第701話 別れを惜しむ
ガワナカさんとメマルさん、二人の弟子をミーンに残す事にした料理界の二人の重鎮…ザンユウさんとアジノーさん。実際に包丁を手にする機会…、つまりは料理をするということになるとその腕前はおそらく互角。
あえてその二人の違いを挙げるとすればザンユウさんは古典的、伝統的な手法を追求するのを好む。それに対してアジノーさんは新たな手法や革新的な手法を好む。しかしながら必要であればその対極にある手法を取る事も辞さない。あくまでも好みといったところだろうか。
他にもザンユウさんは料理の技術以外に皿を焼くなど食べる物以外にもこだわる。そのあたりは王宮などで供される献立などを監修する事もあるそうだから総合演出家というべき面があるのだろう。対してアジノーさんは材料にまで深く掘り下げる、自前の農園もあり肉や魚などを獲る場所もあるという。材料から調理まで…、その部分に注力しているといった感じか。
そんなザンユウさんとアジノーさんは五日をかけてそれぞれの所用を済ませた。そして今日、二人はこのミーンを離れそれぞれの在所に戻るという。
そんな二人の食通を見送る為、まだ夜も明けきらぬ未明に僕はガワナカさんとメマルさんを伴って旅立つ二人の元へと向かったのだった。
……………。
………。
…。
ゴクキョウさんの宿屋…、その前で僕たちは出てきたザンユウさんたちを待ち受けに。そして扉が開き目的の人物たちが現れた。
「先生…」
旅装の師に向かってガワナカさんが短く呟いた。おそらく言いたいことはたくさんあるのだろうが口から上手く出てこないのだろう。それはメマルさんも同様のようでガワナカさんと同じく言葉を詰まらせている。
そんな二人にザンユウさんは厳しくも温かい言葉を、アジノーさんは次に会う時を楽しみにしているとそれぞれ応じている。だが、そんな別れを惜しむやりとりもいつまでも続く訳ではない。なんせ移動手段は馬車である、ゆっくり漕いだ自転車くらいの速度だからこのような早い時間に旅立つのだ。天気や馬の体調によってはさらに移動距離も短くなる可能性すらある。
「では、ゆくぞ」
ザンユウさんが短く呟く。そんな馬車に乗り込んでいこうとする師匠二人に弟子たちが最後の声をかける。
「あっ!せ、先生っ!!実は私と…」
「このメマルも力を合わせて作りました!」
「ぬう?」
乗りかけた足を止めザンユウさんが振り向いた。
「これだけ早い旅立ちであれば朝食もまだでありましょう!」
「で、ですから、是非馬車の中でお食べいただきたく…」
必死になって弟子たちがそれぞれ手にした包みを渡そうとする。
「ふむ…、食べ物…か」
ザンユウさんが馬車の乗り口から足を下ろし再び地上の人になった。
「よし、分かった。今ここで食べてみる事にしよう。それが作ったお前たちへのせめてもの餞…。良いですかな、アジノー殿?」
もうひとりの食通に声をかけるザンユウさん、それにアジノーさんも頷いて応じた。
「私も二人が何を用意したのか気になる。ここで食してみよう」
「では決まりだ、お前たちが何を用意したのかこの場で披露すると良い」
こうして早立ち(朝早く旅立つ事)をする師の為に二人が馬車の中でも食べられるようにと作った食べ物がこの場で御披露目される事になるのだった。
旅立つ師匠の為に用意した物とは…?
次回、『パンと器と駅弁と』
お楽しみに。