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第702話 パンと器と駅弁と


 馬車を待たせている通りから場所をゴクキョウさんの宿屋の中のロビーに移した。


「どれ…。何を用意したのか早速見てみる事にしよう…。ほう…、重いな…」


 ガワナカさんから包みを受け取ったザンユウさんが最初に呟いたのはそんな感想だった。近くでは同じようにアジノーさんがメマルさんから包みを手渡されている。大きさは大人が両手の平を上にすれば悠々と持てるくらいだ、安定などを考えずただ単に持てれば良いというのなら片手でも持てるくらい…ソフトボールよりはひとまわりくらい大きいといったところだろうか。


「ふむ…。これは…食器…なのか…。手触りはまさに皿のそれだが…」


「見た事のない形だ…、器というよりは鍋や釜のたぐいか…」


 初めて目にする器の形を見て二人の食通が呟いた。現れたのは日本の昔話に出てくるような竈門かまどで米を炊く際に使う釜…、いわゆる羽釜はがまの形をした器である。日本でもかなり有名な駅弁の容器をそのまま流用した形だ。


 その珍しい形の器を眺めている二人はより詳しく見てみようと顔を近づける。


「なんだ…、この色合いは…。丸みを帯びた下側は釉薬うわぐすりがかかっているが、この上側の丸いものはふたの役割をさせているのか?だが、これは素焼きのままではないか…」


 料理以外にも器などを手がけるザンユウさんが見た事もない器の感想を述べる。


「しかもこれはどうした事か…、この色合い…均一ではない…。普通、皿に塗る釉薬うわぐすりはそれこそ鏡面のごとく塗る。真っ白なその地肌は日の光に当てればまさに鏡のような輝きすら放つのに」


 室内を照らす光によりあたりは物を見るのに不足がないくらいに明るくなっている。その明かりに照らされている器の地肌は鏡面のように均一なものではなく、手触りは滑らかであるがその表面には水がしたたっかのような跡さえある。


「むむう…」


「まあまあ、ザンユウ殿…。今は中の物を…」


 ややもすると器に不満を洩らしかけたザンユウさんを宥めながらやんわりと試食を促す。そのとりなしを受けてザンユウさんが上蓋うわぶたに手をかけた。


 ぱかっ!ぱかっ!


「むっ!これは…」


 中身を見てザンユウさんが声を上げた。右から中身がサーモンピンク、緑、黄色、ほんのりとしたクリーム色、照りのある黒、そして最後に赤色のジャムを挟んだ物と青色のジャムを塗った物の合計七つのサンドイッチが入っている。


「パンに具材を挟んだものか!そして端にあるのはブルーベリーのジャムか!」


 中身を見て好みの具を見つけたアジノーさんも反応した。それを確認した僕は二人に声をかけた。


「揺れる馬車の中でも食べやすいようにパンと具材を挟んだものを用意いたしました。右端にあります濃いピンク色の物から順にブルーベリーのものへと順にご賞味ください」



「むぐっ!こ、これは…」


「うーまーいーぞー!!」


 食べ進めていく二人の食通が声を上げる。


「この端の具材は燻製にした魚の切り身か!?深く香り高い風味が私の鼻腔びこうをくすぐる!しかも、酸味の強い果実の隠し味が…、おお…陽光と潮風を受けて育ったものなのか!それがしっかりと味を締める…、だが私には見えるぞォォ!目を閉じればそこに…ああ、海が見える」


 レモンの風味付けをしたスモークサーモンのサンドイッチを食べながらアジノーさんが髪の色を金色にしたり、海をイメージしたのか濃いマリンブルーの色に変えたりしながら食べている。特に海をイメージした時は揺れる波を表現したのかザッパンザッパンと髪が不自然なくらいに揺れている。


「むうっ、この緑の具材…野菜なんと新鮮で強烈な風味か!そして噛むとシャリシャリと音を立てるこの野菜…、さらにはそれだけでは青臭さが残るであろうに添えられた薄い板状のチーズが巧みに和らげ包み込んでいる、さらにはコクを添える意味もあるのか!」


 一方でグリーンリーフやきゅうりを挟んだ野菜サンドを食べているザンユウさんが呟く。そして二人は玉子サンドに丸鳥のモモ肉を挟んだ物へと食べ進めていく。


「これは卵か!茹でたものに滑らかな風味の調味料をで和えてなめらかさを出している、舌の上でとろけるほどに!そ、そしてこれはっ!アクセントを与える違う食感ッ、だが不思議と違和感はない!味はほとんどなく不思議なプリンとした食感…、そうか!?これは卵の白身か!それを適度に刻み、卵の黄身に混ぜたというのか…。同じ卵同士、それゆえまったく違う食感なのに違和感がないのか!」


 玉子サンドをガブリとたべながらザンユウさんが叫ぶ。


「うーむ、そしてこちらも美味い!鳥のモモ肉か、最初に強火でカリッと焼き上げた後に違う手法で中に火を通している。だが、これは火によるものではない。火では勢いが強すぎて中に火が通るまでに外が焼け焦げてしまう。では、煮たのか…?いや、違うッ!それではせっかく付けた焼き目がふやけて水っぽくなる…、だが水の精霊の力を感じる…それ以外にも…」


「ああ、それは高温高圧の蒸気で蒸したんです」


「蒸気…、つまり湯気か!そ、そうか、この肉からわずかに風の精霊の力も感じる…!な、なるほど、風の力も借り肉が水っぽくなる前に中まで熱を通せた…。しかも、この味わいは…。肉の旨味を損なわず、ミルクのふうみ加わり…」


「ああ、それは熱を通した肉を十分に冷ました後に切り身にしてクリームシチューの風味を加えたんです」


「おおっ、確かに粗熱あらねつが残ったまま切り身にしてはそこから旨味が流れ出てしまう!それゆえ、加熱した肉は十分に休ませねばならない!それを切り身に…いや、それだけではない!肉の表面にわずかに切り込みが入っているのも感じる…、そうか…これは風味を肉の中まで染み込ませる工夫か!」


「お見事、正解です!切り込みを入れた肉に粉状になるまでに煮詰めたクリームシチューをすり込んだのです!」


「おおっ、なるほどっ!うーまーいーぞー!!」


 ブワアアッ!!


 蒸気を一気に上方へと吐き上げるアジノーさん、真冬に吐く息よりも真っ白だ。


「むむう、さらにこの黒いものは…。なるほど、きのこを深く煮染めたものか…。馴染みのない味だが噛めば噛むほどに口の中に味が染み出る。まるで実りの秋に採取した茸を全て集め贅沢に煮たような…色合いこそ地味だが口の中は実に彩り鮮やか…。ふむ…、美味い」


 どの具材も好評、そして残るはふたつのサンドイッチ。


「ふむ、青い方はブルーベリーという果実のジャムでらあったが…」


「この赤色の方はなんであろう…?あのいちごという果実のジャムよりもさらに色鮮やかな赤色だ…、深紅といっても差し支えない…」


「だが、食べてみなければいかなるだんも下せまい…」


「おお、食べてみたい味わってみたい…、つばがわく…」


 二人の興奮も最高潮、それぞれがサンドイッチに手を伸ばす…。


「「いざ!!」」


 ザンユウさんとアジノーさん、二人が残るサンドイッチを口に運んだ。




 次回もサンドイッチ回です。

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