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第690話 カグヤの兵士


 催しが終わり参加者や観衆は町へと帰っていく。静けさが戻ったケシタの地で僕と奥方様は向き合っていた。


「ゲンタよ、第一回の試験的な試みゆえどうなるものかと思ったが…。単純に見えてこれだけ見る者たちを惹きつけるとはな」


 観戦をしていた奥方様が呟く。


「ごまかしの効かないものだからにございましょう。足の速さも力の強さも持って生まれた才能と鍛え上げる努力があってこそにございます。その人たちが死力を尽くして超えらるか分からぬ厳しい試練に挑む…、観衆はそれを我が事のように手に汗を握り目を見張りまする。しかしその試練が児戯じぎのごときものなら人は心打たれませぬ、並の者では果たせぬものなればこそ人は憧れ喝采かっさいを上げるのでございます」


「なるほどのう…」


「そして、もうひとつ…」


「むう?」


 奥方様がわずかに目を見開いた。


「ここで活躍出来るのならば…、素晴らしい身体能力の持ち主という事になりまする。何回か参加し安定した成績を残すのであらばいずれ兵士として取り立ててみては…?もちろん人柄を見定めた上で…」


「なるほど…、催しとしてだけでなく登用の為のふるいをかけるという訳か…」


「ご明察にございます」


「ふ、ふ、ふ…。登用の門戸を広げるとあらばその中から兵士を一人や二人取らねばならぬ…、しかも一度だけの目利きでな。されどこれならば何回か目利きの機会を得られる…。だが、これでは体の強さは知る事が出来るが槍を取って戦えるか…、武辺の者かは分からぬが…」


「そのなれば…。私が考えている兵は槍を振るうだけではなく…。しかし、申し訳ございません。それを説明するのに実際に兵を揃えられれば良いのですが…」


「む…。確かに新たに兵を集めるのはまだ先じゃし、我が領の兵もここにけるだけの余裕はない…。そなたの考える兵とはいかなるものか見てみたいものだが…」


「はい…、申し訳ございません。ご期待だけさせてしまって…」


 僕は奥方様に頭を下げた、その時だった。


 ふわり…。


 目の前に小さな人影が浮かんだ、その人物がクスリと笑う。


「カグヤ…」


(兵士なら…いるよ…)


「え?」


「いかがした?ゲンタよ」


 奥方様が問いかけてくる。


「い、いえ…。なんでもカグヤに兵士の心当たりがあるようで…」


「ほう…?」


 僕と奥方様の視線がカグヤに重なった。するとカグヤは宙にふわりふわりと浮かびながら両手のひらを地面に向けた。そこは吹き下ろすアルプー連峰からの冷たい風と火山灰混じりの堅い土の地肌。草もまばらな不毛の土地…、それだけのはずだった。だが、そんな不毛の大地にちょっとした池くらいの大きさの真っ黒いシミのようなものが広がっていく…。


「こ、これは…」


「何事じゃ…?」


 いったい何が始まるのかと僕と奥方様は驚き、筆頭騎士のスネイルさんは剣の柄に手をかけて駆け寄ってくる。


「…ウアアァ…」


「オオ…ォォ…ン」


 奇怪きっかいな人の声が聞こえてくる、まるで地の底から這い出てこようとしている亡者のような…。苦しみもがき、聞いた者の腹の中をギュッと掴んできそうなおぞましい声だった。そしてその声がだんだんと大きくなってくる…。


 ぼこっ、ぼこっ…。


 地面に広がる黒いシミに粘っこいアブクのようなものが浮かぶ、まるで重油の海に溺れている人が吐き出した息のようだ。そんな中でも気味の悪い声が響き続けだんだん大きく、そして近づいてくる。


「ヴァアア…アガガ…」


「ヴォオオ…ォォウウ…」


 地面に広がる黒い何かから何かが浮かび上がる、溺れた人が酸素を求めて水面上に手を伸ばすかのように…。その浮かび上がってきているのが人のようだと確信した時には聞こえてくる声がこの人たちが上げているものということが分かった。おそらくこれはカグヤの闇の力…、影の中に取り込んでいだのだろうか?


