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第682話 ミーンの北西、ケシタの地


 


 チナーシェさんが売店コーナーの品を半日程度で見事に完売した翌日、僕はミーンの町の北西にある小高い荒地にいた。角張った石がゴロゴロしている地面、そこには背の低い草や笹のような形の幹の太さが菜箸さいばしよりも細い高さが腰のあたりまでしかない木がまばらに生えている。


 樹木らしい樹木となるとさらにまれだ。時折、思い出したように荒地に根差し、ひょろひょろとした樹勢を見せている。その形を見て思うのはあの木はあまり頑丈な木材にはなりそうもないというのが僕の見立てだ。


 そんな中、ヒュオオ…と音を立てて風が吹く。北方の…山頂には雪が積もっている山々…、あの恐るべき死を撒き散らすと言われた巨大ゴキブリといった感じの魔物ブラァタが棲息しているという連峰から吹き下ろしてくる冷たい風がこの地を直撃してくる。だから冬でもないのに辺りはヒンヤリとしている。


「うーん、この冷たい風…。この辺りだけ冬みたいな寒さだ…」


「せやね、おまけにここの土質どしつかとうて荒い…。こらアカンわ、小麦は当たり前として寒さに強い黒麦ライむぎでも育たんと思うわ。畑にしようにもなぁんも生えへんよ、旦那だんさん」


 横にいるチナーシェさんが呟いた僕の感想に自身の感想を述べた。主だった宿泊客を送り出した事で宿屋の仕事はひと段落、おまけに日本から持ってきていた商品も売り尽くしてしまったからヒマやヒマやと言う彼女を連れて僕はミーンの町から北西に2キロほど、町の人たちからはケシタと呼ばれる地名の場所に来ていた。意味としては作物が育たない不毛の地と言う事らしい。


 そんな不毛の地であるケシタの地、なぜそんな所に僕たちがいるかと言うと話は昨日にまでさかのぼる…。


……………。


………。


…。


 エルフの里から戻った事を報告する為に僕は子爵邸を訪れ奥方様に挨拶をした。その後、モネ様を交えエルフの里の様子や生活様式などをその日の講義として話した。僕にはこの異世界において確立されている学問を修めている訳ではない、普段の商売や持っている知識…それらをモネ様にお伝えするのがお役目だ。


 だから今回のエルフの里で見知った事を話すのはきっと有益になると考えた、なぜならエルフの里は妖精界にある。このミーンの町がある世界とはまた別の世界である。普通の人が行くのはまず不可能、エルフ族の誰かに招かれるなどしなければその違う世界には到達できない。サクヤたち精霊はこの世界にも妖精界にも…、さらには生まれ故郷である精霊界にも自由に行き来できるようだがそれはあくまでも例外中の例外だろう。


 小一時間くらいかけてエルフの里の事を一通り話し終えた後、奥方様は席を外された。ここからはモネ様が知りたい事に対しての質疑応答、気づいた事があればさらに深く教えてやってくれと…さらには講義後もしばらく二人で過ごせと言う。


「ふふ、婚約者殿がしばらくおらなんだからモネも寂しがってのう。妾の事はよいからもう少し娘の話し相手になってくりゃれ」


「は、はい…(うーん…、例のロリコン前侯爵との名ばかりの結婚から免れる為の婚約者のフリだったんだけどなあ…)」


 まあ、二人で過ごせとはいったもののお付きの侍女さんたちもいる訳なので厳密には二人きりというものではないのだが…。そんな中、僕はお茶をしながらモネ様としばらく談笑し子爵邸を後にする事にした。そこで席を外された奥方様に屋敷を辞去する挨拶に向かった、今は馬場(馬を走らせ運動させたり乗馬の訓練に用いる場所)にいるという。


「お母様は馬場…、ですか…」


 モネ様が呟く。


「うーん、この時間に…。乗馬をするにはやや遅い時間ですね。もしかすると…」


 僕はひとつの考えに行き着いた。奥方様は小規模で政治的な話や内密な話をする際に庭園や馬場など視界が開けた場所を好む。内密な話をするのは屋敷の奥で…と普通は思うところだがどうやらそれは違うらしい。屋敷なら屋敷で身を潜める場所はそれなりにある、壁に耳あり障子に目ありではないが誰が聞いてるかも知れないのだ。それならむしろ視界が開けた屋外ならば近くに人がいるかは一目瞭然という訳だ。そんな事を考えながら馬場に向かうとそこには奥方様、そしてナタダ子爵家の筆頭騎士となった二代目トゥリィー・スネイルさんがいた。二人から離れた位置にいた侍女の方が奥方様より僕たちがここに来たら構わず通して良いとの言伝ことづてがあるとの事、それに従い僕とモネ様は奥方様の方に進んでいくと少しずつ二人の声が聞こえてくる。


「ふむ…、やはりか…」


「はい、そのように思われます」


 厳しい顔という訳ではないが奥方様もスネイルさんも二人揃って愉快とはいえない表情をしている。そこに歩いていき僕ら声をかけた。


「奥方様」


「おお、ゲンタにモネか。楽しく話はできたかの?」


「はい、お母様」


「それは重畳じゃ。だが、こちらは少々困っての…」


 奥方様がその形の良い眉を伏せる。その姿を見て僕は思わず声をかけた。


「どうかされましたか?…あっ」


 そんな僕の手を隣にいるモネ様がキュッと握った。


「師父様…いえ、ゲンタ様…。このような時、お母上様は何かしてほしい事がある時にございます」


「ふふ…。モネよ、そう警戒するでない。妾は今、スネイルから報告を聞いておっただけじゃ」


 やんわりと奥方様は応じる、そして言葉を続けた。


「実はのう、このミーンより少し離れた所に手付かずの土地がある」


「お母上様、ケシタの地にございますか?」


「そうじゃ、の地は不毛の地でのう。草もまばらにしか生えず寒々とした場所じゃ。昨今、ミーンの地に入ってくる者もあるようじゃし人を住まわせたり作物が取れるような土地が喉から手が出るほど欲しい。そこで手付かずのケシタに目を付けたんじゃが…」


「やはり…、厳しいと…?」


「うむ、ゲンタからその…なんであったか…。不毛の地に実を付ける果実の話を聞いて見落としているものがないがスネイルたちに現地をもう一度見回ってもらったが…」


「ご期待に添えず申し訳ございません」


 スネイルさんが頭を下げる。


「いや、これまでも何度かやってきたのじゃ。急に何かの役に立つ物が見つかるものでもあるまい」


「うーん…」


 僕は思わず呟きを洩らす。確かにミーンは人も増えてきている。そうなると食料をはじめとする物質の確保は喫緊の課題だ。何か不作でも起こればたちまち飢饉の発生だ。先日の干し柿…、あれは甘味でもあるが保存食にだってなる。そうなると柿を…パサウェイの木を植えてみるのはどうだろう、そうすれば少しは食料の足しに…あるいは余るようならそれを売ってお金を稼ぐ事も出来るだろう。


「奥方様…、もしよろしければ僕が見に行ってきましょうか?そのケシタの地を何か役立てる方法でも…」


「ゲンタ様、それではっ…」


「えっ…?」


 モネ様が弾かれたように呟く声に僕が驚いていると奥方様が口を開いた。


「おや…?これではモネが申した通り…、ゲンタに頼み事をする形になってしまったのう…」


 これは奇しくもモネ様が言った通り頼み事というか、僕は奥方様の困り事に対し自ら名乗りを上げた形になっていたのだった。

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