第681話 しっかり者のチナーシェ
「甘いで、お父ちゃん!!ウチ、もう着いとるで!!」
歳の頃は中学生にはまだ早いくらいだろうか、 両手を腰に当てエッヘンとばかりに胸を張る。しかし、いかんせん背が低い。そして尖って長い耳、だけどエルフ…というにはやや短い。それでも僕とかナジナさんたちと比べれば十分に長いのだが…。そんな彼女を見てゴクキョウさんが驚きつつも嬉しそうに話しかけた。
「おお、チナーシェ!!もう来たんか、えらい早いやないか!?」
「当たり前やん!トロトロしててもしゃーないで!一日早よ来ればそんだけ働けるんやで!それに三日かかるトコを二日で来れば食べる物も二日分で済むんや!その分、払うモンも減るんやからエエ事ずくめや!さっき、ミーンに着いて宿屋見てきたトコや!お父ちゃん、ありゃごっついなあ。ウチびっくりしたで!」
なんとも軽妙で小気味よい二人のやりとりが始まった。なんて言うかリズムが違う、ここミーンではなかなか聞かない会話のキャッチボールだ。短い距離で互いにクイックモーションで受けては投げ、投げては受けるそんなやりとりだ。そしてひととおり会話をするとゴクキョウさんが僕に話しなかける。
「ああ、ゲンタはん。紹介するで、こっちはなワイの娘でチナーシェや。まだまだ一人前と認める訳やないけどチョコチョコ商売をやらせとる。ほんでチナーシェ、こちらがゲンタはんや。以前に商都に珍しいモンを仰山仕入れてきた事あったやろ?あの品物を買うたんがゲンタはんなんや」
ゴクキョウさんの紹介が終わったところで僕は名乗る事にする。
「ゲンタです、よろしく」
「あの凄い品物を扱ってたんはあなたやったんやね。ウチ、チナーシェや!今後ともよろしゅう頼んまっせ!」
僕は短い言葉で、そしてチナーシェさんはポンポンとリズム良く飛び出してくる言葉で互いに挨拶を交わした。そんな僕たちを見てゴクキョウさんはチナーシェさんに語りかける。
「そんでな、チナーシェ。ワイがこのミーンにおまはんを呼んだ理由、分かるか?」
「そんなん、アレやろ?お父ちゃんの代わりに宿屋で働けゆー事やないの?」
「そうや。せやけど、それだけやない」
「それだけちゃうの?ほな、他に何させよう言うん?」
「こちらのゲンタはんの扱う品物、それを扱わさせてもらうんや」
「んん?ゲンタはんの…?あっ、そうかっ!」
何かに気づいたのかチナーシェさんは声を上げた。
「分かったようやな。ワイが前に商都に持って帰ったモン、覚えとるか?」
「もちろんや!アレはえらい勢いで売れたやんなあ!たしか…、その仕入れた先が…」
「せや、こちらのゲンタはんや。宿の方でも場所を作ってみたらコレが売れに売れてのう。せやけど売れ行きが良すぎてゲンタはんが引っ張りだこなんや。そーなると他に手が回らへん、よってチナーシェ…、おまはんが仕入れてくれた品物を売るんや。分かっとると思うけどあれだけの品や、おまはんには他では出来んエエ経験になるし扱う金銭も大きゅうなる。しっかり気張って働くんやで」
「分かった、お父ちゃん!ウチやるで!そんで一月後には金貨の山を築いたるわ!そんな訳でゲンタはん、いっちょよろしく頼んます」
「え、あの…」
ペコッと頭を下げるチナーシェさん。僕の預かり知らないところでポンポン進んでいく話に戸惑っているとゴクキョウさんが口を開いた。
「ああ、ゲンタはんはなあんも心配せんでよろしい。本来ならこんだけ珍しい物を無理言うて扱わせてもらうんや、チナーシェには給金とかもいらへんよ。宿屋を預けるからそれだけでも食うてくだけのゼニは入ってくるんやから。むしろ、こんだけ珍しいモンを触らせてくれるんならゼニはろーてでもやらせてもらいたいぐらいや」
「いや、それではさすがに…」
タダ働きをさせるというのはちょっと気が引ける。
「ははは。ゲンタはん、心配いりまへんで。ワイのトコではな、店ェ預ける者には給金を決めてまへんのや」
「え?決めてない?どういう事です?働きを見てから決める…、とか?」
「それもひとつの考え方やけどそうではありまへんのや。そういうんはまだ相手の力量を見定められてはおらん時や。せやけど、そういう者に店ェ預けたりはせんやろ。仮にやけどゲンタはん、あんさんの品を扱う店の主人に力量も定かではないけど者を据える…。そう言うたらあんさんどない思う?」
「そ、それは大丈夫かな…って心配になりますね」
「せやろ?だからチナーシェを据えるんや。この子は小っさい頃から商売をやらせとる、だから力量は心配あらへん。もし、損を出すようならその損した分はワイが被る。それとこれは…、ワイのやり方なんやけど店ェ預ける者の給金は儲けから出すんや」
「儲けから…出す?」
「そうや、正しくは儲けたうちの一割が預けとる者の懐に入る」
「一割!?」
凄いな、ゴクキョウさんのトコの店長って高給取りだ。だって一億稼いだら一千万貰えちゃう訳だし…。
「ははは、ゲンタはん。せやけどそうそう甘いモンやないんや。儲けいうんは次の仕入れや店の奉公人たちの給金、建物の管理や警備とかを雇った後に最終的に残った金銭や。その儲けのうち九割を本店のワイのトコに上納、せやけど納めなアカン最低の額は別に決めておく。儲けが仮に少なかったらソコは主人の給金を減らしてでも納めてもらう。だから下手すると何にも残らしまへんのや」
「………」
うーむ、やっぱり厳しいのかも知れない。そう思っている僕の横ではチナーシェさんが腕組みしながらニヤリと笑った。
「ふふんっ!エエのん、ウチに店を任せて?あの品物を扱わせてくれるんならお父ちゃんのトコに取って代わるくらい大儲けしたるわ!」
「おっ!言うたな、チナーシェ。分かった、このミーンで見事に一旗揚げてみいや!」
「分かった!!ほなゲンタはん、話ィ聞くわ!他にも色々品物ありそうやし、こういうんが新たな儲けにつながるモンなんや」
「なるほど…、でも今日はこれから子爵邸に伺うので…」
「分かった!ほんならその後なら時間取れへん?」
「うーん、夕方くらいからなら…」
「よっしゃ!そんなら夕方な!そうと決まればウチ店に戻るわ!夕方までにひと働きや!ほんじゃゲンタはん、また後でな〜」
てってってっ…、フットワークも軽くチナーシェさんは手を振りながらその場を後にした。う、うーむ…、なんというかちょっとした嵐みたいだったなあ…。
……………。
………。
…。
その日の夕方…、約束通りチナーシェさんに会いに宿屋まで行くとチナーシェさんが僕を元気よく出迎えた。
「あっ、ゲンタはん待ってたで!今後の商売について色々お話せんとなあ。それとぉ…」
ん…、なんだろ?なんか店の雰囲気が…。
「売店の品物、全部売ったったで!はい、コレが売り上げやで!そんでなあ次の納品、いつになるやろか?あればあるだけウチ、キッチリ売らせてもらいます!」
「あっ…」
手渡される布袋にはギッシリ詰まった硬貨の重さ、そして何にも残っていない売店の棚を見て僕はこれからコンビを組むチナーシェさんの実力を垣間見るのだった。