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第685話 奥方様にジオラマで説明


 地名について。


 ミーン北方の山々…アルプー連峰、イメージは日本アルプス。


 ケシタの地を実際に訪れてから二日後、僕はナタダ子爵邸を訪問した。もちろんきちんとアポイントメントを取った上での訪問である、目的はケシタの地についての僕なりに考えた方法についてだ。そして面会の場所はナタダ子爵邸の馬場(馬を運動させたり、乗馬の練習をする為の場所)だ、視界が開けているので盗み聞きするのに接近しようにも丸見えだから出来ない。いつもの重要機密を話す際の極めてオープンな密談場所である。


 その馬場にて対面する僕と奥方様、そしてモネ様。近くには筆頭騎士スネイルさんと女官長スカイ・キーンさんがいる。そして僕の横にはシルフィさん。この六人で話をしていく。


「ゲンタよ、よくぞ参った。そなたを見るに何やら自信がありそうな様子、どうやらケシタの地の有効な利用法を思いついたと見えるがどうじゃ?」


 奥方様もやはりケシタの地については気になるのだろう、早速本題に入ってきた。


「有効かは分かりませんが私なりにの地の利用法はないかと考えましたところ、やはり農地には向きませぬ。麦や芋のたぐい、また果樹などを植えようにも土地は痩せ土質は堅く満足に根が張れませぬ。例外としてはランバルーの木が一株ひとかぶだけありました、おそらく樹高の高い木などはあの吹き荒れるアルプー連峰の山々から吹き下ろす風に耐えられず倒れてしまうのでしょう」


「ふむう…、ランバルーの木が一株か…。しかし、それだけでは腹の足しにはなるまい。せいぜい両手の平を満たす程しか量は採れぬのではないか?」


御意ぎょいにございます」


 ここまでは奥方様も想定の範囲内だったのだろう、さして落胆した様子はない。ふむ…と小さく呟くと再び口を開いた。


「では、ゲンタの見識をもってしても農地には向かぬ…という事じゃな。では、次に考えるとすれば職人たちを集め何かを作らせる場所とでもする…、しかしそなたの考えはそれという訳でもなさそうじゃな」


「ご明察にございます。ケシタの地はここから離れておりますれば町から職人が通うのは単なる手間。ましてケシタは小高い丘…いや、小山とでも言いましょうか…。町から物を材料などを運ぶにも登りを要する難儀な地、さらに現地ではたきぎの一本を手に入れるのも難しゅうございます」


「そうであろうな、そのあたりはこれまで彼の地を調べ利用法を考えた者も同じ意見であった。ランバルーの木があったというのは初耳であったがのう。では、そのように農地にも物作りも難しい土地…、そなたならどうする?これまではいかに予算を投じても何も実らぬ不毛の地と呼ばれるケシタは何もせず放置しておく一手であった、しかしそなたは何やら思いついた様子…。モネよ、よく聞いておくのじゃ。まつりごとに難儀は付き物じゃ、しかしそれを克服する為に知恵を絞るのまた政じゃ」


「はい、お母様」


 奥方様の傍らで小さいモネ様が頷いた。


「では、ゲンタ。そなたの話を聞かせてたもれ」


「かしこまりました、奥方様」


 僕の返答に奥方様は頷いた。


「では、話してくりゃれ。そなたの思いついたケシタの地を活用する為の考えを」


「かしこまりました。では、まず出て来てみんな!」


 ポンポンと音を立てて現れるサクヤたち七人の精霊、ちなみに世界樹の精霊であるメセアさんはまだお昼寝の最中なんだろうか、この場には現れていない。多分だけどものすごく長い時間を生きているからちょっとお昼寝という時間は僕たちの何日分にも相当するのかも知れない。


「じゃあ、みんな手筈通りに…」


 僕がそう言うとまず動いたのは土精霊アーシーのグラ、馬場の土を操りケシタの小高い丘やさらにその北方のアルプー連峰の形を作っていく。そしてケシタとアルプーの間に谷間のようなものが出来るとそこに水精霊アクエリアルのセラが水を流し込む、たちまち小さな沼というか湖が出来た。そしてアルプー連峰の上部に氷精霊アイシクルのクリスタが氷を細かく粉末状に砕いたものも振りかけて雪を模し、そこから吹き下ろす連峰下ろしの冷たい風をキリが吹かせた。


「これは…」


 奥方様が呟く。


「精霊たちの力を借りて作った小さく模したケシタの地とその周辺にございます。絵図面などを用意するには時がかかりますゆえ…、さらには小さいとは言えその実際の地形を見ながら私の考えをご説明させていただければと…」


「なるほど…、これなら…」


「実に分かりやすい…」


 スカイ・キーンさんもスネイルさんも声を洩らした。奥方様をはじめとしてここにいる全員がケシタ周辺を模したジオラマを一通り眺めたのを確認すると僕は文具店などで売られている伸縮式の指揮棒を伸ばし説明を開始した。


