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第703話 この器だッ!!


 いやー、ザンユウさんを書くときは説明口調に苦労しております(笑)


 ぱくっ。


「こ、これは…」


 イチゴのものよりもさらに深い赤色のジャム、それを塗ったサンドイッチを口に含むとアジノーさんがその動きを止めた。某マージャン漫画の主人公なら『どうした、じいさん?油でも切れたかい』とからかいの言葉をかけるところだろうか?もっとも、僕はそういう事は言わないけど。


「うっ…、うーまーいーぞォォーッ!!」


 カッと目を見開き椅子から立ち上がったアジノーさんはロビーでひとり仁王立ちの格好になりその肉体は筋肉が盛り上がった。


「おおおっ!?なんだこれは!体に力がみなぎっていく!堅く冷たい過酷な大地に根差したものだけが持つ独特のたくましさを感じる!その力強さが私の肉体に宿りこうして筋肉を盛り上げるゥゥ!!」


 なんとなんとアジノーさん、今度は精霊の力を宿らせるのではなく果実が持つ逞しさをその肉体に宿らせた。ボディビルダーをもしのぐような分厚い筋肉は見る者全てを圧倒する。


「うーむ、力強さもあるがさらに素朴な味わいも感じる。幼い頃、どこかで口にしたような…里のどこかにひっそりとあるような懐かしき味だ。この酸味とわずかな甘み…、そして弾力ある皮の部分…。そうか、これはランバルーの実か…」


 激しく味の感想を言うアジノーさんに対し、ザンユウさんはどこか懐かしそうな表情をしながら赤いジャムを塗ったサンドイッチを食べている。


「そして…、風の精霊の力を感じるぞ。なぜだ、おそらくこの果実は自生していた果実であろう。なぜそんな果実に風の精霊の力を感じるのだ…?」


 疑問を口にしたザンユウさんがチラリとこちらを見た、答えを求めているのだろう。そこで僕は自分なりの解釈を伝える事にした。


「実はこのランバルーの実はとある寒さ厳しい場所に自生していました。その自生するだけのたくましさが力強い風味となり、そして風の精霊の加護を感じるのはこの実を見つけて集めてくれたのがキリなんです」


 僕の声に応じて風精霊ゼピュロスのキリがふわりて近くに現れる。彼女はケシタだけでなく、その周りも飛び回りランバルーの実を集めてきてくれた。ケシタほど冷たい風が直撃する訳ではないがそれでも厳しい環境にあるのは間違いない。おそらくその環境で育った実は普通の環境で育ったものより力強さが増すのだろう。何かのテレビ番組で見た事があるのだが、ストレスを与えて育てた長ネギがより甘味を増すという事だった。おそらくそれと同様の事が起きたのではないだろうか。


「むぐっ、美味い!!ぱくっ、美味い!」


 気がつけばアジノーさんが右手にはランバルーのジャムのサンドイッチを、左手にはブルーベリーのサンドイッチを掴んでパクパクと交互に食べている。まるでアレも食べたい、コレも食べたいという願望をそのまま実行に移している子供のような食べっぷりだ。


「うまい、うまい、うまい、うまいッ!うーまーいーぞォォーッ!!どれもこれもが素晴らしく美味い!この器の中に広がる味の小世界たるや…。ああっ、これはなんたる味の百花繚乱か!こ、これはまるで七色の空かける光きらめく…味のレインボーだぁ…!」


 きらっ!


 アジノーさんのバックになぜか虹が浮かんだ、そのリアクションも最早もはややりたい放題だ。


「ううむ、美味い…。だが、しかし…しかしこれはなぜなんだ…」


 眉間に皺を寄せてザンユウさんが唸っている。


「ザ、ザンユウさん…、何か気になる事が…ご不満とかありましたか?」


 ただならぬ様子が心配になり僕はザンユウさんに尋ねた。


「不満だと…?」


 ぴく…、片眉をヒクつかせてザンユウさんが僕に向き直る。


「不満ならあるっ!なぜた、なぜなんだぁ!!」


 急に大きな声でザンユウさんが叫んだ。


「普通、これほどまでに特徴的な具材が多ければ他のものへも匂い移りがあっても不思議ではない。しかもいくら水気を切った具材であっても容器の中に入れたのなら湿気がまとわりつきベタつく事もあるはずだッ!しかし、この容器の中には匂いもベタつきもまるでない。そしてもうひとつ…、こんな朝方なんだぞ…まだ冷え込みがする季節だ…。なのにこのパンは冷え切ってはおらぬ…、なぜだ!?」


