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第720話 ふんわり、パリパリ、甘いもの。〜ガールズ・デー〜


「へへっ!今日のところは依頼の報告が終わったなら男どもはさっさと帰った、帰った!!この後は女だけの特別な時間なんだからな!」


 ミケさんの大きな声がギルド内に響く。そして女性冒険者たちがギルド内にあるテーブルや丸太椅子スツールに陣取り厨房にいる僕の方を見ている。その女性陣独特の団結力と無言の迫力は歴戦の古強者ベテランたる男性冒険者たちをも容易には近寄らせない。マスターのグライトさんもそのひとり、何が出てくるのか知りたいようで様子を見に来たが女性陣の無言の圧力にスゴスゴと引き下がっていった。


 そんな中、僕はギルドに併設された酒場の厨房にいた。厨房とは言っても客席から見えない訳ではない。洒落た言い方をすればオープンキッチン、ぶっちゃけてしまえば視線を遮るもののがない炊事場である。すでに周囲とかテーブル席には女性たちがひしめいている。


 そんな周りを女性陣にすっかり包囲された状況では翼でも無ければ脱出は不可能だろう。いや、仮に翼があったにせよ矢弾やだまや魔法が雨あられと飛んできてたちまち捕まってしまいそうな気がする。そんな女性たちが期待に満ちた目をこちらに向けている様子を見ると何やら冒険者じゃない人まで混じっている。聞き耳を立ててみると女なら甘い物にありつけると聞いて…、そんな事を言っている。どうやら最初は女性冒険者限定で甘いものを出すという事だったのだが何処かで伝達がおかしくなり女性ならOKみたいな雰囲気になっているようだ。


「だけど…。冒険者の皆さんだけです…なんて言ったら暴動でも起きそうで怖い。仕方ない、このまま始めよう…」


 僕は両手で自分の頬をパンパンと叩いて気合いを入れる、このいつ押し寄せてくるか分からない女性陣に気持ちで負けないように…、そしてひとつ大きく息を吸う。


「みなさん、お待たせいたしました。予定通り甘い物の販売を行います」


 わああああーッ!

 きゃあきゃあ!


 ギルド内のそこかしこから黄色い声、少し前までは黄色かった声、茶色くなったようや声が湧き上がる。それはここに集まった様々な職や年齢層などを表したかのようだった。


「今回!ご用意したのはおふたつ!ひとつ目は飴細工あめざいく!こうやって…」


 ざらららっ!


 ザラメ糖を小さな鍋に放り込み精霊たちの力を借りてわずかな水分を加えて加熱する。そして水気が無くなるとザラメが甘い香りを立てながら黄金色に溶け出した。焦げないうちに泡立て機に絡めテーブルの端に固定した二本の棒の間をササッと振った。するとドロリとしたザラメ糖の溶けたものが糸を引き二本の棒の間に橋を架ける。金色に輝くそれはすぐに熱を奪われ冷えて固まる。その姿は編んではいない細かい糸の交差か、あるいは芸術的な蜘蛛の糸か…、しっかり冷えた飴細工を手にして持ち上げるど軽い音をさせて棒から外れる。女性たちの視線は僕が手にした飴細工に釘付けだ。


「はい。こちらが飴細工です。どうですか、キラキラしてて綺麗でしょう?お味も甘くて美味しいですよ。さて、この味見を…はいアリスちゃん!」


 そう言って僕はずっと僕の足にしがみついていたアリスちゃんに手渡した。それというのも家を建てる為に少し町を離れている間にアリスちゃんはそれはもう不機嫌に…、そんな訳で穴埋めという感じで出来上がったものを一番にアリスちゃんに試食してもらう事にしたのだった。


 ぱくっ!!


 美形の偉丈夫ウォズマさんとこれまた美人のナタリアさんの血をこれでもかというくらいに受け継いでいるアリスちゃん、日本でならお菓子のイメージキャラクターに抜擢されてもおかしくない可愛い少女だ。その彼女が満面の笑みで美味しい美味しいを連呼して飴細工を食べる姿は余計な商品説明などもはや不要、この様子を食い入るように見つめている女性たちも姿勢はすでに前のめりだ。


「そしてもうひとつの甘いものは今回のパリパリの飴細工とは打って変わってふんわりフワフワの砂糖菓子!それは白い、あの空に浮かんだ雲のように!」


 ざらららっ!


 再び僕はザラメ糖を調理道具に放り込む。しかし今回は鍋ではなくて金属製のタライの中、そして今度は火と水ではなく火と風の精霊の力を借りる。


「このタライの中…、高音に熱された砂糖が融けていきます…。そこに小さな竜巻のような風を吹かせてやると…」


 融けたザラメ糖が風によって伸ばされ白い極細の糸のようになる。タライの外周部をクルクルと回るそれを焦げないうちに割り箸に絡ませると日本の縁日でもおなじみのワタアメの完成だ。


「はい、出来ました!この砂糖菓子はワタアメといいます。じゃあ、このお菓子を…アリスちゃん」


 これもアリスちゃんに手渡すと彼女のご機嫌はこれ以上ないくらいに良いものになった。女性たちの視線は欲しくてたまらない、食べてみたいというものからすでに獲物を前にした肉食獣のようなものへと変化している。これ以上もったいぶると危険なのは火を見るよりも明らかだ、僕は声高らかに値段を発表する。


「こちら二種類の甘味、お値段はなんと本日サービス価格の白銅貨三枚シロサン(日本円で約三百円相当)、白銅貨三枚での提供です!」


「安い、安いわぁ〜!!」


「飴細工はこちら!ワタアメはこちらに並んで下さい!それでは販売を開始します!」


「ちょーだーいッ!!」


「アタシはこっちよー!!」


 女性たちが地響きを立てるがごとくの勢いで押し寄せてきた。まるで騎馬隊の突撃のような迫力はもはや恐怖でしかない。


「う、うわわわわっ!!」


「ま、まずいぜ!フェミ、ダンナを守るんだ!」


「う、うん!マニィちゃん」


 これはまずいと思ったのかマニィさんたちがガードに入ってくる。それでも女性たちの勢いは止まらない。


 わーわー、ぎゃーぎゃー!!


 その日、ミーンの冒険者ギルドはかつてない活気と混乱に包まれていた…。


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