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第680話 あんさん、店ェ…持ちまへんか?


「あんさん…店…、持ちまへんか?」


 店を持つ…、それはとても大きな事だ。商売あきないをしている者にとってはまさに旗上げをする…、一国一城の主になる…、そんな感覚。


 だからその場面ではドラマティックに訪れる…。そんな風に思っていたのだが、実際には劇的な台詞セリフ回しでされるものかと思っていたが実際はそうではなかった。決して派手ではない…、ポツリと呟くような…何気なく問いかけるようなものだった。


「店…」


「せや…」


 薮から棒、突然出てきた言葉に僕は戸惑う。そんな僕にゴクキョウさんが短い言葉を続けた。そしてひと呼吸おくと再び話し始める。


「あんさんの品物シナモンを欲しい言うお客はんは仰山ぎょーさんおる。せやけどゲンタはん、あんさんの体はひとつだけや。朝に食いモン売って、それから…例えばヒョイはんのトコ行ったりするんや。今はまだエエかも知れへんけど、いつか回らんようになるかも知れへん。どうやってるのかは分からへんけど仕入れだけでも難儀やと思うで」


 ずず…、軽く音を立ててゴクキョウさんが緑茶を口に含む。紅茶を飲む時は全く音を立てないゴクキョウさんだがいつの間にか日本風の緑茶の飲み方を体得していた。いや、それとも緑茶が人をそうさせるのだろうか…。


「せやから店を持つとエエと思ったんや。そうすればお客はんの方から来てくれる、こっちから出向かなくてもエエ訳や。おあつらえ向きな事にゲンタはんにはもうお客はんがついとるさかいな、きっと来てくれると思うんや。そうすれば何人か人を雇うてアレもやり、コレもやり…みたいに出来るで」


「で、でも、店を持って人も雇って…なんて僕はそれを管理出来ないですよ。今は小売だけだから仕入れ値と売値…、あとは手伝ってくれるダン君たちへのお給金だけを考えれば良いですけど…」


「それだけできれば十分や!店を持つ言うてもその手間が少し増えるだけやで!それにな、ワイはあの…あー…名前はなんやったかなあ。あの塩や酒を売っとるあの機巧からくり…」


「自動販売機ですか?」


「せや!!ありゃ、あんさん凄いで!なんたってアレはお客はんがチャリーンとゼニ入れたら塩が出てくる!酒かて同じや!売り子を置いておかんでも商売が出来とるんや!ありゃあ、凄い!仕入れと売値、まんま儲けになるで!」


 興奮した様子でゴクキョウさんが語る、やはり商人あきんどだ。儲かる部分には貪欲なようだ、その鼻息は荒い。


「それにな…」


 と、今度は一転してゴクキョウさんは真面目な声を出した。


「ゲンタはんは嫁を取る訳や、それなら一緒に住まんと。そちらさん方もそうしたいはずやで。どないや?ここらで一丁、店ェ持つゆうのは…。悪くはない話やと思うんやが…」


「……………」


 悪くない、…か。確かにそうかも知れない、ひとつひとつの商売あきないに僕は今までずっと出向いてきた。この異世界での移動は基本的に徒歩だ、ちょっとそこまで…、そんな移動にだってそれなりに時間がかかる。日本でなら道路も整備され、原付もあるし電車だって走ってる。最寄駅から新宿まで行くのにドアを出て一時間も要らない。これを歩く事になったら…、四時間やそこらかかってしまうだろう。


 日本で品物を仕入れ、ここ異世界で売る…。商売は売る瞬間だけではない、仕入れや輸送もまた商売の一環だ。それに在庫の管理だって…。店を持てば移動の時間は減る事につながるだろう。その分だけシルフィさんたちと過ごせる時間が増えるかも知れない。


「それにな…、店の切り盛りなら任せてんか?」


「え?どういう事ですか?」


 切り盛りを任せる…、どういう事だろう?まさかとは思うが…。


「あー、悪う考えといてや。別に店を乗っ取る…ちゅう訳やないんや。そないに悪う考えなくてもよろしい、ワイはな修行をさせたい思うとるんや」


「修行…?僕のですか?」


「いや、ちゃうで」


 よく分からないが僕は店を持つ話の当事者な訳だから修行するのは当然僕だろうと思ったのだが…。


「では、いったい…」


 誰の修行だろう、僕がそう考えた時だった。


「ワイの身内や」


「身内?」


 意外な答えだった。


「元々はここの宿屋任せたろ、思うとったんやけどゲンタはんの見た事もないような品物シナモンを扱わせてもらえたら…。そら、エエ修行になるはずや!なあ、ゲンタはんどないや?別に給金とかはエエねん、食っていけさえすれば。贅沢ゼータク言うような娘に育てたつもりはあらへん!使用人やと思うてビシビシ使つこうたってや!」


「む、娘?女の人ですか?」


 まさかとは女性とは…、しかもゴクキョウさんの娘さん…。


「せや、娘やからな!けどな、商売あきない基本イロハくらいはちゃあんと仕込んである!」


 胸を張ってゴクキョウさんが応じた。


「まあ、ワイも商人あきんどや。トクが無ければ動かんトコもあるんは間違いトコや。これは正直言えばゲンタはん、あんさんとの縁や」


「僕との…縁ですか?」


 ゴクキョウさんの意外な告白に僕は思わず鸚鵡返おうむがえし、そんな僕にゴクキョウさんは続けた。


「以前のナタダ子爵家でこ夜会…、今回の宿屋で売った物にペドフィリー前侯爵との経緯いきさつ…。ゲンタはん、あをんさんとつながりを持ちたい言うんはこれからどんどん出てくるハズや。だからワイは誰よりも先んじてゲンタはん…、あんさんとつながっておきたい…。これが正直なところなんや」


 なるほど…。たしかに最近の僕には他の領から様々な形で誘いが来ていた。遠方だったり、あるいは情報がまだ入ってきていなかった貴族とか商会が接触をしてくる可能性は十分にある。それがスジの良いのだったら良いが、くだんのペドフィリー前侯爵とか今は亡きハンガスやブド・ライアーみたいなロクでもない奴が来るかも知れないのだ。


「ほんでな、ゲンタはん。ちなみに娘なんやが多分あと二日や三日くらいでこの町に来る思うんや。せやからそん時にでも引き合わせよかな思うとるん…」


「甘いで!お父ちゃん!ウチ、もう着いとるで!!」


「「えっ!?」」


 突如横から割って入ってきた声に僕とゴクキョウさん…、そしてテーブルについていた全員の視線が集まる。そこには快活そうな女の子が立っていた。


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