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第719話 リクエスト?


 自宅の建築が無事に終わり明け方から始まった酒盛りは昼ぐらいにはお開きを迎えた。


「くぁ〜、もう飲めねえ…」


「うむ、ワシも満足じゃあ」


 庭に集まった酒好きたち…じゃなかった、建築に携わってくれた皆さんは酒やツマミに大満足していた。


「ほれ、ゾウイ。なんて格好で寝てるがじゃ、しっかりせい」


「う、うう…。リョマウ…」


 体育の授業のマット運動のような前転をしようとして前のめりに地面に頭をつけたようなポーズで酔い潰れている。ゾウイさんの格好は極端だが他の人もまあ似たようなもんだ。シャツからお腹が出てしまっていたりする人もいる。そこにゴロナーゴさんの妻、オタエさんがやってきた。他にも家族の人が酔い潰れた旦那さんを迎えに来ようと鳶職の奥さんたちが夫を迎えにやってきた。


「お前さん、ほら!帰るよ」


「まったく!みっともなく酔い潰れてるんじゃないよ」


 これをきっかけに酒盛りはお開きになりゴロナーゴさんたちは自宅に、リョマウさんたちは宿に、そしてガントンさんたちはマオンさん宅の地下室へと戻っていく。


 僕はといえばつわものたちが夢のあと…、たらふく飲んで食べた後の片付けをマオンさんたちとした後に冒険者ギルドに向かった。家が完成した事をシルフィさんたちに伝える為だ。そりゃそうだよね、なんたって奥さんになってくれるんだから、そんな訳で僕は冒険者ギルドへと向かった。今回の建設やらなんやらで大活躍のホムラとセラ、そしてサクヤとクリスタは昨日から徹夜した事もあって現在マオンさん宅でお昼寝中。一方で留守を守っていたカグヤとキリとグラ、闇と風と土の精霊の三人は徹夜はしていなかったので護衛としてついてきてもらっている。特に危険な事もなく冒険者ギルドにたどり着いた。


「お帰りなさい、ゲンタさん。その様子ですと…」


「はい、おかげさまで無事に家が建ちました。まあ、家具とかはまだ何も無いので住み始めるのはもうちょっと先ですけど…」


「そっかあ、そりゃ良かったぜ。ここの仕事終わったら見に行かせてくれよ」


「うんうん、私も見てみたいですう」


 早速、僕はギルドの受付で無事に住居が完成した事を報告した。それを聞いたシルフィさんたち三人は僕の無事の帰還を喜んでくれた。


「なあなあ、話は終わったかい?」


 受付カウンター内からピョンと外へとジャンプして出てきた受付嬢見習いのミケさんが僕の隣に着地する。そして両手を床に着くと本物の猫がそうするように『うーん』とばかりに伸びをする。


「え、ええ。ここには住まいの完成を報告に来たんで…」


 僕がそう返事をするとミケさんは事務仕事は肩が凝るよと言いながら立ち上がると話しかけてきた。


「そうかい?じゃあ、こっからはアタシの話なんだけど坊や…、なんか美味いモンか甘いモンはないかい?」


「ん?どういう事です?」


「言葉通りの意味さ。なんたって坊やは今回家を建てる間はギルドでの朝メシの販売を休んでたろ?だからさあ、アタシたちは寂しかったつうか物足りなかったっつーか…」


 ミケさんの話を聞いてみるとこうだ。実は家を建てる為に木材の切り出しと加工、そしてその建設に僕は二日間ほどギルドでの朝食販売をお休みにした。また、マオンさんたちにしても毎日働き詰めだ。そんな訳で少し休暇でも取ろうとこの二日ほど朝食販売をお休みにした。すると当然ながら日本から買ってきた菓子パンや調理パンも、あるいは、カレーライスなどの提供もない。そこで冒険者の皆さんは僕が異世界に来る前のような黒パンと薄い塩味のついたスープ等の従来の食事に戻る事になる。


「ああ、もう耐えられねえよ!」


 ミケさんが我慢ならないとばかりに叫んだ。


「アタシはもう坊やのパンとか食べ物がねえと耐えらんねえ体になっちまった!もうどうにもならねえ…、どうにかしとくれよ!なあ?なあ?」


「えっ?えっ?」


 しゅるるるっ!!