「さて、まずはこのケシタ周辺の活用についてご説明する前にここミーンも含めた土地についての話から始めさせていただきます。このあたりはかつての強国カイサンリがあった場所の上にあります。山中の小国であったカイサンリですが兵は強く、またたく間に周囲の国々を切り従え一躍大国となりました」


 先日、ここミーンを襲ってきたカイサンリの王であるゲロートポイオス…、暴君ではあったが武略戦略は確かだったようで小国だったカイサンリを強国に押し上げたのは間違いなくヤツだ。その暴虐の父王を討った嫡男ハルノーシンゲンもまた傑物、その版図を大きく広げたという。しかしながら長生きではなかった事が悔やまれ彼の死後、カイサンリは周囲から反攻を受ける事になる。その後を継いだ子も武勇は確かだったがそこに大きな火山噴火という不幸に見舞われる。哀れ強さと栄華を誇った強国カイサンリは大半が火山灰の下に埋もれその歴史に幕を降ろすのだった。


 そして火山灰の積もった堅く耕作に向かない土地が残された。生き残った人々やその子孫たちは農地に向かない火山灰土壌の土地に周囲の地域などから少しずつ土を入れなんとか作物が実る地に改良していった。その中心がミーンの町となり、周囲にも草木が生え森などを形成するまでになった場所もできた。


「しかしながらこのように…」


 僕はジオラマの山頂部分を雪化粧させたアルプー連峰を指揮棒で指した。そのままそれをケシタの地へとスライドさせる。キリの力によって吹かせている風が吹き込み、時には雪を模した氷の粒がケシタ部分に届く事もある。


「北方を扇のようにグルリと取り囲むように位置するアルプーの山々…。そこから吹き下ろす風が雪をも舞わせる事をしながらケシタへと吹き込むのでございます。これは言わば真冬の風…、これではなかなか草木も育ちません」


「また、この火山灰を降らせた火山もまたアルプー連峰の山のひとつだとか…。吹き下ろす風は雪だけでなくその山肌にある火山灰の名残のような物も運びます。しかもそれは周囲の山々からケシタへと目掛けて…」


 僕は周囲の山々からケシタへと風が吹き込むのをより印象付けるように指揮棒を連峰のいくつかの場所からケシタへと動かした。


「むむっ!!これでは取り囲まれた城壁の上から矢を射掛けられるようなものではないか!」


 スネイルさんが騎士らしい発言をする。


「その通りです。しかし、ケシタの地がある事でミーンが得られる利点もございます」


「それは…?それがしにはその利点とやらが皆目かいもく見当がつかぬ」


「では…、もしケシタの小山とも言うべき舌状台地が無くなればどうなると思いますか…?」


「ケシタが無くなれば…?そうなると…ここミーンとケシタはほぼ平坦になり…」


「そう、平坦な地となります。グラ、ケシタの高さを無くして平らにしてみて。すると、どうなるか…」


 スーッ。


 ケシタの地が元の平坦な馬場の土の地面に戻る、ケシタという高地が無くなった事でアルプーを模した連峰から雪を模した氷の粒がそのままケシタの辺りを通過しその南へと届き始める。


「ケシタの小高い丘が無くなる、それはアルプー降ろしの風を受け止めるものが無くなる事を意味します。そうなればどうなりましょう?ケシタの後方にあるのは…」


「あ、ああっ!!」


「ここ…、ミーンか!!」


 スカイ・キーンさんが、そしてスネイルさんが声を洩らした。


「むむ、すなわちケシタはミーンを守る防壁…。無ければ我が領は常に寒風と火山の名残を残す灰混じりの土にさらされるという事か…。あのアルプーの山頂に積もるは万年雪、真夏にあっても融けた事はない…。真冬と変わらぬ風が季節を問わず常に吹き付けるとあっては麦の一粒も満足に実るまい…、さながらのアルプーの雪が積もる山頂だけでなくその山肌にはせいぜい草がわずかに生える程度の…」


 奥方様が手にした扇で口元を隠しながら呟いた。婦人が手にする扇はなにも暑い時にあおぐ為だけではない。不快だったり動揺がある時に口元を隠すのにも使うという。


「堅く痩せた火山灰の土、常に吹き下ろす真冬の風…作物がろくに実らぬのは分かった。そして彼の地はここより高所、農地に出来ぬなら職人たちに使わせようにも材料を運ばせるにも不便…。仮に平らにしたとすれば遮るものの無くなったアルプー降ろしの灰と雪を伴う風がミーンを襲う…。口惜しいが何も手が浮かばぬ、ケシタの地は不毛なれどあるだけでミーンに恩恵がある…。それを知れただけでも…」


「お待ち下さいませ、奥方様」


「むっ?」


 口元を隠した扇越しに僕とラ・フォンティーヌ様の視線が重なる。


「このゲンタにひとつ、考えがございます」


 さあ、ここからとばかりに僕は口を開いたのだった。

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