第73話 お帰りなさい!
約一時間半ほど僕は仮眠をとった。
今は午後4時、納屋の扉を開け外に出た。夕暮れが始まる…、そんな空の色だった。
「ゲンタ氏!ゲンタ氏!これを見て下さいッ!」
「ついに出来たでやんすー!!」
納屋を出るとハカセさんとベヤン君から声がかかった。見ると庭のテーブルの上に一つの物体があった。どこからどう見てもスロットマシン。しかし、絵柄を描いたドラムなどは無い。
硬貨の投入口と塩の排出口、そしてレバーのみがあるシンプルな物であった。しかし、塩という一品目のみを扱う自動販売機だから別に飾り付けたり、多機能である必要は無い。
無駄な虚飾を省き、実用性に富んだ物であれば良い。その意味ではまさに満点の出来であった。
「これは凄い。しかも今日一日で出来てしまうなんて…」
僕は驚きをそのまま口にする。
「いや、今回は外枠も基本的な構造もゲンタ氏の発案がありましたからネェ…。そうなると、拙者たちはそれを埋めるだけの機巧を考えて作れば良いのですヨ」
「そうでやんす!」
「だから比較的楽な部類の仕事でしたヨ。そうですネェ…、例えて言えば…山の何処に鉱脈があるかが初めから分かっているようなものですネェ…。あとはどこを通ってそこまで行くか…、本来なら山一つ調査しながらですからネェ…?そのくらいの物ですヨ。非常に、非常に楽な作業ですヨ」
軽い軽いとばかりに二人は笑っている。いや、でもそれをすぐに実現させるんだからドワーフの技術は凄いなと改めて思った。
そんなやりとりをしていたら、家の敷地の前の道から『うおおおっ!』とか『凄ええええッ』と歓声のようなものが聞こえてくる。
「なんでやんすかね?」
「行ってみようよ」
ベヤン君とマオンさんのやりとりにもっともだと僕たち四人は道端に出て声のする方に首を向けた。
『何だ、ありゃあ!えらく巨大えモンが!』、『一体、何の生き物だい!?』『い、猪だ!それも山みてえにバカ巨大えヤツだ!』『あんなのを人の手で狩猟れるものなのかい?』『出来る訳無えだろ!』『い、いや、待て!あれは『大剣』だ!『双刃』もいるぞ!』『馬鹿ッ!それだけじゃねえッ!あのドワーフたち、最近町に来たっていう『剛砕』と『剛断』の兄弟じゃねえのかッ!』『ま、間違いねえッ!な、なんてこった!『二つ名』付きの凄腕がこんなにも揃うなんてッ』
野次馬たちの口々に叫ぶ声に、僕たちはナジナさんたちが帰って来た事を知る。やがてその姿がはっきり分かるくらいに近づいて来た時、とんでもない大物の狩猟に成功した事が分かった。
朝持ち出した物とは違う特大の荷車…、おそらく現地生産したのだろう。その荷車の前方に丈夫そうな太縄を二本結び付け、日本の祭で言えば山車を引くようにナジナさんとウォズマさんが肩に縄を掛けて引いている。二人とも体中が汗びっしょり。いや、二人だけではない。続く荷車の持ち手部分を力強く引くガントンさんゴントンさん兄弟も汗びっしょりだ。
彼らがそんなにまで汗だくで運んでくるのは、何やら巨大な物体。何かの動物…、野次馬の一人が先程『猪』と言っていたのが聞こえたがとんでもない!まるで大きな象のようだ。
「へへ…。そーら兄ちゃん、猪だ。ちいとばかし巨大だがよ」
「ただいま。ゲンタ君」
「おかえりなさい、皆さん!」
「ワシらもおるぞい!」
それは英雄たちの帰還だった。
□
一行が特別製の荷車で引っ張って来た物…。それはあまりにも巨大な猪。ゴントンさん特性の走行性能バツグンの荷車でさえ、引っ張るたびにギシギシと音を立てて軋む。もう少し、もう少しでマオンさん宅の敷地に運び込める。
「オラッ!最後だ!気合入れろや、コラ!」
「根性見せろや、クソがっ!」
「ンだと、コラ!」
「ッだよ、コラ!」
よく見ると荷車の後方には、ナジナさんやウォズマさんを『兄貴』と慕うツッパリ風の四人の若者達もいた。そんな彼らは荷車を押して、文字通り輸送の『後押し』をしている。そんなこんなで悪戦苦闘し敷地内に猪を運び込むと、一行は汗だくのまま大地に体を投げ出し、荒い息をしている。
