第723話 連載開始以来、ゲンタ最大のピンチです
「ああぁ〜んッ!!すごォいィィ!!ア、アタシ、アタシッ…どうにかなっちゃいそうよォォンッ!!」
僕は思わず声のした方に振り向いた。
「ハフッ、ハフッ!!熱いィィ、おっきぃィィッ!この姿、たまらないわァンッ!!」
そこには今日もいましたイッフォーさん、一心不乱にフォークに刺したウィンナーを頬張っている。あれ…?昨日のガールズデーの甘味に来てたよなあ。だけど今夜の男夜にも参加している。うーん…、イッフォーさんの性別はいったいなんなんだろうか…。そんな僕の思いをよそにイッフォーさんはなおもウィンナーにかぶりつく。
「キャーッ、イヤぁンッ!!こんなトロトロの白いモノが中からァンッ!!肉汁も熱いのがアタシの口の中いっぱいにほとばしっちゃってェェンッ!!」
食べるか叫ぶかどちらかにして欲しいところだがイッフォーさんの雄叫びは止まらない。いや、彼(彼女?)いわく自分の性別は『オンナ』だそうだから雄叫びというのは不適切かも知れない。だけどシルフィさんたちの声と比べたら野太いのばまぎれもない事実で…。
「ああッ!もうッ、アタシ…タマんないわァンッ!!何本でもいけちゃうゥゥッ!!ごっくんッ!!ああッ、もう食べ終わっちゃったわァンッ!!素敵ィィ、極太ォォンッ!!」
大柄なナジナさんよりも、大食漢ぞろいのドワーフの皆さんよりも圧倒的に早く一本を食べ終わってしまったイッフォーさん。極太ウィンナーが名残惜しいのか手にしたフォークをジッと見つめていたが急にハッと目を見開くとガバッと立ち上がると懐から硬貨の入った布袋を取り出しながらお代わりをしようと調理場に駆けてきた。まるで猛牛のような突進だ。
「ハイッ!カネッ、さあさあッ!ゲンタちゃあんッ、早く二本目ッ、お代わりを頂戴ィィンッ!!」
「は、はいっ!同じのが良いですか?」
僕はその迫力に押され嫌も応もなくイッフォーさんに対応した。
「ああ〜ンッ。そうねェェンッ、じゃあ香草入りのにしようかしらンッ!やっぱりアタシもオンナだからァンッ、色々と食べ比べてみたいしィンッ!キャッ、アタシったら本音ダダ漏れッ!いやァンッ、もうッ!」
体を左右にクネクネとよじりながらイッフォーさんはハーブ入りウィンナーを選んだ。…なんでオンナだと食べ比べをしたいんだろう…。そんな事を考えていたら再びイッフォーさんが目の前にいた、目を爛々(らんらん)と輝かせながら期待に満ちた目でこちらを見ている。
「ウフッ、ゲンタちゃん。今度は…そ・れ!」
そう言ってイッフォーさんは硬貨片手に次のお代わりを指定した。
「あっ、はい。このプレーンのですね。これはチーズや香草は入ってない物で…」
「聞いてたわァンッ!だから、お肉そのものを感じられちゃうと思ったのよォンッ!楽しみだわァンッ、その太ぉいお肉…。あァンッ、焦らさないで早く早くゥゥンッ!あんまり焦らすとアタシ、ゲンタちゃんを食べちゃうからァンッ!!」
「ッ!?す、すぐにッ!!」
思わずゾクリと背中に冷たいものが流れ落ちた僕はすぐに茹でたてのウィンナーを提供した。
ぱくっ!!
