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第751話 侯爵家、戻った影(第三者視視点)


 ペドフィリー侯爵家はミーンから見て西方さいほうに位置している。領地は広く、東西南北どこに向かうにも必ず通る交通の要衝。統治にも物流に関して重要な地である事から大変豊かであった。


 ミーン近郊でゲンタがスナイに命を狙われてから数日が経っていた。ペドフィリー侯爵領のほぼ中央、東西南北に伸びる街道が交差するそばにあるドウサール高地。その上には街道が交わった所を中心に広がる城下町を見下ろす位置に政庁であり本拠でもあるバウアー城があった。


 バウアー城は難攻不落と評される大きな城である。城壁は幾重にも連なり防衛の拠点となる尖塔なども各所に配置されている。詰めている将兵の数も多く鉄壁の構えだ。そしてその城の最奥、立ち入る事が可能な者も限られた一室には数人の男たちがいた。上座に座るのは父である先代侯爵コーインの太った体格とは似ても似つかない背も小さく痩せ過ぎなくらいの細身の男、現当主であるオーシ・ペドフィリー侯爵である。


 そしてその周囲を腹心たちがかためている。身なりも良い、それもそのはずだ。こけにいる腹心たちは上級騎士爵以外にも男爵や子爵もいる。他にも家臣はいるがここにいる顔ぶれが実質的に侯爵領を取り仕切っていた。


 そしてもう一人、入り口に近い下座にはミーンに赴いていた馭者の男がいた。石の床に片膝どころか両膝をつき両手までも床についている。 


 少なくとも騎士爵以上の身分があれば侯爵に対して片膝をつくだけで儀礼としては十分だ。それを両膝を…、さらには両手まで床につくのであればそれ以下の身分であるであるのが分かる。ちなみに生きて戻っていればスナイもまた同じ姿勢を取っていただろう、侯爵の血を引いた実の娘ではあったが侯爵家の中ではその程度の扱いであった。


「もどったきゃァ…」


 居合わせる面々の中でまず口を開いたのはオーシ・ペドフィリー侯爵であった。何本か前歯が欠けた歯並びは話す言葉もどこか空気が抜けていて異質な雰囲気を醸し出している。


「話すんだぎゃ」


 短く侯爵が命じた、すると馭者の男は完結にミーンの町を訪れ翌日には先代侯爵コーイン・ペドフィリーを仕留めた事を報告した。するとオーシ・ペドフィリー侯爵は実の父の死を報告されたのにニンマリと笑みを浮かべるとまたもや奇怪な声を上げた。


「くけけっ!…そうきゃァ、死んだきゃァ!」


 奇怪な声を上げてニヤニヤと笑うオーシ・ペドフィリー侯爵、とても大貴族がするような堂々たる話し方ではない。どこか捻じ曲がった卑屈にすら聞こえる笑い方、そして話し方であった。


「せっかく当主になったァ言うてもやっちょる事は馬鹿親父の尻拭いばぁっかり、それでもなんか掴めるモンでもありゃァ我慢もできよーてよォ?なァーも無いだちゃ勘弁してちょーよ」


 地元の人間でもなければ分からないような言葉のオンパレードだが、要は自分は現在の当主だが父親のやらかしのフォローばかりになってしまっているのを嘆いているようだ。


「そんでェ…、死体はそのまんま野山にほっぽってきたんかァ…。そりゃァ良い、金もかからんしネズミや狼の腹の中があのクソたわけの墓にしたのは重畳だでよ」


 問題ある人物だがコーイン・ペドフィリーは実の父、それを始末した事を聞いてもオーシ・ペドフィリーは悲しむ素振りを一切見せない。むしろ手を叩いて喜んでいるぐらいだ。オーシは生まれた時から親から離され傅役に育てられた為に父と会う事もロクになかった為に肉親への情は薄かった、


 それこそ実父の首が目の前で落とされても涙の一粒も流さないだろう。仮に侯爵家を守る為に肉親を切り捨てねばならぬ時が来たならばオーシは眉ひとつ動かさず差し出す、当主として非情な決断をしなければならない時に迷わず断を下せるのがこのオーシの強みであった。


『くききっ!子爵家にやられるようなクソたわけに踏ませてやる土はねえでよ…。それにナメたコトしてくれたナタダのトコにゃあよ、ちょっと暴れさせる奴も送っといたぎゃァ…」


 一見するとどこか下卑ていて大した才もないように思えるオーシだが仮にも侯爵家の当主、ただの間抜けではない。周囲を固める者に知恵者がいるのも事実だが本人もまた陰湿な策を巡らすのを好む謀略家の面もある。そしてそんなオーシが目の前で平伏している男に問いかけた。


「そんで…だァよ、もう一個の方はどうなったんだぎゃァ…?身の程知らずの商人って奴…。お前、首ィ…、取ってきたんだぎゃ?どこだでよ?」


「は…、首はこれから落とそうかと存じます…」


 馭者の男がそう応じるとオーシ・ペドフィリー侯爵は豪華な宝飾が施された椅子からパッと飛び上がる。


「これから…?そうかそうか…、ほおお〜〜!!もしや生きたまま捕らえてきたんだぎゃ?く…、くきききっ!!それはようした、ようやった!!褒めてやるでよ!こんな機会は滅多にないぎゃァ….、それなら生きたまま…、ジワジワと首を落としてやるぎゃァ…。その後で気が済むまで蹴飛ばして…。最後にゃァよ、野良犬にでも食わせてやるぎゃあ」


 なんとも残忍な話であった、そんな侯爵の発言に周りの者はたしなめるどころか同調を始めた。こんな侯爵の近くにいるだけに彼らの頭の中身もまた侯爵と似たようなものであった。


「首を落とした後の残った体はどうなさる?」


「知らん知らん、其方らの好きにして良いんだぎゃ」


「ならば、それがしに。最近、騎兵槍ランスを新調しましてな」


「いや、最近我が軍ではより殺傷力を与えるやじりをいくつか研究しております。その威力の比較をなされては…」


「くははっ!よいよい、其方らで好きにするがいいぎゃァ」


 侯爵たちは笑いながら話していたがその間も馭者の男は平伏し続けていた。


「そういやあよ、あの女はどうした。死んだか?話せ」


 平伏している男に侯爵は尋ねた。あの女…、ゲンタを狙い敗北したスナイの事である。


「はっ。今回の主命を果たす際に…」


 男が最後まで言う前に侯爵が口を挟んだ。


「もうしばらく使えるかと思うとったんによ、まあええわ。代わりなんざいるんだでよ。よし、お前。首に取りに行くだでよ。どこにあるぎゃァ?」


「はっ…、それは…」


 平伏している男が顔を上げた。侯爵が許可をしていないのに顔は明らかに不敬である。侯爵はその行動に虚をつかれた、反応が遅れる。


「ここに」


 馭者の男の手が素早く動いていた。

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