第700話 弟子を残す
二人の料理界の二台巨頭の直接対決をなんとか回避させる事が出来たと思った矢先、僕の持ってきた手作りブルーベリージャムを巡ってザンユウさんとアジノーさんが再び争う姿勢を見せた。そこに僕は割って入り、半分ずつ売るという事で決着した。
その額たるやなんと金貨で五枚、日本円にしたら五十万円だ。ハッキリ言って破格も破格、なんでそんな価格になったかを聞いてみると…。
「精霊の加護が宿ったジャムなど他にはないからな、そうである以上はここでしか買い求められぬ。他では替えが利かぬ以上それだけの価値はある」
「もっとも精霊の加護の力を感じられるのは精霊との縁を持つ者のみ…。他の者ではただ単に『素朴だが力強い風味のジャム』といった認識になるだろう」
ザンユウさん、アジノーさんがそれぞれの見解を述べた。
「なるほど…。知る人ぞ知る…というか分かる人には分かる味の違いという事になりそうですね」
「その通り」
「では、あまりおおっぴらに売らない方が良さそうですね。精霊の加護が分からないお客さんだとなんてこんなに高いんだって言いそうだし…。僕が暴利を貪っていると思われかねない危険がありそう…」
「そうかも知れんな。売る相手は十分に気をつけるといい」
「はい」
これは貴族の人とかにもあまり見せない方が良いな、エルフ族の人に売るとか贈答品にするとかにしよう…僕はそう心に誓った。そんな中、妙な緊張感も次第に緩み話題は和やかなものへと変わっていった。
「いや、しかし今回は本当に有意義な訪問となった。なにやらこのミーン、精霊たちの息づかいが盛んと思って訪ねてみればこれほど有意義な事になるとは…。このアジノー、長らく生きてきたがこれほどまでの発見があるとは望外の喜び」
「それはこちらも同じ事、このミーンでは毎回毎回驚かされる。元々、この地には土を求めて訪れていたに過ぎなかったのでな…」
「え?土ですか」
ザンユウさんの意外な訪問理由に僕は反射的に声を上げた。
「うむ。このナタダ子爵領の限られた場所という事になるが、この地では良い粘土が取れるのだ。その粘土を使い私は皿を焼く事がある」
「そうだったんですか」
「だが、様々な品を扱う若き商人との出会いが私の足をこの地にたびたび向かわせる動機となっている。…ふむ、せっかくの機会だ。ガワナカ!」
「はい、先生」
エルフにしてはゴツい顔のガワナカさんが応じる。
「お前はこの地に残り土の確保と器を焼く修行をせよ。また、面白き品があれば手に入れておけ」
「はっ!」
そんな指示をしたザンユウさんがこちらに向き直る。
「聞いての通りだ、これよりこのガワナカをこの地に残す。よろしく頼む」
「は、はい…」
「なるほど…、ではこちらも…。メマルよ、お前もこの地に残り調理の腕を磨け。ゲンタさんの扱う品に面白いと感じる物があれば果敢に挑め、新たな味を見つけ出すのだ」
「はい」
メマルさんもまたアジノーさんに返事をした。その光景を見てまたミーンの町に知り合いが増えたなあと僕が暢気に構えていると思わぬ発言が飛び出した。
「なお、ガワナカよ。お前はこの町に残るに際し、日々の生活の糧やそれを賄う金は己が手で稼ぐのだ。自らの才知を活かすと共に精進し見事生き延びてみせよ。お前がこのザンユウ・バラカイから離れ自らの道を行く事が出来るか…、最終試験だ。見事、成し遂げて見せよ!」
「なっ!?せ、先生、それは…」
「お前にはそれだけの力がある…、少なくとも私はそう見ているのだ。やってみせろ!ここミーンで取れる粘土…、それを自由に使ってもよい。この私とは違う景色…、それを私に見せるのだ!」
「…ッ!!ぐ、ぐぐっ、分かりました先生!お言い付け、しかと胸に刻みます!」
苦しそうな胸の内を顔に滲ませながらもハッキリとした声で承知の意を伝えるガワナカさん。一方、アジノーさんとメマルさんもまた言葉を交わしていた。
「メマルよ、まだ幼さが残るお前だがこの町に残す。経験はまだ少ないかも知れぬがお前もれっきとした私の付き人…。常に私に付き従い同じものに接してきたはず…。言わば私と同じだけの味に触れてきたのだ。そんなお前に足りないのは自らが何かを切り拓いていくという覚悟と信念、そして場数を踏む事のみ…。ミーン…、ここは私たちエルフ族の長命をもってしても知り得ぬものがある、それを見て新たな境地を開いてくれる事を私は願っている。私のそばにいる者で最も若いお前なら新しさにもついていけるだろうと期待してな…」
「う、ううっ!!ア、アジノー様!ぼ、僕にはで…でき…い、いえッ…やってみせます!アジノー様のご期待にきっとお応えしてみせます!」
「うむ!」
どうやらメマルさんもまたガワナカさんと同様にアジノーさんの指示に従うようだ。話がひと段落したのを確認してか、ザンユウさんが僕の方に向き直った。
「さて…、聞いての通りだが…」
なんかとんでもない事を目の前にして言葉を失っている僕にザンユウさんが話しかけてくる。
「このガワナカはミーンで暮らすのは初めての事、だが腕は確かである事は私が保証する。だが、物を売るという事には不慣れゆえ機会あらば助けてやって欲しい」
うーん、販売のチャンネルというか店に並べれば良いのかな?それなら力になれそうな事もありそう…かな、僕はその申し出に応じた。
「メマルについてもよろしく頼みたい」
「わ、分かりました」
さすがにザンユウさんには良いよと言っておきながらアジノーさんには駄目とは言いづらい、僕はこちらにも応じる。
かくして二人の料理界の二台巨頭はこのミーンにガワナカさんとメマルさんを残し自己研鑽や修行をさせる決定をしたのだった。