 むうう…、唸りながらザンユウさんが色々な角度から器を見ようとその手に取った。そして音が出るくらいにその目をカッと見開いた。


「こ…、この器だ!この器の肉厚で独特の形状…、これが外気と器の中を完全に遮断している。それゆえに器の中が一定の温度を保ちやすいのだ。そしてその事が冷たすぎず熱すぎぬ温度を維持すると共にパンと具材を中で馴染ませる…。それゆえ各種の具材が特徴的なのにどれも悪い目立ち方をせず、どっしりとこのパンが具材の主張を受け止めている…。全てはこの器があっての事という訳か…。だが…、だが…それだけでは足りぬ…。まだもうひとつ…、私がまだ見つけていない秘密が…、なぜ匂いが器の中にこもらないのかを私はまだ見つけてはおらぬ…。どこだ、どこにその秘密が…ぬうっ!?」


 釜めしの陶器の器をしげしげと眺めていたザンユウさんがテーブルに置かれていた釜めしのふた部分にふと目を留めた。ザンユウさんは手にしていた器部分をテーブルに置くと代わりに蓋に手を伸ばす、そして指先で蓋に触れると再びその両目を大きく見開いた。


「こ、これか…!?これなのだな、このふた…。このなんの変哲もない素焼きの平べったい物に大きな秘密があるのだなっ!」


「えっ!?ど、どういう事でっか!?ザンユウはん!」


 そばにいたゴクキョウさんが叫んだ。


「この釉薬ゆうやくを付けていない素焼きのままの蓋…、これに秘密があるのだ。触れてみれば分かるが、指先にわずかなザラつきを感じる…。きっと目に見えぬほどの小さく無数の穴が蓋の表面にあるのだ」


「それがどうして大きな秘密なんでっか?…あ、いや…もしやッ!?」


「そうだ!この無数の小さな穴が器の中の余計な湿気や匂いを外に出すのだ。まさに呼吸するようにな!それゆえ器の中が湿気でベタつかず、匂いもこもらない。私も皿を焼いて長い年月…、よもや素焼きの器にこんな使い道があったとは…」


 あの器にそんな秘密があったんだ、知らなかった…。僕としては珍しい形だから食べた後の器も洗って部屋に置いておいたり出来るなあ…、くらいにしか思ってなかったよ。


「奇妙だが肉厚の器…、そして素朴に過ぎる素焼きの蓋…。このふたつによって中の物の風味が保たれているのだ。ふたつでひとつ…、私はこのような器を見た事がない。しかも食べ物の風味まで保つとは…。ぬううっ、こんな器を考えるのは私も…、門下にもおらぬ!考えたのはおぬしであろうっ?そうだなっ!器のデザイン、風味を保ち余計な湿気や匂いを逃がす工夫も全て…」


「え…?…そ、その通りです。作り方をガワナカさんに伝えて作ってもらいました」


 くすっ…。


 どこからかカグヤの小さく笑う声がした。


(ふふ…、嘘つき。風味とかの事…、考えてなかったでしょ?)


(い、いいんだよ。こまかい事は)


 心の中で僕はカグヤとそんなやりとりを交わす。そんな僕たちをよそにザンユウさんはニヤリと笑いながら口を開いた。


「やはりか…。だが、この器は本物だ。それに空になった器もあつもの(肉や野菜を煮た熱いスープ料理)を盛る器にしても面白かろう…。その熱さを逃さぬのに適した器だからな。また、良く見ればこの器の独特の形や色もなかなかに興味深い…。見事な一品だった、料理も器もな」


「うむ、私もこの素晴らしさを讃えたい。精霊に愛されし見事な料理、そして見事な器だ」


 ザンユウさん、アジノーさんがそれぞれに賛辞を述べた。


「せ、先生…。そ、それでは…」


「アジノー様…」


 ガワナカさん、メマルさんが二人の師の言葉を待つ。


「ガワナカ、よくやった。まだ知らぬ技術によく向き合った。だが、まだまだ荒削りだ。これこらもっと精進しろ」


「メマル、お前も…。まだ、器に頼り精霊の恵みに助けられているところがある。次はお前が精霊たちや器の助けとなるのだ。次はお前の料理で器や恵みを引き立てさせるように頑張るのだ」


 自分たちに与えられた師の言葉にガワナカさんもメマルさんも深く頷いている。そして二組の師弟がいくつかの言葉を交わした後にいよいよザンユウさんとアジノーさんが出発する時が来たその時、ふとザンユウさんは足を止め口を開いた。


「まだ、これは残っておるか?」


 次回、『最大の賛辞と名物誕生』


 お楽しみに。

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