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第714話 酒じゃないから大丈夫だもん…では済まない話


「いやー、川を上ってきたっちゅうのにこんなに早く着くとはのう。わしゃあもっと時間がかかる思っちょったきに、なんとも不思議な気分じゃ」


「そうじゃきに、そうじゃきに!」


 川船頭であるリョマウさんたちが舟を陸に着け上陸の準備をした。あたりを見回してみればそこは木々が生い茂る山の中、丁度このあたりからナタダ子爵家から許可をもらった伐採をする為の場所だ。


「ふむ、これは良い。建材向きの良い木がたくさん生えておるのう。よし、者ども!さっそく木を切って行くぞい!」


 さっそくガントンさんが呼びかける。


「ゴントンよ、どんどん木を切れい!ただし、裸山にしてはならんぞ!良い木を選び間隔をとって切り倒せい」


「分かってるべ、兄貴アニギィ!!」


「残る者は切り倒した木の枝を落とすのじゃ!」


 ゴントンさんや弟子のドワーフたちからおうという声が返ってくる。さすがというか彼らは技術者集団、自分のすべき事を瞬時に理解しすぐにとりかかる。あっという間に一本目の木がバザバサと音を立てて倒れ早速ベヤン君たちが材木にするには不用な枝を手斧や鉈で落とし始める。


「よしっ!わしらぁは寝床と飯の手配りじゃあ」


 手近な木に舟が離れていかないように綱で結び付け終わったリョマウさんたちがさっそく準備に取り掛かる。なるべく平らな地面を選び寝る場所、焚き火をして暖を取り煮炊きする場所を決める。その隣に作業するスペースを確保した。


 そこに持ってきた道具や食料などを置いた。次に僕やリョマウさんたちは二手に分かれた、僕とリョマウさんは寝る場所は地面の小石などを取り除き身を横たえ時に不快にならないようにする。残るシンタウロさんたちはその間に調理スペースとなる簡単なかまどを組んで煮炊きの準備をした。これがアウトドアとかキャンプとかならかなり手際が良い。


 それを見ていると僕はやはりここが中世ヨーロッパ的な世界であり、電気やガスの無い世界であるというのを実感する。野外で煮炊き出来る場所や寝る場所を確保するのが圧倒的に早い、電気による照明なんかないから野営の準備は手早くしなけりゃならない。日が沈んだら暗くなる一方だからそれまでに終わらせなきゃいけないし、かといってあまりに早く野営の準備をしていたのでは昼間の行動時間も少なくなるから自然とこういう事が早くなるのだろう。


「ホムラ、セラ、クリスタ」


 僕は今回の件についてきてもらった炎と水と氷の三人の精霊の名を呼んだ。この場にいないサクヤたち四人の精霊はマオンさん宅にてお留守番だ。仮に不心得者がマオンさん宅にやってきたとしてもきっと彼女たちが守ってくれるだろう。


「これから働いてもらうからね、よろしく頼むよ」


 煮炊きの為、食品の保存に三人には来てもらっていた。夕食の準備にはまだ早いがするべき事は他にもある。


「ふうー、暑いのう」


「汗が止まらん、このあたりの地形のせいか熱がこもっておる」


 伐採作業をしていたガントンさんたちが暑さと戦いながら伐採をしている。日本でなら機械を使ってやりそうな重労働、それを彼らは自分たちの手で行っている。いかにドワーフ族が強靭でタフといえども疲れもするし汗もかく。その様子を見て僕はついてきてくれた精霊たちに声をかけた。


「セラ、クリスタ。早速だけど仕事だよ、コレに水を入れて氷を!」


 そう言って僕は少し小さな牛乳パックのような物のフタを開けて持ってきた大きな金魚鉢きんぎょばちにドボドボと注いだ、真っ白で少しトロリとした液体…カル◯スの原液である。そこにセラが水を注いで液体を薄めクリスタが氷を入れて冷やす。そこに柄杓ひしゃくを入れておくと同時にクリスタに声をかける。


「クリスタ、もうひと働きをお願い。ここに小さな氷を…」


 そう言って僕は銀色のパックを開いて示した。そこにクリスタが冷凍庫の製氷器で作られるようなサイズの氷を次々に作ってマシンガンのように放りこんていく。その中に僕は日本でいうところの350ミリリットル缶を突き刺すように入れていく。


「みなさーん!お疲れ様でーす!頃合いを見計らって休憩して下さいねー!飲み物を用意しましたー!」


「ふいー、飲み物か!冷たそうじゃ、ありがたい」


「飲ませてもらうべ」


 そう言ってガントンさんたちが自分たちの木製ジョッキに注いでいく。


「こりゃ美味いでやんすー」


「甘いものは良いですねエ…、頭を回転させるには甘い物が一番ですヨ」


 喜んでいる人もいれば…


「うーむ、冷たいのは良いが…」


「甘すぎるのはちょっと…」


 ガントンさんを始めとする年配者たちにはイマイチのようだ。そうなると…、やはりこっちかな。


「では、甘いのはあまり…という方はこれを試してみて下さい」


 僕は保冷バッグの氷の山に突き刺した350ミリリットル缶を差し示した。それを見てガントンさんがゴクリと喉を鳴らした。


「こ、これは…。坊や、その軽銀の入れ物に入っとるのは麦酒ビールというやつではないか。嬉しいがワシらは仕事中に酒は…」


 ガントンさんが興味はあるが遠慮したいと言う。いかに酒好きなドワーフ族とはいえ彼らは仕事中に酒はやらない。このあたりが仕事に対して手を抜かない彼らの矜持なのだろう。そんなガントンさんに僕は再び呼びかける。


「もちろん皆さんが仕事中に酒を飲まないのは知っています。ですが、ご安心下さい、これは酒精を含まないビールなんです」


「な、な、なんじゃと!?」


「これはノンアルコールビールといって風味やくちあたりはそのままに酒精が含まれていないんです。だから酔う事はありません、是非試してみてください」


「ふむう…」


 ガントンさんは声を洩らしながらもアルミ缶を手に取った。すっかり慣れた手つきで缶を開ける、プシッという独特の音が響いた。それに続くように周りからも缶を開ける音が次々と響いた。


「どれ…。んぐんぐ…ぷはあっ!!こ、これはっ!?」


 ガントンさんが目を見開いた。


「た、確かにこれは酒精が感じられぬ!だが、鼻を抜ける香りも喉越しもッ!!細かな泡も間違いなく麦酒じゃあ!」


「おおう!兄貴アニギの言う通りだべ!コイツは間違いねえ、同じ風味だァ!」


 ガントンさんもゴントンさんも。そして周りのお弟子さんたちもたちまち飲み干してしまった。十秒とかかっていない、一気飲みだ。


「ぶはぁー!美味いっ、もう一杯!…という訳にはいかんのう」


「んだな、兄貴アニギ


 披露してみせた良い飲みっぷりとはうらはらにガントンさんたちの反応はイマイチ、なんでだろうと思って尋ねてみたら聞こえてくるのは意外な返事。


「これは確かに美味いものじゃ。しかしな、これを飲むとやはり酒精の入った麦酒が恋しくなるのじゃ。しかし、酔うては仕事に支障をきたすやもしれんからのう。坊や、悪いが次からは緑茶みどりのこうちゃを出してくれい」


 そういう事かあ…。


 ただ相手を喜ばせようってだけじゃ駄目なんだ。頑固一徹、職人気質のドワーフ族だからこそこういう事にはしっかりと線引きしなければいけないんだな、僕はそう心に刻んだのだった。

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