第691話 子爵領守備隊(ミーンズ・ガード)が来るぞ!!
ザッザッザッザッ…!!
緑色系統の迷彩柄ズボンとカーキ色のTシャツを着た男たちが隊列を組んでランニングをしている。手には攻城戦、あるいは防衛戦の際の足を止めて放つような大型の弩を抱えている。そんな中、一人の男が大きな掛け声をかけ始めた。ファミコという名のこの集団のリーダー格の男である。
「子爵領守備隊がくーるぞッ!!」
「「「「みーんず・がーどがくーるぞっ!!」」」」
最初の男の掛け声に他の男たちが勇ましい声を揃えて上げながら応じる、そこにもう一人のリーダー格のオーズという男が声を張り上げる。
「俺たちゃどえらい防衛隊ッ!!」
「「「「おれたちゃどえらいぼーえーたいっ!!」」」」
そしてすぐにピタッと足を止め重量挙げのように大きな弩を頭上に持ち上げた。そしてそのまま深く膝を曲げて腰を低く落とす、いわゆるヒンズー・スクワットである。
「「「「鍛え上げるッ!!鍛え上げるッ!!」」」」
繰り返されるスクワット、その際にも一糸乱れぬ動き。貧弱な動きをする者は誰ひとりとしていない、強靭な肉体の持ち主である事が分かる。
「「「「鍛え上げるッ!!鍛え上げるッ!!」」」」
今度は片手だけを使った腕立て伏せをしたり、素早く立ったり伏せたりの肉体を酷使する動きを繰り返す。そして一定回数を行うとまた隊列を組んでまたすぐにランニングに移行する。
「町のみんなにゃ内緒だぞーッ!!」
「「「「まーちのみんなにゃないしょだぞーっ!!」」」」
ザッザッザッザッ…!!
駆け足をしている集団が遠ざかっていく。
「うーむ…、なんというか…、変わった軍事調練であるな…」
目の前で行われていた出来事を見ていた奥方様が声を洩らした。
「ですが、良い鍛錬になりそうです。ただ、あれをいきなりやれという事になったら今の我らで何人がやり遂げられるか…」
そばに控えるナタダ子爵領の戦力を統括するスネイルさんが筆頭騎士爵としての意見を述べている。
「それほどか…。むむう…ゲンタよ、そなたは商いや政に妾たちが知らぬ見識があると思うていたが…。よもや軍事まで心得があるとは…」
「いえ…」
奥方様の言葉に僕は軽い否定の意を伝える。
「あれは私が全てを伝えた訳ではございませぬ。私が彼らに伝えたのはあの調練のもっと初歩的な事、そしてこの地で生き延びる事にございまする」
「生き延びる…とな?」
奥方様は僕が何を言っているのかという事に興味を持ったようだ。そこで僕はそのあたりの狙いについて話していく。
「はい。ご存知の通りこのケシタの地は日によっては山肌の雪が吹き下ろしてくる荒地…、草もろくに生えない地で生き延びる…これはなかなかに大変…。それを毎日する事で肉体だけでなく心も鍛え上げる狙いにございます」
「ふむう…」
「さらには彼らに支給するのは保存の利く固パンと塩のみ…」
「なんと…!?それでは体が痩せ細ってしまうではないか?それではいざという時に物の役に立たぬ!」
奥方様の言い分はごもっとも、固パンとは煎餅のように平たく固い食べ物だ。固すぎるので普通はそのままでは食べず、湯などに入れて柔らかくして食べる。
「それにつきましては………、おや?」
ケシタの高地、その外周部を駆けていた緑色の集団。その彼らの動きが止まっている。よく見ればファミコが無言で片手を上げ全体に止まれの意思を伝えたようだ。
「なんじゃ?足をを止めておる…」
「何かあったか?」
奥方様、そしてスネイルさんがどうしたんだとばかりにそちらを見ている。そうしているとファミコは上げていた手を握り人差し指一本だけを立てスーッとゆっくり静かに右の方に向けた。それを受けて子爵領守備隊で一番の巨漢、ビグザドズールが地面にあった握り拳ほどもある石を拾い上げた。
「あ…、もしかすると…」
彼らが体を鍛える光景を何度か見ていた僕にはピンと来るものがあった。
「奥方様、彼らが食べるのはパンと塩のみにあらず。その答えをどうやら彼ら自身が示してくれるようです」
「答えじゃと?」
そう言っている間に動きがある、ビグザドズールは手にした石を思い切り遠くへと投げる。
「何じゃ?石など投げて…」
「あの先にはアルプー連峰の間に水が溜まった場所にございまする。おそらくは…」
ここからではよく見えないが大きな水場がある、わずかにボチャンと音がすると次の瞬間…。
「あっ…」
水鳥が一斉に飛び立ったようだ。四方八方、算を乱して我先にと高く舞った鳥のうち手近な方向に来た鳥たちを…。
「放てェ!!」
ファミコの声が響く、石を投げたビグザドズール以外の全員が弩を一斉射撃する。矢は次々と水鳥に当たり撃ち落としていく。
「あ、あの重く大きな弩を自在に…」
スネイルさんが感嘆したように呟く。
「彼らはああして鳥などを狩る時がございます。それを糧食の足しに致します、肉も食べる事であの強い肉体を維持してございます」
その間にも守備隊の面々は次の矢を弩に装填し油断なく構える、そしてファミコが声を上げる。
「よーし、何人かで鳥を回収してこい!ついでに水袋も持って行け!水場で汲んでおくんだ!残りの者は鍛錬を続ける!」
「ハッ!!」
そして彼らは二手になり行動を開始する。
「なんと…」
それを見て奥方様が言葉を失っている。一方で守備隊の面々は掛け声を上げて走り出している。歌で言えば二番目、隊員の名を呼び合い連帯感を出していく場面だ。
ザッザッザッザッ…!!
「「「「ファミコとオーズがくーるぞっ!!!」」」」