第71話 起死回生の『コーヒーミル』と『白き…』
ガントンさんやナジナさんたちが狩猟に出かけてからしばらく過ぎた。居残り組の僕たち、マオンさんは納屋の裏の井戸端で洗濯の後、お昼寝をしていた。
ベヤン君とハカセさんは塩の自動販売機の試作機の製造をしている。外枠などはベヤン君が、中の歯車などの精密な部分はハカセ君が受け持った。
販売機の外観は当初の物から二転三転した。最初はジュースの自動販売機、次は町中の薬局の前とかにある避妊具を売る販売機を参考にした。しかし、一つ致命的な弱点があった。
「やはり、水気を含むと塊になりやすいですネェ…。そうなると正確な量…、というか重さの排出が出来ませんネェ…」
「湿気に強い木を使ったとしても、完全に水気を取り除ける訳ではないでやんす…」
「ムムム、塩と水気…。小憎らしいですねエ…。野営の時の食事なら味付けの直前に塊になった部分を指先で握り潰しながら振りかければ済む話なんですけどねエ…」
ベヤン君とハカセさんが一つの難題を解消すべく、現段階の問題点について話し合っている。確か塩というのは親水性だったっけ?水気を含みやすいものだった筈だ。塩は塊になったり、入れ物に固着してしまったりする。
「そうでやんすねえ…」
確かに僕もやった事があるなあ。塩を小さじで掬おうとしたら塊になってた事。指で砕きながらパラパラと振りかけて使ったっけ…。そう、砕きながら…。
「あっ!!」
僕は素っ頓狂な声を上げた。砕く…、砕く…。
「二人ともちょっと待ってて下さい」
「ゲンタ君、どうしたでやんすか?」
「ありますよ、その問題解決になるかもしれない糸口が!」
「それは興味深いですねエ!」
僕は納屋に向け急いで駆けて行った。自室に戻る為に。
□
「これはなんでやんす?」
日本の自室から持ってきた物を見てベヤン君が首を傾げる。
「これは『珈琲豆粉砕器』です」
「「こーひーみる?」」
二人の声が綺麗にハモった。僕はコーヒーが好きで、豆を挽いて淹れるのが趣味だ。コーヒーの香りで部屋が満たされると何とも言えない幸福感に包まれる。
「では、実際に使ってみましょう。丁度考えも煮詰まってきてたところです。少し休憩しましょう」
そう言って僕は手回し式のコーヒーミルの使い方の説明を始める。
「まず、これはコーヒー豆です」
そう言って僕は焙煎が済んだ状態のコーヒー豆を二人に見せる。
「豆って事はコレを食べるんでやんすか?」
ベヤン君が僕に質問する。
「いや、これは食用と言うよりは紅茶みたいに飲み物にする為の物だよ」
そう言って僕はコーヒー豆を適量、上部の投入口に入れていく。そして上部の手回し用のハンドルの握りを持ち回転させていく。『かりっ……、がりがりごりごりごり…』コーヒー豆が中で粉砕されていく音が響く。やがてその音もしなくなり、回しているハンドル部に手応えもなくなったので全て粉砕したのであろう。
コーヒーミルの下部にある小さな引き出し、そこを引っ張る。中には挽きたてのコーヒー豆、香りが広がる。
「香ばしい中にも、甘い香りがしますねェ…」
ドリッパーに紙フィルターをセットし、粉砕したコーヒー豆を紙フィルターに入れていく。そこにちょっぴりお湯を入れた。湯気と共にコーヒーの香りが一気に広がった。
「お湯はこんなに少なくて良いんでやんすか?」
「ん、いや。これはね最初にお湯を少し入れて豆を蒸らしているんだよ」
「じゃあ…、豆が蒸れたら…」
「うん。このお湯を入れていくよ。二人共、飲み物を入れる器を持って来て」
そう言って僕は残りのお湯をドリッパーに、そして二人は入れ物を取りに行く。そして二人が持って来た木製のカップに淹れたてのコーヒーが注がれる。
「黒い、黒い飲み物でやんす!」
「これは何とも言えない香りですねェ…」
二人がカップに注がれたコーヒーの感想を述べている。
「苦い飲み物なんで甘くして飲む人もいますよ。甘くしますか?」
僕は自分の器にコーヒーを注ぎながら二人に話しかけた。
「いや、まずはこのままいただくとしましょうかねェ」
ずずっ。ハカセさんとベヤン君が一斉に口を付けた。
「に、苦いでやんすぅ〜」
「…が、しかし鼻に広がるふくよかな香り…。頭が研ぎ澄まされていくような香りですねェ…。ウーン、実に興味深い!」
ホットコーヒーを初めて飲んだ二人がそれぞれに感想を述べる。ベヤン君は苦いのが苦手なのか何とも言えない表情をしている。
「ベヤン君、やはり甘くする?」
「そ、そうでやんすね…」
そう言ったベヤン君に僕は白砂糖を小さじにとりカップに入れた。
「あ、少し苦味が薄れた感じがするでやんす」
これならベヤン君も大丈夫なようだ。
だが、一方でハカセさんはこちらを注意深く見つめている。
「ゲンタ氏…」
いつになく真面目な声でハカセさんが僕に声を掛けてきた。
「そ、それは、…さ、砂糖ではないのですか…?」
