『セラ』という名前を思いつき名付ける事にした。


 二人に名前を提案してみると、喜んで受け入れてくれた。ちなみにここで気に入らないような名前だと精霊は姿を消してしまうらしいから受け入れてくれてホッとした。


 さてその新加入したホムラとセラだが、あっと言う間に受け入れられていた。


「ほう…。その揉みダレで焼いた肉を食べる寸前にもう一度炙(あぶ)るのか?」


 見ればホムラは料理店で客に提供する寸前にガスバーナーで炙る料理のように仕上げをしていた。


「むおおォォッ!外はカリッ、中はとろけるようだべっ!これは鉄板で焼くより、直接火で炙った分だけよりハッキリと感じられるだぁ!」


「是非、ワシにもやってくれ!!」


 ホムラはドワーフの皆さんと肉を美味しそうに香辛料多めで食べていた。一方のセラはといえば…


「おおっ!こいつは良い飲みっぷりだぜ!」


「この精霊、随分と()ける(クチ)じゃわい!」


 やんややんや、ナジナさんや雑貨屋のお爺さんが盛り上がっている。セラの手にはゴントンさんがその辺にあった木片でチャチャッと作った真新しいコップを持っている。もちろん、彼女のサイズに合わせた物だ。

 しかし、人間のサイズ感で例えれば大ジョッキくらいの物。そこになにも割らずに焼酎をストレートで飲んでるんだから、かなりの酒豪と言えるだろう。


「そう言やよう…、爺さん。頼みがあるんだよ」


「このバカチン!爺さんじゃねえよ。…まあ、でも言ってみな?」


「あの巨大猪の毛皮(カワ)なんだがよう、俺の取り分を加工しちゃくんねえか」


「ホウ、それをどうする?」


「敷き物にしてくれ。床に敷いても良し、寝床に敷いても良いようにさ」


「構わんが…。それをどうする?」


「マオンの婆さんにやってくれ」


「こいつめ!その話を切り出す為に誘いやがったな!」


「ああ、気付くの遅いぜ。だがよ…」


 フッ…とナジナが笑う。


「良い酒が飲めたろう?」



 そんなこんなで酒宴はつつがなく終わりを迎える。たくさんいた精霊も食事を終え、僕と共にいてくれるサクヤたち四人の精霊を除いて自分たちの生活の場に帰還していった。


 今回もクッキーをお土産にした。さすがに包む袋をこの人数分は用意出来なかったので、いつもパンを販売する時に使う包装紙…肉まんを包む紙の包み紙に入れて渡した。


「前のものと違う形ですぅ」


 まだ少し酔いが回っているフェミさんがニコニコして言う。


「今回のは堅果(ナッツ)を小さく砕いた物を練り込んだ焼菓子(クッキー)です」


「何か表面がキラキラしているな」


 フェミさんを支えながらマニィさんが言う。

 四角いクッキーの表面にはグラニュー糖、それがサクヤたち光の精霊の明かりによってキラキラと輝く。


「ああ、それは砂糖ですね」


「砂糖ッ!?」


 ここにいる何人もから食い気味の反応(リアクション)があった。


「この砂糖は甘さを加えるのと、表面でキラキラさせて見栄えを良くすると言う感じですかね」


「し。信じられねえ…。あの白い塩と言い…。より手に入らないと言われる砂糖だなんて…」


 そうか…、初めてジャムパンをこの町に持ち込んだ時に聞いたっけ。甘味というのはとても貴重だと。甘味を含むという草の根っこや(つる)を煮出してやっと手に入るって…。

 しかもそのやっと手に入った甘味でさえエグみやアクというか、そういうものも混じってのものらしい。手間暇かけて作られるのだからそりゃあ値段も高くなる。希少となればなおさらだ。

 さらに上級国民というか、上流階級が使う甘味ともなればよりすぐりの品質というか、甘味をさらに精製しアクやエグみを取り除いたものを使っているらしい。それとて限界はあるとは思うが…。


 そんな砂糖を使ったクッキーであるが、マオンさんも含め全員に行き渡った。五枚程余りが出ている。


「ん、じゃあアリスちゃん、食べてみて。それで感想をみなさんに教えてくれるかな?」


 前回のように余った分は試食をしてもらう事にした。まあ、やはりというか一番年少であるアリスちゃんに食べてもらうのが一番カドも立たないだろうし…そう思ってクッキーを一枚手渡してアリスちゃんにお願いした。嬉しそうにアリスちゃんは受け取り、


「ありがとう…。私…だから?」


 上目遣いで聞いてくる。うん、アリスちゃん一番の年少(としした)だからなぁ。他の人が食べてたらうらやましいだろうし…。


「うん、アリスちゃんだからだよ」


 そう言うとアリスちゃんは『うん』と嬉しそうにクッキーを食べ始めた。


「また一人、旦那口説いちまったよ…」

「ゲンタさんは意外に女たらしさんなんですねぇ」


 何やらマニィさんとフェミさんが言っているが気にしない事にする。アリスちゃんはクッキーを食べ終え『甘くて美味しい』と笑顔で言った。


「へっへっへ。じゃあ次は俺が…。今日はあと四枚もあるから大丈夫だろ」


 ナジナさんが期待に満ちた目で残るクッキーが置いてあるテーブルを見たが、たちまちその目が驚愕に見開かれる。そこには…、


『むしゃむしゃむしゃ…』


 四枚のクッキーをそれぞれ美味しそうに食べる四人の精霊。


「こんのクソガキャー!!」


 こうして宴会はお開きになったのだった。



 帰途につく皆さんを見送ってマオンさんやガントンさんたちと敷地内に戻った。


「それにしても色々な事があった一日だったの…」


「んだ。昼は巨大猪を狩猟()って、夜はこっだら凄い宴会サしてよう…」


 何やら感慨深げにガントンさんとゴントンさんが話している。


「拙者たちは塩を売る為の機巧(からくり)を作れましたしネェ…」


「だかの、坊や。今日一番驚いた事は…二人の精霊の事じゃ」


 今日…って事は。


「ホムラと、セラ…ですか?」


 ガントンさんが深く首肯(うなず)く。


「鍛治には火と水が不可欠じゃ。鉄を()かすにも、焼きを入れるにもな」


「確かに…」


「ゆえに火と水の精霊が近くにいるというのは、鍛治師にしてみればありがたい事じゃ。鍛治を精霊が見守ってくれるようなものじゃ」


 日本の鍛治場にも神棚を祀ってたりするもんな…。


「良い物が出来るぞ、坊や。鉄だけではない、家も(かまど)もな」


 ガントンさんが力強く言った。

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