「ほらほら、汗かいたまま寝転んでたら風邪ひいちまうよ。息が整った人から裏の井戸で汗を流しておいで!今日は暖かいから日の暮れ前なら水浴びができそうだよ」
「あっ、皆さん。これ石鹸です。それと拭布はコレを使って下さい!」
そう言って僕は石鹸とタオルを納屋から持ってきた。タオルは幸いな事にたくさんある。僕の地元の『〇〇工務店』とか『□□モータース』とか店名や会社名が入っている。年明けとかの挨拶回りの時に置いていってくれるものだ。
そして石鹸は天然成分のみの…、ヨーロッパかどこかの物を買った。化学成分入りだと自然破壊をしてしまうかも知れない。そう思った僕は自然由来の原料だけを使った物を選んだ。
日本の有名メーカーの石鹸のように綺麗に整型してある訳ではないそれは、一つ一つがそれぞれ違う形をしている。だからと言って丸と三角ぐらい違うという訳ではない。少し歪な直方体といった感じだろうか。
「うおおっ、凄えッ!汚れ落ちも良いし、何か良い花みたいな匂いもするぜえっ!お、おい、兄ちゃん、こりゃどこの王侯貴族が使うような逸品だ?」
品質に興奮したナジナさんが腰に拭布を巻いただけの格好で聞きに来た。
「ちょ、ちょっと何やってんのさ旦那!!聞きに来るなら、腰のお宝しまってから聞きにおいでよッ!」
「あっ、悪い、悪い。ついはしゃいじまってよ!そうだ、それとよ婆さん、兄ちゃん、他にも人を呼んで良いか?」
「えっ、人を?」
「ああ。こんだけの巨大猪だろう。俺たちで食い切れる訳がねえ」
「確かにそうですねえ」
「この陽気だ、保存もままならねえだろうからシルフィ嬢の力を借りて氷の精霊に凍らせてもらおうと思って頼んだんだが、あまりにも巨大過ぎるのと実はコレ以外にも大量に狩猟てな…。どうにもシルフィ嬢だけでは手に負えないらしい」
そりゃそうだよなあ…、こんな何トンもありそうなお肉を冷凍保存しようと言うのだ。他にも普通サイズの猪がたくさん狩猟れたなら過重労働というものだろう。
「そこでな、シルフィ嬢と同じ里から来たエルフたちがいたろ?」
「はい、確かシルフィさんをお姉さんと慕っていた…」
「そうよ、その五人のエルフたちの力も借りて凍らせようって話になってな」
「なるほど」
「そこでな…、働かせるだけ働かせて『ハイ、さよなら』ってのもアレだろ?だからよう、一緒にメシを食わせてやっちゃくれねえか?」
「僕は良いですけど…、マオンさんどうでしょうか?」
「儂もかまわんよ」
「そうか、恩に着るぜ!」
「と、なるとあの若い四人の子たちも一緒が良いのでは…」
「兄ちゃんならそう言ってくれると思ったぜ!あとよう、それなら雑貨屋の爺さんも呼んでやっちゃくんねえか?ちっと頼みてえ事もあってよう」
「そうなると、前回来てもらった皆さんをまた誘った方が良いかも知れませんね」
「と、なるとあとはミアリスの嬢ちゃんとウォズマん所の嫁さん子供だな。多分マニィとフェミも来たがるだろうから肉でも切るのを手伝ってもらうか…。グライトは…、まあ呼ばなくても来んだろ」
「「「「そう言う事なら俺たちがひとっ走り知らせに行ってくるっス!」」」」
ナジナさんたちを兄貴と慕う四人が名乗りを上げた。見れば既に彼らはサッパリしていて服も着ている。そう言えばさっきまで井戸の方から『うおー!』とか『石鹸、凄えーッ』とか、石鹸の感想を口々に叫ぶ若い四人の声がしていた。
「おう、お前ら行ってくれるか!じゃあ、四人だし丁度良い。手分けしてウォズマん家、ギルドの受付の嬢ちゃんたちとエルフ、ノームの爺さんがいる雑貨屋、それと雑貨屋近くの教会に行ってミアリスって言う嬢ちゃん、ここに行って狩猟れた猪肉焼いて食うから来てくれってな」
「「「「ウッス!!」」」」
そう言って彼らは走り出して行った。うーむ、速い。
「ところで旦那、いつまでその格好で仁王立ちしてるんだい?」
「あ!」
マオンさんの冷静な声が響いた。
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次回は宴会。また新たな人物あらわる?
お楽しみに!




