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第687話 土の中を往く道


 今回の土の城、イメージは茨城県にある小幡城です。


 石垣や城郭が残る城も良いですが当時の姿がそのまま残る実用そのものといった土の城もまた味わい深いと思います。


 実際に歩いてみると土の壁に視界が閉ざされて周囲の方向感覚も失うし、ここで射掛けられたらすぐに「ああ、もう三回は死んでるな」と思いました。


 歴史好き、城好きな方、見に行って損はしないと思いますので是非。個人的なおすすめです。


「僕はケシタを…。強兵が籠る城砦じょうさいのような地にしたいのです」


「強兵が籠る城砦…じゃと…?」


「はい。…おっと、間違えました。城砦のような地にございまする」


 僕はケシタの地を城砦にする事をやんわりと否定した、実際はどうあれあくまでもこれは城ではないというスタンスである。そして僕は言葉を続ける。


「畏れながらナタダ家は子爵位…」


「そうじゃな…、ゆえに城は持てぬ」


 僕の言葉に奥方様が応じる。ここ異世界…、中世ヨーロッパ風世界のここでは厳然たる身分制度があるという。そしてそれは貴族間であってもである。その貴族間の爵位の高低はその貴族家の本拠や住まいにも反映される。すなわち城を持つ事が出来るのは伯爵以上の爵位にある者のみ、子爵以下は館に限られる。城ではなく館、しかしそれとて良い方であるとか…。地方の村とも言えないような領地に封じられた男爵などは館というより村人の住まいよりは大きく立派だといったくらいの家屋に住む者もいるという。


 しかし、それは無理からぬ事…。大きな屋敷はそれだけで維持管理に手間と金を食うものだ。それが城ともなればなおさらだ。日本の城で言うところの石垣や城壁ともいうべき環状囲壁かんじょういへきやぐらや物見台の役目をする塔など高い防御力を誇るがメンテナンスは不可欠だ。日本の感覚で言えば一国一城の主といった伯爵よりも小規模な領を預かる子爵では城を維持するにも大きな負担になる。


 そしてもうひとつ、伯爵よりも数が多い子爵家が仮に王家に反意はんいを持ったとなれば当然その城は反乱の拠点となる。そんな本拠地が館と城では防御力に格段の差がある、その為に城がいくつもあっては万が一にも反乱が起これば多数の拠点を攻め落とさねばならない。そこで日本の一国一城令ではないが重要拠点を治める伯爵位以上の貴族にのみ城を持つ事を許したという訳だ。


 そうすれば城持ちの伯爵以上の貴族が反乱を起こしても防御に優れた城はその貴族が住まう本拠地のみ…、だが本拠地がいくら堅く守られていても領地全てが城に囲われている訳ではない。農地や鉱山などが奪われれば食料や資源が絶たれ、また周囲で味方する麾下や寄子の下位にある貴族領が攻め落とされれば本拠地だけが孤立する事になる。


「作物が育たぬ理由は先程お話いたしました通り…、火山がもたらした灰が混じりし堅い土質と常に吹き下ろす真冬のような風…。つまりケシタは草木もロクに生えぬ荒涼とした地という事になりまする、その地で普段から過ごし体を鍛えれば心身がとても頑強タフな精兵の誕生とはなりませぬか?」


「ふむう…。スネイル、どうじゃ?」


 奥方様が騎士であるスネイルさんに意見を求めた。騎士は武器を振るう武人であると同時に戦場では兵士を指揮する指揮官でもある、いわば軍事の専門家だ。そのプロの目線で僕のアイデアが理にかなったものか問いかけている。


