第734話 黒き大魔王(5) 闇のウェディングドレス
「ま、まずい!せっかくの肉体強化の術が打ち消された…」
シルフィさんが光精霊の力を借りて発動した魔法が解除されてしまった。
「ま、まさかこれが…かの有名な凍てつくナントカってヤツなのか!?」
某有名国民的RPG三作目のラスボスが最初に使ったと言われる全ての補助魔法効果を打ち消す技…、まさか実際に眼にする事になるなんて…。
「な、ならばせめて…!来たれ、風の戒め!!」
シルフィさんが新たな魔法を放つ。それは緑色の渦となりフィロスさんに巻きついていく。
「この風の渦は言わば体に巻き付く向かい風。姉様、貴女のあらゆる動作を妨げる!」
「そ、そうか!?これは逆風の中で走るとタイムが遅くなる…、そんな感じなんだ!」
シルフィさんの説明に僕は自分なりの解釈をする。こちらの肉体強化が打ち消されてしまうなら…、せめてフィロスさんが強化している部分を弱体化させる事を狙ったのだろう。パワーやスピードを強化しているならそれを弱めてしまおうと…、いわゆるデバフというやつだ。
その緑色をした風の渦がフィロスさんの体を絡めとるかと思われた瞬間、パリンと薄いガラスが割れた時のような音がしたかと思うとシルフィさんが放った魔法が消滅していった。
「な、なぜ!?姉様の体に触れた瞬間に消えた…?ま、まさか…、あのドレス…。あのドレス、まさかっ…」
「どうしたんです!?フィロスさんが着ているドレスがどうかしたんですか!?」
よく分からないまま、僕はシルフィさんに尋ねる。
「思い出してみて下さい。あのフィロス姉様が着るウェディングドレスは過去二回、私の最強の魔法のひとつを受けてなお姉様を無傷たらしめました」
「た、たしかに…」
思い出してみれば吹っ飛ばされて世界一周するような衝撃を受けてなおフィロスさんは無傷だった…。一回目は頭から被るベールだけで、二回目はウェディングドレスを着たから助かっていた。多少、フィロスさんはヨレヨレにはなっていたけれど…。
「それを今はベールもドレスも…、両方身につけている…」
「その通りです…。あの花嫁が着るドレス…、あれには幾重にもフィロス姉様の付与魔術が施されている…」
「あ…」
そうだ、なんでこんな事に気づかなかったんだろう。ウェディングドレスなんて薄着も薄着、肩とかスケスケなぐらいの薄絹だったりするもんだ。それが世界一周回ってくるぐらいの衝撃を受けたのにフィロスさんを無傷で済ませるなんてとんでもない防護魔法みたいなものが施されているのだろう。
「しかも純白だったウェディングドレスが…、今は漆黒に…。これはつまり、闇の力が加わっている!ただでさえ強力なあのウェディングドレスに…」
そ、それはまずい!それじゃあ無敵の鎧を着ているようなものじゃないか!ど、どうしたら…、どうしたら良い…?僕は何か良い手はないかと考えた、こういう時に力を借りたいサクヤたちは新居でお留守番してるし…。サクヤ…、光精霊…?そうだ!!
「シルフィさん!さっきシルフィさんが光精霊の力を借りて肉体強化をしたらフィロスさんはあきらかに嫌がっていました!何か光の魔法で一時的にでもあのウェディングドレスから闇の力を取り除ければ…」
「…ッ!?分かりました!閃光!!」
シルフィさんが強い光を放った!
「うっ!?」
フィロスさんの口から声が洩れた。さらにわずかだが漆黒のウェディングドレスの胸のあたりが白い色を取り戻していた。しかし、次の瞬間には…。
「あ、ああ…。また、黒く…」
白くなった部分がまた黒く戻ってしまったのを見て僕は思わず落胆してしまう。一方、シルフィさんは
「光が効果があるのは証明できた…、しかし闇が深すぎる…。これが姉様との魔力の差…」
凄腕の魔法剣士であるシルフィさん、そのシルフィさんをしてフィロスさんとは魔力の差があるという。フィロスさんは『魔法姫』の二つ名がある魔術師…。おそらくだが剣も魔法も一流のシルフィさんに対しフィロスさんは魔法の専門家…、おそらくその魔法技術が超一流なんだろう。
攻撃魔法以外にも物に魔力を込める付与魔術が使えたりと扱う魔法のジャンルも多彩だ。世界を一周するほどの衝撃をノーダメージにしてしまうウェディングドレス…、そんなとんでもない物にさらに上書きしてしまう闇の魔力…。まずはあのウェディングドレスを染めてしまった深い闇を…いや、それだけじゃない。暗黒面に堕ちてしまったフィロスさんの心に光を取り戻さなければ…。しかしいったいどうすれば…、僕がそう考えていると放たれた光に一瞬だけ怯んだフィロスさんが体勢を立て直していた。
「ううう…、光ィィ…。キラキラして…、まぶしいィィ…。あああァァ…!!嫁に行くゥ…花嫁みたいにィ…キラキラしていてェェ…。もう嫌ァ…、こんな嫁に行けない世界ィィ…、全て全て凍りついてしまえェェ…闇に閉ざされてしまえェェ…」
ブワアアァァッ…!!!
フィロスさんの身にまとう冷たく暗い魔力がより一層濃く、さらに吹き荒れる嵐のように渦巻いていく。その足元の地面が凍りつき始めた、僕たちの肌を冷たい空気が鋭く刺してくる。
「さあ、永遠の暗く冷たい世界に…、結婚なんかない氷結地獄に閉ざされるがよい!」
フィロスさんが高く掲げた手に魔力が集まっていく。
「くっ!こ、これは…!このままでは…」
シルフィさんの口から焦りの言葉が洩れる。ま、まずいぞ!どうする?このままじゃ世界が闇と氷に閉ざされてしまう!どうしたら良い、あの有名な大魔王みたいな迫力があるフィロスさんをどうしたら良いんだ…。
「た、たしかあの大魔王は…」
僕は記憶を引っ張り出す。昔、クリアした事があるRPGだ。
「まずは絶対的な防御性能を持つ防具を引き剥がして…」
あの時は闇に対抗する唯一の属性、光の力を秘めたアイテムを使っていた。多分、今もそうするべきだろう。だけどそれは魔法によるものではない。なぜなら光は魔法で生み出す事も出来るがフィロスさんの魔力は圧倒的だ、おそらく通用しないだろう。と、するとなんらかのアイテムだが…そんな都合よくある訳が…。
「あ!?ある、あるぞ!そんなアイテムが!」
僕の頭にとある考えが浮かんだ、あれなら多分通用する!しかもフィロスさんに思いっきり効果があった。逆転の一歩になれ、僕はそう願いながら前に一歩進み出たのだった。




