第689話 風雲!?ケシタ城壁?
アルプー連峰から一年中吹き下ろす冷たい風と火山灰が混じる荒く堅い土質により不毛の地と言われるケシタ。そのケシタを何かに使えないかと奥方様に言われた僕はイベント会場として、さらには…これは先の話になるけどそびえ立つアルプー連峰の山肌を貫き北の地へと大トンネルを掘る事を提案した。
そうすれば山を隔てた向こう側、海を隔てた大陸からの物産により栄えるという北の良港の町とほぼ直線的につながる。しかも連峰を貫く大トンネルの傾斜の角度をうまく考慮してやれば利用者はとんでもない事になるだろう。何しろ連峰のあちら側とこちらは絶対的な壁とも言える山々によって遮断されているのだ、行き来するにはこのアルプー連峰を東西どちらかから大きく迂回しなければならない。
しかし、迂回したにしてもその道のりは遠回りと山々が途切れた谷間の道を行くもの。しかもその道もまた山道には他ならない、起伏が多く道幅も狭い難所続きだという。そんな遠回りで難所だらけの道を行くよりトンネルが出来ればみんなこちらを使うだろう。そうすればミーン経由で王都や商都という大都市まで十日もかからない。通行料を払いたくなければ従来の道を…、道の安全と早さを求めるならばこの大トンネルを使うだろう。
そうすれば人や物がミーンに集まりお金もまたチャリンチャリンとミーンに落ちる。だが、これはトンネルを通す事により山奥のミーンが大きく発展するチャンスとなるか同時に羽振りの良い他領からこのナタダ子爵領が狙われる事になるかも知れない。
その為にケシタにはもうひとつの顔を持たせる事にした。寒く厳しいケシタを精兵を作り出す訓練地として…、それと堅く締まった土質を利用して石を積み上げ城壁や塔を作らなくても堅守を誇る土の城砦として…。そうすれば石壁や防御塔を作らなくても良い、この異世界ではどうやら土が剥き出しの城というのは無いらしいから城を持つ事を許されていない子爵でも問題は無い。
だけど実際にここを訓練地や城砦にするにはそれなりの準備が要る。その為、まずは表の顔…イベント会場としてのケシタを始める事にした。
………………。
………。
…。
『風雲!?ケシタ城壁!?完全攻略者には賞金として金貨十枚(日本円にして百万円相当)!!』
こんなうたい文句で僕はケシタの地でイベントを開催してみた、あくまでもお試しとして…。しかし、思った以上に人が集まり活況を呈している。ちなみに賞金は金貨十枚。他にもお忍びで子爵夫人ラ・フォンティーヌ様も見に来ていたりする、密かに大イベントとなっていた。
ばしゃあああぁーーんっ!!
派手な水音が立った、
「ああーっと、何があった!?何があったのかァァ!?順調にクリアしていくと思われたミーンの川船頭を生業としているガナン選手、足を取られたかァァ!!水濠に落ちてしまったのでここ第一関門で失格ゥゥッ!!」
ああああー!!
観客のため息が会場を包んだ。
町から北に少し離れたケシタの地、そこに作った日本でも人気のスポーツエンターテイメント番組を参考に作った障害コースである。制限時間に間に合わなかったり、途中で堅い地面に打ち付けられては危ないので水を張った場所に落ちたら即失格のアスレチック的な難コースである。しかも本家のものよりもはるかに難度を上げたようにしてある、もちろんそれは冒険者や獣人の皆さんのような本家の挑戦者たちより身体能力に優れた人たちが挑戦するのがが予想されたからである。
「くっそぉ!!フッと気を抜いたわずかなスキをつかれた!!これ考えたヤツ、ぜってぇ鬼畜だろ!!」
「急流の上り下り、不安定な船の足場で鍛えた均衡感覚ッ、その絶対の自信に足を掬われたかあァァッ!?」
水の中に落ち残念ながら失格となってしまったガナンさんが水濠から這い上がりながら叫んでいる。彼は野山を駆け獣を仕留めてくるのを生業にしている狩人だとか…、その俊敏な動きは第一関門を突破すると思われたのだが失格となってしまった。もしかすると油断があったのかも知れない。
ヴゥーッ!!ヴゥーッ!!