 ミケさんの尻尾が僕の手首に絡みつく。僕が慌てていると近づき過ぎだとばかりにマニィさんがカウンターから飛び出してきて割って入ってくる。


「おい、ミケ!お前、人のダンナに…」


「分かってるさ。だから手は出さねえ、尻尾だけだ」


 尻尾なら良いんかい!?僕がそう思っているとなおも僕に寄り添いながらミケさんは言う、その様子は少しも悪びれてはいない。


「んで…話を戻すけどさ、ハラが寂しいっつーか、物足りなかった…っていうのはあっただろ…?アタシだけじゃねえ、みんなもよ…」


「ん、みんな?」


 ミケさんの発言が気になり周りを見渡せば何人かの冒険者の皆さんが帰ってきていた。特に猛獣とか魔物とかの狩猟や討伐など時間や手間のかかったり危険があまり伴わない依頼を中心に受けているような人が多い。するとこの時間帯にいるのは自然と女性比率が多くなる、…といっても基本的に冒険者は男性が多いので男性がいない訳ではない。そんな女性比率高めの時間帯のギルド内にいる女性たちがなにやらこちらを見ている。…というよりミケさんの次の言葉を待っているようだ。


「あのジャムがいっぱい入ったパンだったりさ、アタシだったらあの『つなまよ』だっけか?アレを使ったパンとか…。他のみんなもそーだろ?みんな、食いてえよなあ?」


 周囲に目をやりながら呼びかけるミケさん、さながら観客にマイクパフォーマンスをするカリスマプロレスラーのようだ。事実、彼女の呼びかけにこの様子を見守っていた女性たちは頷く様子を見せている。


「う、うん…」


「そう…だよね」


 討伐や狩猟といった冒険者の花形依頼ではなく、薬草やキノコなどの採取を生業なりわいにしている女性たちが頷きながら呟いている。冒険者はなにかと主張が強めの人もいるが採取系依頼を多くこなす人はおとなしい人が多い印象だ。その人たちの声が聞こえてくるあたりよほどパンとかカレーとか僕が販売している物を心待ちにしているのだろう。


「なあ、坊や…」


 横にいるミケさんが耳元で囁くように言ってくる。


「なんかこう…、すぐに出来るものはないかい?ちょっと甘い物とかさ…」


「甘い物ですか…」


 うーん、なんかあったかな…。というより今日は特に材料は持ってきてないなあ…。揚げパンが思い浮かんだけれど残念ながらパンが無い、白砂糖とかグラニュー糖、ザラメ糖とかはある程度このギルドに置かせてもらっているけど…。僕がそう思っているといつの間にかシルフィさんが近くに来ていた。


「ミケ、いい加減になさい。ゲンタさんは夜通し家を建てるのに立ち会っていたんですよ。そうでなくても忙しいのですから、少しは休む日があっても…」


「そうは言うけどシルフィ。アンタだって寂しかったんじゃねえのか?ソワソワしてる時あったし…」


「なっ!?」


 ミケさんをたしなめようとしたシルフィさんが一瞬だがたじろぐ。そこにミケさんが切り込んだ。


「朝だってかたパン食べてる時、我慢して食ってる感じだったし…」


 固パンとは文字通り固いパンだ。お煎餅のように水分が少なく固い。おまけに小麦以外の材料も使っているから酸っぱさがあったり雑味があったりと普段僕が持ってくるパンより人気はない。それにシルフィさんが僕がいない時にソワソワたなんて…、クールビューティーな彼女がそんな様子だったなんて…そう考えたら僕は穴埋めという訳じゃないけど何かしてあげたくなってくる。うーん、甘いもの…か。


「何かできるかなあ…?あ、そうだ」


 僕は声を上げた、少し思いついたものがある。


「出来るかどうか分かりませんが」


 そう言った上で僕は風精霊のキリに話しかける。


「ねえ、キリ?」


『なによ?アタシになんか用なの?』


 なんだか分からないけどキリの機嫌が悪い。


「どうしたの?なんか怒ってる?」


『べ、別に怒ってないわよ!それより何よ!そんな女と寄り添っちゃっててさ!』


「よ、寄り添ってるって訳じゃ…」


『寄り添ってるー!!それより何よ!アタシになんか用なんでしょ!ふん!ふん!!ふーんだっ!!』


 明らかにキリは怒っているがそこを指摘するとさらに面倒な事になりそうだからとりあえずやめておく。その代わりにお願い事をしてみる。


「そ、そう?じゃあ、キリにしか出来ない事なんだけど…」


『アタシに…?』


 ちら…。そっぽを向いていたキリがちょっとだけこちらを見た。


「うん、それにキリだからお願いしたいんだよ」


『なによ?気持ち悪いわね』


「そう言わないでよ。キリにしか出来ないし、今思いついた甘い物を作るにはキリに力を貸してもらわないと…」


『アタシじゃなきゃ…ダメ…なの?』


「う、うん。キリじゃないと…」


『ふ、ふんっ!そ、そうまで言うなら力を貸してあげるわ。言ってみなさいよ。このアタシがアンタの力になってあげるわ!い、言っておくけどこれはアタシの心が広いから引き受けてあげるんだから!その代わり、出来上がった甘い物を一番最初に食べるのはアタシなんだからねっ!』


 びしいっ!!


 右の人差し指を僕に向け左の手は腰に当てる、いつもの強気なポーズを決めてキリは僕に何をして欲しいか言ってみなさいよと促すのだった。

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