第724話 ピンチ!?ゲンタコンベアー!!
「じゃーねー!!ゲンタちゃあ〜ん、太くてスゴいアレ…よろしくねェン!!」
「このコたちも楽しみにしているわ。私からもお願いね」
「は、はい」
そんなやりとりを交わしてミワキーロさんたちと別れた僕、思わず大きな息を漏らした。
「ふぅ〜…。なんとか切り抜けたかな…」
額の汗を拭いながら思わぬ商品の反響に身震いする。これからはもっと持ち込む商品についてどんな反応が起こるか考えてから持ち込んだ方が良いかも知れない、そんな事を感じながらガックリと項垂れる。そんな地面に向けて下を向いていた視線の先から急に何かが現れる、
にゅっ!!
まるでオーバーオールのヒゲのおじさんがブロックを下から叩いたら現れるキノコかツタのようだ。
「やあ」
「うわっ!?ミミさん!」
生えてきたのは二本の耳、現れたのは兎獣人族のミミさんだった。どうやら僕の足元でしゃがみこんだ姿勢から急に立ち上がって僕の視界に現れたようだ。
「お取り込み中だったから声をかけるのを少し待ってみた」
「あ、はは…。そ、そうですか…」
ミミさん、足音とか気配とか全く感じさせないで現れたぞ…。いつの間に足元にいたんだろう?それにしてもなんていうか今日は心臓に悪いな…、そんな事を考えているとミミさんはいつも通りというか平坦な…抑揚のない口調で話し始めた。
「実はゲンタ。私たち、あの振り付けを覚えた」
「あの振り付け?」
「ん、コンベアー」
「ああ〜」
ミミさんが話題に上げたのは僕がコンベアーと名付けて紹介したステージで行う振り付けのひとつだ。集団で行う振り付けでとある一人を一列に整列した他のメンバーが持ち上げてベルトコンベアーのように頭上で移動させていく技だ。例えばこれをステージの端から端まで行ったりさせる訳だ。
「ちなみにみんなも来ている」
ミミさんが指差す方を見ると確かに劇場で活躍する兎獣人族の子たちがやってくるのが見えた。
「それじゃ早速だけどゲンタ…。ヤッて…いや、やってみよう」
「今、なんで言い直したの?」
「なんでもない」
あきらかに何かをごまかすように視線をそらしたミミさん、何か違和感を感じたけどその時にはもう他の兎獣人族の子たちも集まっていたのでとりあえず追及はしない事にした。
「ゲンタさーん!」
「ひさびさー!」
すぐに黄色い声に囲まれる。
「じゃあ、ゲンタ。体をラクに…。ゲンタをコンベアーする」
「え?みなさんのうち誰かをコンベアーするんじゃなくて?」
僕が頭に?マークを浮かべていると周囲の子たちも笑顔で頷く、えっと…特に近くにいる二人はルルさんにリリさんだっけ…。
「そうだよー。アタシたち出来るようになったからさー」
「教えてくれたゲンタさんに体感してもらいたかったんだー」
「はあ、まあ…そういう事なら…」
そんな訳で僕はコンベアーをやってもらう事にする。僕の真後ろの位置にミミさんが陣取り深くしゃがみ込む、その後ろは浅くしゃがみ次は中腰の体勢。そうやって頭の高さが階段のようになっている、そして六人目以降は普通に直立した状態だ。
「準備できたよー」
「ん。じゃあ、開始。ゲンタ、後ろに倒れて」
「は、はい」
僕はゆっくりと後ろに体を傾けた。いくつかの手のひらの感触、それが僕の体を受け止めている。
「そーれ」
力を込めているのだろうけど声に抑揚が無い為にまるで力が入っていないようだ。しかし受け止められた僕の体は地面から離れた。
「お…、おおっ…!?」
肩やら腰やら背中やら、いくつもの手のひらの感触。それが新たに触れる度に体が動いている感覚がする。ふと気がつけば青空と周囲の建物が動いている、歩くよりは少し遅いくらいのスピードだ。その普段なかなか出来ない体験に思わず声が出た。
「おー!景色が動いてる!」
「へへっ、でしょー!?」
下の方から兎獣人族の子の声がする。
「うん、なんか新鮮です。あれ、みなさん何してるの?」
コンベアーで僕が仰向け状態で運ばれている横をタタタタッと走る足音がする、しかもいくつもだ。
「えー?自分のコンベアーが終わったらー」
「また列の最後尾に走るんだよー」
「ど、どういう事?」
「一回だけだとぉ〜」
「距離短いからぁ〜」
「な、なるほど…」
そっかぁ、一人一回したコンベアーをしなかったら多分だけどメンバー二十人で十メートルも移動できないだろうし。僕がそう考えている間にもコンベアーはまだまだ続く。
「わーっしょい、わーっしょい!」
「ゲーンタッ、ゲーンタッ!!」
「ね、ねえ?ちょっと…?コンベアー、長すぎない?」
なかなか終わらないコンベアーに僕はちょっと不安になってきた。
「そう?気にしない、気にしない」
「ミミさん?そうですか?」
まあ、ミミさんがそう言うなら…。
「わぁ〜っしょい、わぁ〜っしょい!」
「……………」
「あ、そこ右」
ミミさんの声。
「分かったぁ〜」
「わぁ〜っしょい、わぁ〜っしょい!」
「ね、ねえ?ミミさん?」
ててててっ、足音が近づいてくる。
「何?」
「どこかに行こうとしてる?」
「わぁ〜っしょい、わぁ〜っしょい!」
ててててっ。
「実はこの先にある…」
「わぁ〜っしょい、わぁ〜っしょい!」
ててててっ。
「多目的な宿屋に…」
「駄目でしょ!それは不倫ですよ」
「わぁ〜っしょい、わぁ〜っしょい!」
ててててっ。
「大丈夫、大丈夫。不倫はカルチャー」
「なんで靴下を履かない人が言いそうな事を言ってるんですかー」
「わぁ〜っしょい、わぁ〜っしょい!」
ててててっ。
「問題ない、それにゲンタは結婚前。セーフ、セーフ、セフセフ」
「そういう問題じゃなーい!!」
「宿屋につくよー」
「よし、ここまで来れば…」
ああっ、これは大ピンチ!僕はこうして無数の兎獣人族の皆さんに…。あれ?でも、考えてみるとそこまで悪い事でも…不謹慎な事が頭の片隅に浮かんだ…その時だった。
「させないッ!」
鋭い声、不意に僕は抱きしめられる。ふわりと広がる金髪が視界の隅に映った。ギュッと抱きしめられたかと思うと次の瞬間に感じたのは浮遊感だった。
ふわり…
そしてすぐに目に映る景色が変わる。今までは空が見えていた、だけど今は狭い路地の猥雑な町並み。足の裏に地面の感触、僕は自分の両の足で立つ。傍らにはシルフィさんの姿があった。
…助かった…のか?
「むむ…、子作りチャンスが…」
ミミさんが何やらとんでもない事をシレッと残念そうに呟いている。
「ゲンタさんの命に関わる事ではなかったのでここでは深くは追及しませんが…、何があってからでは遅い。今日から私がゲンタさんと共に暮らします!」
シルフィさんが小さなため息をつきながらも最後はキッパリと言い切った。