「確かに…。この草木もロクに生えぬ地で駐屯できるならばそれだけでも調練とはなりましょう、されど…」


「されど…?何か気がかりがあるのか?」


「はっ、ひとつ…。いや、ふたつほど…」


「申せ」


 スネイルさんが持ったふたつあるという気になる点、それを話してみよと奥方様が促す。


「では…。ひとつ、ゲンタ殿はこの地を城砦にすると言われたがそれはいかようなる手段にて作り、どのような姿となるのでありましょうか?」


「どういう事か?」


「城砦とは難攻不落、守りの為にある火水についえぬものにございます。その為にはまずこの地をグルリと石を積み上げ囲壁いへきとせねばなりませぬ。その石積みをする為の労力…、またそれをどこから集めるかが気になり申す。それとそんな物を作れば子爵領でありながら城を築こうとしていると謀反むほんを疑われましょう」


「ゲンタ、どうか?」


 スネイルさんの指摘に奥方様が僕に回答を求めた。


「お答えいたします。まず、石による囲壁は築きませぬ」


「ぬっ?それではこの地をどうなさる?城壁となるものが無ければこの地はただ周りと比べて高い位置にあるというに過ぎませぬ、それでも同じ高さにいるよりは良いでしょうが…。いや、壁となるものがなく木々も無いなら身を隠す場所がありませぬ。兵たちが飛んでくる投石や弓矢に身を晒す事になる」


 スネイルさんが懸念を口にした。


「ご懸念はごもっともにございます。ですが、やはり石による城壁は設けませぬ。それではやはり城を設ける気かと言われた時、返す言葉がございませぬ」


「では土塁でも積み上げ壁となされるか?」


「それも致しませぬ。逆に土を掘るのでございます」


「な、何ッ!?ほ、掘ってどうなさる!?壁にならんのでは…」


「グラ、あれを」


 僕がそう言うとグラがジオラマにしている舌状台地…、ケシタの外周部に溝を掘っていく。その位置は日本人的な感覚で言えばその断面は凹凸おうとつの『おう』といったところか。


「こ、これは…、そうか…」


「はい、外側の土の高さをそのまま使い内側は掘り下げまする。さすれば…」


「低くした所に身を置けばさながら城壁の内側にいるのと同じ、これで敵の射手から丸見えになる危険は減る…。だ、だが、しかし…敵が力攻め…、犠牲をいとわぬ突入に対しては厳しいのでは…。こちらが射た矢を盾をかざしてくぐり抜け切り込んでこられたら…」


「なるほど…。突撃による正面突破からの白兵戦…、その戦術を敵が敢行したら…スネイルさんはそれが気になる訳ですね」


「う、うむ…」


「それにはこう対応いたします。グラ、回廊を…」


 グラが再び溝を掘る。先程の外周部よりもはるかに深く、そして90度の直角状のカクカクとした曲がり角をいくつも施した迷路のような通路を作った。さらに行き止まり…、袋小路のような場所もたくさん作った。迷い込んだら簡単には抜け出せないだろう。


「こ、これは…。こんな複雑な通路を…、しかも高所とこの掘り下げた通路は絶対的な高低差がある…。ここしか敵が入って来れぬとすれば…。周りが見渡せず方向感覚は麻痺し自分が今どこにいるのかこれでは分からぬ、しかも上から弓矢か投石を食らえば敵にはそのまま死地となる…」


「おまけにケシタは火山灰が混じり冷えた粘土のような堅い土質、石を積まなくとも頑丈な…それこそ城壁のような堅さを誇ります。平時にはこの低き溝の底を通路として行き来するのに使いまする、行き止まりに至る通路の入り口はフタをして通れぬようにすればミーンとアルプー連峰までは高低差の少ない一本道…」


「アルプーまで一本道じゃと?ゲンタよ、そなたは何を考えておる?」


 奥方様が怪訝な顔をした。それもそのはず、アルプーの山々はとても高く険しい山々だ。そこまでの一本道ができたとして一体何に使うのだとその瞳が問いかけていた。絶対的な行き止まり…、そんな壁のようなアルプーまで道を作ってどうするんだと…。


「お答えいたします、奥方様」


 僕は奥方様に向き直り姿勢を正した、それは公式の発言や言上をする際にとる格好である。


「すぐ…、という訳ではありませぬがこのケシタを通る道の行く先ははるか北…、アルプーの向こうにございます」

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