さっそく手渡したウィンナーにかぶりつくイッフォーさん、ケチャップやマスタードなどは何も付けない。彼女(彼!?)いわく、コレに何か付けるなんて不粋の極みなんだとか。
「ああァンッ、もうサイコーッ!!」
イッフォーさんは満面の笑みで食べている。ちなみにイッフォーさんは三種のウィンナーを二本ずつ…合計六本を平らげた後、シメと称してチーズ入りを最後に一本注文して骨までしゃぶるように食べていた。そうこうするうちに見事に完売し僕は声を絞り出す。
「完売しました。あ…、ありがとうございました…。それでは男夜…、終了いたします」
なんかもう、疲れた。大盛況だったのもあるけどこの疲労感の原因のほとんどはイッフォーさん。その対応と度々上がる嬌声にガリガリと僕の精神は削られていたのだった。
……………。
………。
…。
翌日…。
「ああァンッ、ゲンタちゃあ〜ん!」
「待ってたのよォンッ!」
僕がギルド内での朝食販売を終えて帰宅しようとすると道端で声がかかった。
「あれ?ピースギーさん、それにみなさんもお揃いで…」
見れば衣装作り等で度々お世話になるピースギーさんたちオネエ様たち、全員が勢揃いである。
「ねえねえ、聞いたわよン!イッフォーから!」
「ゲンタちゃんってばオンナをたちまち虜にしちゃうようなすんごいモノ…、持ってるんでしょ?」
「え?え?」
僕がアタフタしている間に僕を取り囲むように迫り来るオネエ様方。
「ンフッ、とぼけちゃってェ…」
「焦らさないでェ…」
人差し指を一本、ピンと立てて僕の頬やら胸元を撫で回すメラヨーシさんにカルーセさん。さらに後詰めとばかりにミカワーケンさんも続いてくる。
その妙な迫力は別の意味で目の前にライオンがいるくらいに怖い。なんて言うか気を抜いたら一瞬で食べられてしまいそうなくらいに…。
「こら!皆、はしたない。ゲンタさんが困っている。離れなさい」
「あっ、ミ…ミワキーロさん」
そこには先日、ゴクキョウさんの宿屋の開業に合わせる形でミーンでコンサートをする為にやってきたミワキーロさん。ピースギーさんたちに大姐様と呼ばれる彼女はこの中では絶対的な存在だ。元々は高齢による体力の低下で古い付き合いのあるヒョイさんが営む劇場に引退公演をする為にやってきていたのだが僕の作ったハチミツなどを使った喉の炎症を鎮めるドリンクで歌手生活の続行を決めた。そのミワキーロさんが僕に迫るオネエ様方に待ったをかけてくれていた。
「あァンッ!でもォォ…」
「アタシたちも食べたくてェ…」
「イッフォーの話を聞いたらもう…、たまンないのよォ」
しかし、ピースギーさんたちはそれでもまだ食い下がる。
「だまれ、小娘!」
「「「「は、はいィィッ!!!」」」」
ピースギーさんたちの背中がシャンと伸びる。うーん、ピースギーさんたちは小娘なんだ…、僕が妙な納得をしているとミワキーロさんはピースギーさんたちの様子を確認するとおもむろに口を開いた。
「ごめんなさいねぇ、ゲンタさん。このコたちも悪気は無いの。ただ…、ねえ?昨日の夜、イッフォーが私たちの所に来て嬉しそうに話すものだから…」
「は、はあ…」
話を総合するとどうやら昨夜の男夜で出した極太ウィンナーの話をイッフォーさんがオネエ様方に話したようだ。それを聞いてたまらなくなり朝早くなのに押しかけてきたそうだ。それを止めようとしたミワキーロさんだったが正直に言えば自分も興味がない訳ではない。そこでお目付役という訳じゃないが自分もついてきたのだと言う。
「これはもう…。話を聞く限り色々と…、私も抑えが効かなくなりそうでねえ…」
ぺろり…。
なんとミワキーロさんが思わず…といった感じ舌なめずりをする。まるで体の大きな狼が生肉を目の前にしているかのような生々しさを感じる。
「は、はひ…」
「ふふふ…、今はこのコたちを抑え込めるけど私もトシだからね。いつ抑えが効かなくなるか…いや、私もねえ…」
ぞくり…。
高齢とは言ってるけどミワキーロさんがパワフルなのはステージを見た僕が一番よく知っている。なんていうか…、この距離だと一足飛びに押さえつけられてガブリとやられそうな気さえする。そんな脳内に浮かんだ未来予想図に僕はブルリと身を震わせる。
「す、すぐ…とはいきませんがよ…用意できた時は一番にお知らせします!」
思わず僕は反射的にそう答えていた。
次回予告。
『恐怖!!ゲンタコンベアー!!』
お楽しみに。