そうこうしている間に激しい警報音のような音が鳴った、これは時間切れが間近に迫っている時の音だ。見れば上半身裸の筋骨隆々の男性が焦りながら高くそびえ立つ傾斜の付いた城壁を模したものに悪戦苦闘している。先程のガナンさんよりも先に進み残すは最終の障害を残すのみ…!クリアか、達成か!?迫るタイムリミットと死力を尽くして城壁を越えようとするその様子を実況の男性が熱く熱く熱弁する。
「鍛え上げられたその肉体ッ!!その指先だけでも城壁の縁にかかれば誰しも分かるその腕力で引き上げる事は容易いはずッ!!だが、しかしその指先がかからないッ!」
だっだっだっだっ、ばあぁぁんっ!!
何回目だろうか、半裸の男性が助走をつけて大きく跳ぶ!しかし、必死に真上に伸ばした手が城壁にかかる事はない。わずかに跳躍力が足りないのだ、反り立つ城壁は男性をあざ笑うかのようにその挑戦を何度も退ける。
ヴゥーッ!!ヴゥーッ!!
警報音はなり続ける。
「ここまでかッ…、ここまでなのかッ!?鍛え上げられた上腕二頭筋の真価を見せる事なく散ってしまうのか!!ここさえ越えれば第一関門は突破だというのにィィッ!!そして最後の挑戦者たる彼が失敗するという事は今回だれも突破できない事を意味するーッ!!頑張れ…、頑張ってくれマヤダ!!その肉体を今一度、前進の為に動かしてくれ!!」
がんばれー!負けるなー!もう少しだー!観客たちからも大きな声援が飛ぶ。
ヴゥーッ!!ぱぁんっ!!
箱根駅伝などで鳴る無情の繰り上げスタートの時のような発砲音が響いた。
「ああーッ!!!ここでタイムアップ…。鳴り響くのは無情の音かァ…、はたまた挑戦者の無念を知らせるものか…。いずれにせよここでリタイア…、最終挑戦者のマヤダはただ茫然ッ!城壁の前で立ち尽くし打ちひしがれております!」
筋骨隆々のマヤダさんの背中が寂しく立ち尽くす、その姿は妙に小さく見えた。そんな彼に実況役から声がかかる。
「マヤダさん、無念の城壁越えならず…。いかがですか、今の心境は…?」
「…はい。障害をこの腕…、この力で乗り越えていければと思っていたんですが…。速さや踏み切りなどまだまだ鍛錬が不足していました…」
「第二回…、第二回の催しがあれば…また挑戦したいと思いますかッ!?」
「挑戦させて下さいッ!!」
間髪入れず、マヤダさんが吠えるように言った。
「俺には…、俺にはケシタしか無いんですよ。だからまた…、こんどはこのケシタを…難攻不落のケシタを攻略させて下さいッ!!」
「分かりました!次回、またやりましょう!その時には…、この難攻不落ッ…。風雲急を告げるケシタ砦を見事攻略して下さいッ!実況は私、フルダッチ・イッツァ・ロゥがお伝えいたしました!皆様、お疲れ様でした!」
わああああっ!!
観客からも熱い声援と拍手が鳴る。今回、試しにやってみたスポーツエンターテイメント番組的な催しは思った以上に上手くいった。そしてこれが長い間、ミーンの皆さんに愛されるイベントになるのだった。
次回予告!
ケシタの地を活用する方法に目処は立った。しかし、その為にはこの地を守る兵士が必要である。
しかしながらナタダ子爵領の兵員にここに回せるだけの余裕はない。そんな時、カグヤがゲンタの目の前に浮かぶ。クスリと笑いながら彼女は言う。
「兵士なら…、いるよ…」
次回、異世界産物記。
『カグヤの兵士』
お楽しみに。