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第699話 勃発!?味対決!!


「ゲンタさん!あなたは…、あなたはとても素晴らしい!あなたには是非とも私が提唱する理想の料理を作る研究グループに加わってほしい」


 アジノーさんが力強い言葉でまっすぐに誘いの言葉をかけてきた。


「え?そ、それは…」


「おっと、あまりに単刀直入すぎたな。実は私が首魁しゅかいとなって様々な料理を研究をしているのだが、最近ではあまりに料理の技法を追究するあまり素材本来が持つ素晴らしさを引き出す事を忘れかけていたようだ。ゲンタさん、あなたの料理はそんな私を原点へと戻らせてくれた…」


「は、はあ…」


「素材の魅力…さらには精霊の加護が加わり味わい力強きにしてそれでいてしつこくなく、同時に春風に溶ける雪のように淡く軽やか…。しかしながら氷に閉ざされた厳しさと小さな炎がもたらす優しき暖かさ…、素朴に過ぎる調理の仕方が粗野にはあらず百花繚乱…色とりどりに咲き誇る花のごとき精霊の乱舞はこれ以上ない技巧の極地ですらある…。ああ、私はこの味にもっと早く出会いたかった!ゆえにゲンタさん…」


「アジノー殿、それはいささか順番を抜かし過ぎているのではないか?」


 熱く勧誘してくるアジノーさんに横合いから待ったがかかる。さすがです、ザンユウさん!今日初めて会った人にいきなり勧誘されても僕だって困ってしまうし…、助かったと思った僕だったが意外な言葉がかかる。


「味を探究しているのはこのザンユウも同じ事…、ならば先に口説く機会を得られるのではないか?」


「え?」


 ザンユウさんが何か妙な事を言ったぞ?そして驚いているのは僕だけではない、アジノーさんも同様に驚いた表情をしている。


「なんと!?ザンユウ殿…、貴殿きでんもゲンタさんを…ま、まさかっ!?」


左様さよう…」


「むむっ、という事は…」


 僕の預かり知らぬところで二人の食通が小芝居じみたやりとりをしている。


「私も美食を追い求めている事はご承知のはず…、すなわちグルメアソシエーション…」


「グ…グルメアソシエーション…や、やはり…。ザンユウ殿、貴殿の追い求める美食の極地…それに賛同した料理人たちが集まるというグルメアソシエーション…。それは単に調理の技術だけでなく、皿は言うに及ばずナイフやフォークなどの食器類カトラリーに至るまで吟味するとか…。食をただ空腹を満たすだけの行為としてではなく、その一瞬をまさに絵画のように彩る…。その為には自らが土をね皿を焼く事も珍しくはない…」


「左様…、ただ美味いものを食べる訳にあらず…。目で見て心を動かされ、その胸を躍らせ楽しませるのもまた食なのだ。もっとも、その美味い物を作るというのが一番難しいのだがな」


「むむむ…。ザンユウ殿、貴殿にそこまで言わしめるとは…。ゲンタさんには美味いものを用意する以外にも様々なさいがあると?」


「彼には私の知らぬ知識がある…。私はそれが欲しい…、学びたい。それこそが至高の美食へと続く唯一の道のり…」


「それほどまで…。だが、そこまでの人物なら私としても是が非でも迎えたいッ…!!」


 アジノーさんが髪を赤色に染めながら立ち上がる、おそらくその身に火の精霊を宿し闘志を文字通り燃やしているのだろう。ちなみにそのせいだろうか、やたらと部屋の気温が上がっている。ちょっと迷惑な話である。


「ぬううっ、ならば…」


「望むところ…」


 ゆらり…、ザンユウさんも立ち上がった。自然とアジノーさんと対峙するような形になる。二人の着ている日本や中国の着物のようなエルフ族の年配の人がよく着ている民族衣装のような服の印象も相まってオリンピックの柔道の選手が向かい合っているかのような形になる。


「「味対決ッ!!」」


 二人の声が重なった。そのただならぬ雰囲気に思わず僕は隣にいるゴクキョウさんに尋ねた。


「あ、あの…ゴクキョウさん?お二人の言う味対決って…なんですか?」


「ん?おお…、せやな…」


 二人の食通のやりとりを固唾を飲んで見守っていたゴクキョウさんが僕の質問に応じる。


「味対決っちゅうんはな、元々はワイらエルフ族が大きな部族のおさを出迎える時に饗応きょうおうの料理を誰が作るんか決める時にやるもんなんや」


「え、それって僕らで例えると…、そうですね…国王様にお出しする料理を誰が作るかを決める争い…みたいな感じですか?」


「そんな感じやな」


「いやいやいや!それ、マズいでしょう!引き分け以外は勝ち負けが絶対に出ちゃうじゃないですか!そ、それにお二人とも料理界の重鎮なんでしょう?名誉にも関わる事じゃないですか!」