 そしてその姿が完全に地表に現れると地面に広がっていた黒いシミが消えた、同時に正体が分からなかった声の主が明らかになる。どこかで聞いたような声…、そう思って現れた人たちを見ると見覚えのある奴らだった。武器こそ手にしてはいないがその身に鎧を付けている。まるで海で溺れているかのようもがき苦しみながら不気味な声をあげているこの連中に僕は見覚えがあった。


「あっ、こいつらはあのペドフィリー前侯爵の配下たち!帰り道に襲撃してきた奴らですよ!!(第647話参照)」


「なに!?まことか、ゲンタ!」


 驚きつつも問いかけてくる奥方様に僕は『はい』と応じた、そしてそんな僕の名を呼んだ奥方様の声に男たちが反応した。


「ゲン…タ…?」


 のそ…。


 僕の名を呟きながら男たちがこちらを向いた、もがき苦しむのをやめて不気味な声もピタリと収まる。そんな連中は視界に僕を捉えると全員が両膝を地面につき、何かの儀式かと思うほどにまっすぐに背を伸ばすと一斉に口を開いた。


「「「「ゲンタ〜様はァ〜、世界イチィィ〜……!!我らがァ…忠誠をォォ…お受けされたしィィ…」」」」


「…………えッ?」


「こ、これはどうした事じゃ!?襲いかかってきたやから何故なにゆえゲンタに忠誠を誓う?」


 奥方様の言い分はごもっとも、僕の命さえ狙ってきた奴らがなぜそんな事を突然言い出したのか…?そんな風に思っていると耳元でクスッと笑うカグヤの心の声が聞こえてきた。


(こいつらをね…、深い…深い…闇の底で反省させたんだよ…。それと…ちょっといじってみた…)


「いじってみた…?い、いったい何を…」


(くすっ…。ゲンタに絶対服従するように…頭の中を…)


「そ、それって洗のu…」


(ふふ…、大丈夫…。ちょっとだけ…、ちょっとだけだから…。本当なら…生かしておかなくてもよかったんだよ…、ゲンタを殺そうとしたんだから…。だけど…)


 カグヤはそこで小さく言葉を切った、小さく浮かべていた笑みを消すと真顔になって再び語りかけてくる。


(きっとゲンタはそれを望まない…、だったら二度とそんな気を起こさないように頭の中をいじれば良いだけ…)


「だ、だけど…」


(大丈夫…、いじったのはそれだけだよ…。我に返れば元通りの頭に戻る…、ゲンタに服従する時以外は…ね…)


 たしかに以前に僕を襲ってきたこいつらの目には意思の光の無い…いや、盲目的な信仰者のような目をしながら僕を見つめている。だけど、その連中が僕に忠誠を向けるだって?モネ様を狙って…、それがかなわないと知るとその場にいたシルフィさんを攫おうとした。そんな奴らを信じる事なんて…、それに僕に忠誠を向けられても困る。僕はあくまでもこの町で物を売る商人、この領を治めているのは…。


「僕に忠誠を向けられても…、それにこの領を治めているのはナタダ子爵家だよ。忠誠を向けるべきは僕ではないよ…」


「…よう申した、ゲンタよ。いきなり忠誠を…と言われると舞い上がってしまう者も決して少なくない。よくぞ冷静さを…、さすが我が娘の婿むこにと欲した男子おのこじゃ」


「「「「ゲンタ〜様をォ〜、婿むこォに…迎えるゥゥ…!!それすなわちィィ…我らがァ…国母にあらせられるゥゥ〜!国母様ァ〜、我らがァ…忠誠をォォ…お受けされたしィィ…」」」」


 居並ぶペドフィリー侯爵家に属する騎士か兵士かは知らないけど連中が今度は奥方様に呼びかけている。


「むむ…」


 連中の視線が自身に及び一瞬だけ思案顔をした奥方様、しかしすぐに口を開いた。


「こやつらの言い分を受けてやってくれぬか、ゲンタよ」


「ど、どういう意味にございますか、奥方様?」


 言葉の真意が分からず僕は問いかけた。


「先日…、そなたがエルフの里に向かう日の朝の事を覚えておるか?」


「は、はい。出発前に前侯爵が手勢を連れて襲ってきた時の事にございますね」


「うむ。あの時、奴め…そなただけでなく知らなかったとはいえ農夫姿をしておったミトミツク前公殿下にまで刃を向けおった。殿下と知って自分は知らぬ、配下が勝手にやった事と言い張りおったばかりか口封じまでしようとしおった(第650話参照)」


