第727話 木々を植えない石の庭
「なんとも…、壮観じゃのう…」
「ええ…、私もそう思います」
顎髭をさすりながら呟いているのはドワーフのガントンさん、そしてそれに相槌を打っているのはシルフィさんだ。その視線の先にはふわふわと思い思いに宙を舞っていたり、仲間の精霊と遊んだりしている数多くの精霊たちがいた。
ミミさんたちと別れた僕たちは新居に戻ってきたのだがそのあまりの人数の多さにマオンさん宅の庭で材木や石材の加工準備をしていたガントンさんたちがこちらにすっ飛んできたのだった。訳を話すとあまりの事に言葉を失い、かろうじて絞り出した感想にシルフィさんも短く応じるのがやっと…そんな状況である。
「ふふ…、紅茶が美味い…」
そんな現実離れした光景の中でメセアさんだけは非常に落ち着いている。住居となった銀閣の外側に位置する細い外廊下に縁側に腰掛けるようにして紅茶を楽しんでいる。ちなみに飲んでいるのはアップルティー、シルフィさんは柑橘系の香りがするアールグレイを好むがメセアさんはアップルティーをお気に召したようだ。果実の風味を好むのは共通している。
見渡せば絵本や御伽話のような光景だが、どこか殺風景なものも感じるのもまた事実だ。それもそのはず、ここは更地にした敷地に銀閣をモチーフにして建築した家屋を建てたばかりの状況だ。庭木のひとつも植ってはいない。それが殺風景さを際立たせるのだ、周りにはメセアさんを始めとして一〇八人の精霊たちがあちこちにひしめいているのにロクに草も生えていないこの場所はなんだか滑稽にさえ思える。そこで僕はガントンさんにひとつのお願いをする事にした。
「あの…、ガントンさん…」
「ん、なんじゃい?」
「実はお願いがありまして…。ガントンさんや皆さんに庭作りもお願いしたいんですが…」
「むう…、庭作りか…」
「あ、あれ?どうしたんですか、ガントンさん。そんな難しい顔をして…?」
ガントンさんがわずかに表情を曇らせていたのが気になり尋ねてみた。するとガントンさんが応じてくれた。
「ワシらは鉄や石の加工には自信がある、建築も同じようにな。だが…、庭となるとな…。庭となると木を植えたりする必要がある、残念だがワシらはそのあたりにはとんと疎いのじゃ」
庭園を作るとなると植樹したりして風景を整える。だが、ドワーフ族は金属や石材、あるいは木材の加工なら右に出る者はいないがいわゆる庭木を植えたりして景観を整える事は不得手だと言う。
「むむむ…」
僕は思わず唸った。日本にあるアパート内の自室でプリントアウトしてきた銀閣を撮影した画像やその構造図を見ただけでガントンさんたちはこのミーンの町に同じものを建ててみせた。その技術力は確かだ、なんとかその実力を庭作りに活かしてほしいのだが…。何かないか、何か…。せっかくこの異世界に日本の建築を持ち込みそれをガントンさんたちが実現してみせてくれた。ここまで来たらなんとかガントンさんたちに庭もお願いしたいんだけど…。無いかなあ、木々を植えない庭…。
「あっ、そうだ…」
あーだこーだと考えているとひとつ頭の中に思い浮かんだものがあった。
「ガントンさん。昼に…、昼にお見せしたいものがあります。庭の話、ちょっと思いついたものがあるんです」
……………。
………、
…。
その日の夕方…。
新居の北側に新たなものが作られていた、それは京都のお寺などで見られる石庭とか枯山水と呼ばれるもの。平たく均した地面に大小の石とかさらにそれを細かく砕いて砂利にしたものを使って山とか海を表現している。そこには一本の樹木も植えられてはいない。それが新居の外廊下から降りてすぐ先から敷地と往来の境に建てられた塀まで広がっている。
「これは…、なんとも…」
作業が終わり、出来栄えを確認していたガントンさんが腕組みしながら呟いた。日本でプリントアウトしてきた枯山水の画像をいくつか見ただけでこの庭を作り上げてみせた。
「す、凄い…。初めて作ったはずなのに…。観光名所みたいな出来栄えた…」
「作ったワシも驚いておるわい。まさか木を一本も植えぬ庭園があるとはのう…。だが、これは良いのう。見ていてなにやら心が落ち着くし、それに石だけを使った庭とは…。ふふふ、面白い。面白いぞ」
ふわり…。
その出来上がった石の庭に精霊たちが集まってきた。なんとなくだが土の精霊が多い、もしかするとこの石の庭が居心地良いのかも知れない。
「そうだ…、ねえ精霊のみんな」
ひとつ思いついた事があったので僕は精霊たちに声をかけた。