第738話 エピローグ 僕たちの結婚式に向けて
それからあっと言う間に日々は過ぎた。僕は今、銀閣を模した新居の縁側に腰掛けて午後の穏やかな空を眺めている。
結婚の準備を進める、僕たちには日々の仕事の他に結婚式の準備が加わった。ミーンの町での市民権を得て結婚の届け出も済んだ、しかし実際に結婚する日については空欄にしてもらった。遠方より来たる招待客の皆さんに『本日、入籍いたしました』と披露宴で発表する為である。
日々の暮らしで何が変わったのかと問われれば、大きな変化は無い。今までしていた仕事に少しずつ結婚の準備が加わったくらいだ。その変化は大きく激しいものではなく、いつもの毎日にほんの少し何かを加えたようなぐらいのもの…。それでも一ヶ月なんて気づかないうちに過ぎてしまっていた。
それでもまだ結婚式や披露宴はこれからの話だ。なぜなら結婚式や披露宴に人を招くにしてもそれには時間がかかるから。なんせ自動車や電車なんてない異世界だ、このミーンの町に住んでいる人なら集まりやすいが他の地域に住んでいる人は歩いて来るなり馬車などを使ったりと時間がかかるのだ。手紙を出したり、シルフィさんに風の精霊の力を借りて遠方の人々とやりとりをする。日本でなら電話やメールですぐに完了する連絡が異世界ではなかなかに時間がかかるのだ。
それ以外にも僕はともかくシルフィさんたちにもドレスやアクセサリーの準備が必要だ。ドレスはピースギーさんたちの手縫いであり、アクセサリーもまたガントンさんたちによる手作りである。皆さん、僕たちの為に持てる技術を全て注ぎ込むと張り切っている、しかしなんにせよ機械化された生産体勢ではない為に時間を必要とする。
「へへっ。今日さぁ、ドレスの試着に行ってきたんだよ。…なんかさ、品の良いドレスなんてオレらしくねーんだけど…なんか嬉しいモンだな」
少し照れながら隣に座るマニィさんが今日の出来事を教えてくれた。特に寄り添う訳じゃないけど時折僕にボディタッチを入れながら話すようになった。
シルフィさんとフェミさんのドレスもおおむね完成している。あとは細かい調整をすれば実際の式で着るに相応しいものになる。そんな準備の日々を過ごしていると僕の中で結婚するんだな…という実感が湧いてくる。それでも毎日このミーンで商売の日々を送っている。
日本に戻って仕入れに行ったりネット通販などで届いた品物を異世界に持ち込み販売する。反対に異世界産の鞣した毛皮や皮革を日本に持って帰りそれをこれまたネット通販で売る事もある。これらの毛皮や皮革は企業ではなく個人相手の販売だ。この毛皮や皮革を使って身につける物やバッグなどを手作りするらしい。
そんな自分の販売した毛皮や皮革を使って物作りをしたと思われる人が管理するサイトを見てみるとつくづく凄いと感じさせられる。なんと皮革を使っていわゆる西洋の革鎧を完成させていたのだ。つくづく物作りの熱意や才能を持つ人々の凄さを感じてしまう。そこに風精霊のキリがビュンと飛んできて声をかけてくる。
「ちょ、ちょっとアンタ!!魔力を感じるわ!!ア、アレが帰ってくるわよ!!」
キリが言うやいなや新居から見て南側、リョマウさんやゴクキョウさんの出身地てある南方のトサッポン産の溶岩のかけらを敷き詰めた所に強い光が集まっていく。
どかあーんっ!!
大きな爆発音がしたが今回はキリが事前に教えてくれたおかげで大きな音にも驚かずに済んだ。そこには凄腕の魔術師フィロスさん(十七歳?)がテレポートの魔法を使って旅先から戻ってきていた。
「トザイーシンブの里に行ってきたわ!あの日取りでミーンに来れるって言ってたわ!!トミー副部族長なんて乗り気も乗り気、自分の事みたいにはしゃいでたわ!よっぽどゲンタさんが開く宴会が楽しみなのね!」
各所への連絡、そこにはフィロスさんも加わっていた。秘奥義とも言えるテレポートの魔法を惜しげもなく使う。一日でも早く僕の結婚を通じて集まる人々に会いたいのだろう。
そこには色々な希望があった。これからの日々を考えると自然と笑みが浮かんでくる。照れながら隣に座るマニィさんと顔を見合わせたらなんだか幸せが溢れてくる。
「ぐ、ぐふふ…。私も…恋人ができたり…ぐへへ…」
なにやら少し邪な感じもするがフィロスさんも微笑み浮かべている。だけど、そこでは誰もが幸せな笑顔をしていた。