□
「さ、砂糖…でやんすか…」
ベヤン君が驚きを隠せずにいる。
「た、確かに甘くなったけど、甘草や甘蔓を煮た物と違ってアクや苦味も無いでやんす」
「いや、ベヤン。黒砂糖とて苦味は有りますよ。草や蔓を煮た物よりは格段に減りますがねェ。しかし、こんなに白い砂糖など…。塩といい、砂糖といい…これほど白い純粋な物を…。フヒヒ…、拙者は底知れぬ人と出会ったようですねェ」
何やらハカセさんが満足そうに頷いている。そして、気が付くと光精霊のサクヤと闇精霊のカグヤが僕のカップのコーヒーに口をつけていた。
サクヤは苦さに参ったのか『うぇ〜』と言う声が出てそうな表情で舌を出している。一方でカグヤは平然としている、僕と目が合うといつものように『…にこ』と静かに微笑んだ。
紙の皿に砂糖を少し出してサクヤたちに与えた。サクヤはそれを手に取って舐めると、『おおっ!』といった表情になり嬉しそうにさらに手に取る。カグヤもまた砂糖を一口味わうと、やはり先程と同じように『…にこ』と静かに微笑んだ。
「精霊ちゃんたちも砂糖が気に入ったようでやんす!」
「精霊は果実を好むと言いますからねェ…。何かと甘い物がお気に入りなのかも知れませんねェ…。ゲンタ氏、やはり拙者にも一匙砂糖を頂いても…?」
僕はもちろんとハカセさんのカップに砂糖を入れた。
「ホ、ほほう!これは…。香りはそのままですが、味わいがグンと変わりますねェ!頭が澄み渡るだけでなく、何か漲ってくるような…。フオオオオッ!み・な・ぎ・っ・て・き・た・アー!」
何やらハカセさんがアヤしいクスリを服用した人みたいにテンション高く、おかしな雰囲気になっていく。
「く、来るでやんす。悪魔が…、悪魔が降りて来るでやんすぅ〜!」
がしっ!ハカセさんが僕の両肩を掴んで来た。
「フ、フヒッ!フヒヒヒヒヒッ!ゲンタ氏、拙者は今キています、キていますゾォ!!何があろうと不可能は無いィィぃ!拙者の脳内ッ、炎と氷が同居するようなッ、何より熱く冷静な状態は非常に非常に良い状態ッ!!最高に最高に最高に最高に最高に最高に最高にィ〜ッ」
狂気のような物に取り憑かれたようにハカセさんが熱弁を振るう。
「………至高ってヤツだァ!」
な、なんか恍惚とした表情で語るハカセさん。近づき難い雰囲気になってきちゃったぞ。
「ゲンタ氏、この機巧をしばしお借りしますぞ!」
そう言ってハカセさんはコーヒーミルを手に取った。
「ど、どうしたんですか?ハカセさん」
「拙者にコレを一度分解させて下され!構造を見ればその機巧は一目瞭然、それを塩に最も適切になるように調整すればァ!」
ハカセさんが口元を釣り上げニヤリと笑う。
「すぐにでも完成でござるよ、フヒッ!」
そう言うなりハカセさんは手早くコーヒーミルを分解し始めた。ネジの部分なども有るが、ハカセさんは手近な鉄の棒を加工してプラスドライバーのような物も作ってしまった。
「ああなると、ハカセ兄さんは止められないでやんす…。でも、良かったでやんす。今回は被害者が出なさそうで…」
「え、被害者?」
聞き捨て出来ない単語に問い返すとベヤン君がゆっくりとうなずく。片やハカセさんは早くも分解を完了、一つ一つの部品を見て何やら感心したり唸ったりと忙しい。
「そうでやんす…。何か新しい機巧を作るたびに実地検証とか言って試運転をするでやんす。だけど、実験台を必要とするでやんす。生傷の絶えない辛い役目でやんす」
お、おいおい…。
「でも、今回は怪我人が出るような機巧ではなさそうだから一安心でやんす」
そう言っている間にハカセさんはいくつかの歯車のような物を組み合わせて固まった塩を粉砕させる部分の試作品が出来たようだ。
「フム、まずはこんなところですかねェ。ベヤン、こちらに来て下さい。実験をしようと思います」
「あ、はーいでやんす」
ベヤン君がハカセさんのもとに行くので僕もついていった。
「んで、オイラは何をすれば良いでやんすか?」
「ええ、ベヤン。ここに指を一本突っ込んでみて下さい」
そう言ってハカセさんは大小様々な歯車が噛み合った部分を示した。
「ん、どういう事でやんす?」
「嫌ですねェ、決まってるじゃないですか。この道具の目的は固まってしまった塩を粉砕する事にあるんですヨ。じゃあ、その粉砕の度合いを試さなくてはいけないじゃありませんか。さァ、分かったら何指でも良いですからここに入れてみてください。さァ、早く早く!」
嬉しそうに満面の笑顔でハカセさんはベヤン君を急かす。
「い、嫌でやんすよぉ〜!」
「あ、こら、待ちなさいベヤン!」
ベヤン君が物凄いスピードで逃げ出した。それを追いかけるハカセさん。普段から恐怖の人体実験に付き合わされているせいか、ベヤン君は見事な逃げっぷりだった…。
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