「うん。でもまあ…、大丈夫やろ。普通はこーいう時は弟子の誰かを代わりに出して本人同士はやらへんモンや」


「あ、なるほど。それならご本人の名誉は傷つかない…のかな?」


 完全に…ではないけれどザンユウさんとアジノーさんの名誉に傷がつかないならまだ良いのかなと思っていたら目の前ではさらに意外な事が起こっていた。なんとザンユウさんが羽織のような上着を脱いで付き人のガワナカさんに預けている。


「ふ…、ふふふ…。アジノー殿がみずから声をかけたところに割って入ったのだ。この私みずから出ねばスジが通らぬ…」


 え?ま、まさかザンユウさんが直接出ちゃうの?そんな光景に僕が目を丸くしていると対するアジノーさんもお付きの男性に声をかけているところだった。


「メマル…、あれを…」


 そう言ってお付きのエルフ族にしては珍しい丸顔の男性から何やら受け取るアジノーさん。どうやらそれは僕ら日本人の感覚で言うとたすきのような物だった。上着を脱いだザンユウさんに対し、アジノーさんは上着を脱ぐ事はなく代わりに受け取ったものを襷のように身に着ける。これで長い袖を邪魔にならないようにするのだろう。


「私も引く訳には行かぬでな…、ザンユウ殿がみずから来るというのであらばいなとは言えぬ。全力で立ち向かうのみ…」


 ちょ、ちょっと二人ともやる気マンマンじゃないか!多分、非公式な対決って事になるだろうけどおそらくハッキリと白黒つける事になるだろう。つまり勝者と敗者、そんな二人が誕生してしまう。うわ…、やだよ…僕のせいで重大な事が起こっちゃうなんて。そう思った僕は必死になって声を上げる。


「ちょ、ちょっと待って下さいお二人とも!僕はそんな権威あるところに迎えていただけるような者ではありません。たまたま手に入った物がお二人の好みに合ったと思うんです。それに僕はまだまだ経験の足らぬ若造であり、本業は商人あきんどです。とてもお二方のお眼鏡にかなうとは…」


 すううっ!!


 僕は音が出るほど思いっきり素早く息を吸った。次の言葉を矢継ぎばやに言う為、そして二人から待ったがかかる前に二の句を継ぐ為に。


「それに僕は今、ありがたい事にゴクキョウさんにお店を貸してもらって…さらには娘さんのチナーシェ店長にもお世話になっています。僕に期待をしていただいて品物を売る場所を…、そして後ろ盾にも…。そうしていただいているのにまたお二人のところにもお世話になるなんて事になったらきっとお店がおろそかになってしまいます。それは商人の本分としても、お世話になっているゴクキョウさんとチナーシェさんにもしてはいけない事です。なので申し訳ありませんが…」


「むうう…」


「うむむ…」


 ザンユウさんとアジノーさんが口ごもる、言いたい事はあるが僕が主張をひるがえすほどの言葉が浮かばないのだろう。そんなザンユウさんが少し間をおいてようやく口を開いた。


「…撤回しよう。そうまで言われては引き下がる他にあるまい」


 そう言ってザンユウさんはどっかりとベンチに座った、すかさず付き人のガワナカさんが上着を着せる。一方のアジノーさんもまた襷のようなものを外し付き人のメマルさんに手渡し同じように座った。


「私も同じく…。ゲンタさんを誘うのは諦めよう。確かにスジが通っていなかった…」


「お二人とも…」


 僕は思わず呟くがその後が出てこない。そんな僕を見ながらザンユウさんが再び口を開いた。


「誘うのは諦めたが…、学ぶのを諦めた訳ではないぞ」


「え?そ、それはどういう…?」


「学ぶのは一人でも出来るという事だ。店の主人あるじとしてそなたが扱う品は新しい美食の扉を開けてくれる。ならばそこから学んでいくとしよう。…今はな」


 え?最後のあたりで気になる事を言ったぞ。


「それはこちらも…。幸いな事に私とゆかりある者がこの町にいるというのもある。これを機に私もこの町に足を運ぶ事を増やしていこう」


「え、あの…。そ、そうだ!そもそも僕は今回、出来上がったブルーベリーのジャムを味見をしてもらって売れるかどうかの…言わばお墨付きみたいなものが欲しくて」


「おお、そうであったな!ならば、このジャムはこのアジノーみずから買わせてもらおうかな。やはり一口食べただけで身体中に精霊が駆け巡るような衝撃は…」


「いや、それはこのザンユウとて同じ事!」


 二人の食通の視線がぶつかり合う。


「むっ、ならば…」


「味対決のを…」


「あああ!ストップ、ストップです!」


 再び始まりそうな二人の争いに僕は割って入ったのだった。

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