第731話 黒き大魔王(2) 闇と氷に閉ざされし者
「あ、あなたはッ!?」
闇の中から姿を現した人物、その姿を僕は見た事がある。
「フィロスさん…」
「ええ、私の名はフィロス…。十七歳よ…」
あ…、そこは譲らないんだ…。たしか実年齢は三百十七歳だっt…。
「十七歳よ…。それ以外の何者でもないわ」
「は、はい…」
いつものフィロスさんからは感じないようなものすごい圧を感じる。
真っ暗なウェディングドレス…、あれを僕は見た事がある。頭に被っているベールも…、あれは結婚の予定はないけどフィロスさんが用意していたもの。だけどあれは純白のドレスだったはずだ…。うん、間違いない…、色こそ違えどデザインは同じだ。あの真っ白なウェディングドレスが今は漆黒のドレスに…、そして同じく花嫁が被る白いベールも黒く染まっている。
「ね、姉様…。ベ…ベールの下の髪も…」
「あ…」
シルフィさんが呟いた言葉に僕も反応する、金髪のはずのフィロスさんの髪が今は黒く変わっている。被っている黒いベールがあった為に目立たなかったがその髪の色は間違いなく黒いものになっている。その光景を僕は見た事がある、本当に怒った時に髪の色が黒く変わった姿を…。い、いや、怒りだけじゃない。結婚できない悲しみとか絶望感に打ちひしがれた時、フィロスさんの髪の色が闇色に染まる。
「で、伝説の闇エルフ…」
その金色の髪が闇の色に染まる時、エルフは闇エルフになるという。純粋なエルフが怒りや悲しみに心を支配された時、凄まじい魔力を操る。しかし精神面が負の面…ダークサイドに堕ちている為、その言動は破壊的かつ破滅的である。それは目の前にいるフィロスさんも例外ではない、狂気に染まりつつも冷静な瞳でこちらを見ている。まるでそれは天秤の両端にあらゆる禁忌すら気にかけず最大限の破壊をもたらそうと計算する冷静さと負の感情に身を任せて子供が手当たり次第に物を掴んで投げるような危うさを秘めたような視線に僕はぶるりと身を震わせる。
「ね、姉様…」
シルフィさんが緊張した様子で話しかける。
「な、なぜ…?」
「なぜ…?」
フィロスさんがピクリとその長い耳を反応させた。
「私より…」
低い声でフィロスさんが口を開く。
「百以上も歳若いシルフィちゃんが行ってしまうと思ったら…」
「い、行くって何処へ?」
僕は思わず尋ねてしまった、これが最大の悪手だった。
「よ、よ、嫁よおォォーッ!!!」
ブワアアァァッ!!!!!
フィロスさんの体から暴力的なまでの激しい魔力が吹き出す。その黒い髪とベール、そして漆黒のドレスが激しく揺れる。そして時折、フィロスさんの周りでバチバチと稲妻のような光が弾ける。
「あ、溢れ出る魔力が…は、弾けているッ…!!」
シルフィさんが呟く。
「あ…、ああああっ!!なんでッ、なんでなんでなんでッ!!なんで結婚なんてするのよおォォッ!!みんなッ、みんなみんなみんなッ、私を置いて嫁に行っちゃうのよォォ!!結婚こそ私の喜び、嫁行ける者は素晴らしい」
「そ、それならフィロスさんッ…!今から僕たちは婚姻の届け出をするんで…」
「そ、それよォォ!!私じゃないのよおォォッ!!嫁に行くのが私じゃないのォォ!私、いつまでも嫁に行けないィィーッ!!こ…こんな…、こんな世界なら…なくなってしまえば良いっ!!いつまでも嫁に行けないこんな世界ならッ…!!さあ、私の凍れる世界を…、魔界の炎すら凍りつかせるこの冷気と闇の中で婚姻の届け出を諦めるが良い!!」
そのセリフ回しはどこか某有名国民的RPGの三作目、ラスボスの大魔王を彷彿とさせた。そしてその圧倒的な闇と氷の魔力も…。
「き…、来ます…ッ!!」
シルフィさんが警戒の声を上げた、同時に杖など一切の武器を持っていないにも関わらず凄まじい威圧感を放つ凄腕の…、二つ名持ちの魔術師かその両手を前に突き出し構えた。
それは闇色のエルフ…。
あのゲームのように言うなら…、フィロスさんが現れた。