「はい、そうでした」


「あの時、殿下はお忍びで来たゆえ大事にはせぬとおっしゃられたが刃を向けた事はまぎれもない事実じゃ。この者どもはその前夜に捕らえられ殿下に刃を向けた訳ではないが我が領で狼藉を働こうとしたのは事実…。侯爵領の者どもや世間からすれば前侯爵にくっついていた手勢には変わらぬ、いつ殿下を害したてまつろうとした奴らだと難癖つけられるか分からぬ連中を家中に置いておきたいと思うか?」


「あ…」


 こうという立場は建前上は王と同格という事らしい、隠居したとはいえミトミツク様はその立場にあった御方だ。さらには先先代の王様の実弟じゃなかったっけ?そんな方を襲った…、反乱分子と思われたって仕方がない。


「おそらく…、その者ども…戻っても国許くにもとに居場所はないであろう。むしろ…そなたの下にいる方が幸せかも知れぬ…。下手に戻っても討たれるだけやも知れぬ…」


「なんて事だ…、悪い事とはいえ主の命令に従っただけだというのに…。その本人には何のお咎めも無いのに…」


 僕はペドフィリー前侯爵の醜悪な顔が思い浮かんだ。


「…そうじゃの。…だが、あやつめも領に戻ったとてもはや好き勝手には振る舞えぬであろうよ。羽目を外し過ぎて目につけばいつ前公殿下を害そうとした事を蒸し返されるか分からぬだろうからのう」


「それはそうでしょうけれども…」


「それよりも…」


 奥方様が僕に顔を近づけ扇で口元を隠しながら小声で囁くように言った。誰にも聞かれたくない…、その形の良い唇の動きを覗き見られて何を言ったか悟られたくない…そんな話をするつもりなのだろう。


「ゲンタよ…、我が屋敷に牢があるのは知っておるか?」


「牢が…?いえ、知りませぬ」


「実は前公殿下に刃を向けし者ども…、そこにつないでおるのじゃが扱いに困っておってのう」


「は、はあ…」


 奥方様は何を言いたいんだろう、僕がそう思っていると…。


「捕らえておくにも食わせる為には金がかかる、かと言って刑に処しても何も得るものがない…。そこで…、じゃ」


 すっ…。


 奥方様がさらに顔を寄せひそひそ話をするように声を潜める、その吐息が僕の耳元をくすぐった。


「近々、牢破りがあるやも知れんのう…?されど、その行方を探す余裕は我が領にはない…。ましてや遠方の…、ペドフィリー侯爵家がわざわざその行方を探すであろうか…?手間暇をかけ、他領にまで…。我が領にて捕らえられた後の事は知らぬ、侯爵家とはとうに縁を切った関係なき者たちじゃと言うであろうなあ…」


 なるほど…、それならば…と僕も頭を働かせる。


「なるほど、なるほど…。では…、その牢破り…どこぞの大貴族家が手引きしたものだと暗に噂を広めては…。ミトミツク様は慈悲深き御方ゆえ厳罰までは望んではいなかった、しかしどこぞの侯爵家にとっては都合の悪い事があったのか、手の者を放って牢破りをさせた…」


「ふっ…、くくっ。ゲンタよ、妾は別に侯爵家とは言うてはおらぬではないか?あくまでも…とある大貴族じゃ…」


「おや…、申し訳ございませぬ。私は庶民ゆえ醜聞スキャンダルというのを好みますゆえ…」


 忍び笑いをしながら僕と奥方様はそんな話をした。そしてその数日後…、ミトミツク様を襲撃した元ペドフィリー侯爵家の騎士や兵士の姿が子爵邸内の牢から姿を消したという。その牢には外部から侵入し牢を開け人を連れ出した痕跡が残っていた…、そんな噂が町中に…さらには商取引などでミーンを訪れていた者たちにあっと言う間に広まっていったという…。


 次回予告…!!


 カグヤの力により洗脳…、ではなく過去を悔い改めゲンタに忠誠を誓ったペドフィリー侯爵家所族だった騎士や兵士たち。内密にケシタの地に送られた彼らはそこで新たな生活を始めた。


 すなわち、ミーンの北…ミーンの地を守る者としての日々である。それがしばらく経った頃…、ゲンタと子爵夫人ラ・フォンティーヌはケシタへと視察へと赴くのであった。


 次回、異世界産物記。


 『子爵領守備隊ミーンズ・ガードが来るぞ!!』


 お楽しみに!

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