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第677話 尊重(リスペクト) 〜 これからを決めろ 〜


 今話と次話でふたつの別れ話を書きます。


 だけどそのまま別れるか、どんな結果になるかはまた別の話なのです。


 エルフの里の皆さんが集めた草花で編んだかんむり…、そこに花嫁となる人の幸せを祈って精霊たちが降らせる花びらのシャワー…。祝福の花冠と呼ばれる花嫁の証となるものを身につけたシルフィさんと僕は並んで立っている。


 ここはエルフの里の外れ、少し離れた所から僕たちは物質界へと…ミーンの町に戻る予定だ。


「お行きなさるか…、ゲンタ殿」


 里の皆さんを代表して里長さんが話しかけてくる。


「はい。町に戻りますので…」


 僕は端的に言葉にした、もう二度とこの里に来るつもりは無かったから。結婚の挨拶に里入りの儀を果たし祝福の花冠を受けた今、僕か今後ここに来る理由は正直無い。これまでは波風を立てないようにしてきた。結婚の挨拶をしに来た訳だし、僕と一緒にいるせいでシルフィさんたちが里に戻り辛くなる…それだけは避けたかったから…。


 シルフィさんは生まれ故郷だし、ご両親もらいらっしゃる。だからこれから先にもこの里に戻る事もあるだろう。だけど僕には血のつながった人がいる訳でもない、数日の間だけいた場所に過ぎないんだ。里入りの儀で確かに迎え入れられはしたけれど結局それはソルさんやレネ様…、そしてこの妖精界に住む精霊たちが現れてくれたから…。


 もしソル様たちやミーンの町からサクヤたちが来てくれなかったら里への立ち入りは許されず追い返されていただろう。そんな手のひら返しをする人たちと僕が何を分かり合えというのか…、せいぜいシルフィさんが肩身を狭くするような事がなければ後はどうなってもいい。そんな腹立たしさすら僕の胸の中で燻っている。


 結婚を祝って作られる草花を材料にした冠を作ってもらったがあれはあくまでシルフィさんに対する物でしかない。あくまでソルさんたちが来てくれたから手のひら返しをしたに過ぎない。


(ムシの良い話だね)


 思わず小さな怒りを覚える。その証拠に里にこそ迎えられ持ち上げられもしたがいまだに謝罪はない。このまま有耶無耶うやむやに…そんな風に考えているんじゃなかろうか。


 もし、なんらかの理由で価値が無くなればこの里の人たちは僕をこっぴどく追い立てるだろう。だからそんな人たちとは関わり合いにならねば良いのだ、ただそれだけである。


「そう…ですか」


「はい、では…」


 そう言って背を向けようとした僕に里長はカバッと頭を下げた。


「ゲンタ殿ッ!!ま、まことに…まことに申し訳なかった!!わしが…、わしが間違っておりました!」


 里長が初めて僕に頭を下げた、見れば同様に里の人たちも頭を下げている。二十歳、そんな若造の僕に推定数百歳のエルフの皆さんが…。


「シルフィは…この里の至宝とも言える存在…。光と風…、ふたつの属性の精霊と最良の相性を持つ優れた精霊術士…。いずれはこの里を導いていく…、そんなシルフィと長く共に歩んでいくような者…そんな存在を待っておりました…」


「そこに僕が現れた…」


「はい…。失礼ながらゲンタ殿からは魔力を感じぬ…、そうなれば精霊と心を通わすすべは無い。森と…、そして精霊と共にあるのが我らエルフ族の日々のいとなみ…。精霊の声が聞こえねば里での暮らしは成り立たぬ、それゆえ辛く当たり申した。他にもまだ若い…いや、我らエルフ族からすればまだほんの幼い子供とすら言える年齢のゲンタ殿に大切に育てたシルフィを取られてなるものか…。そう思ったのです」


「……………」


「だが、あなたを数多あまた精霊ともたちが祝福した。大精霊ソル様もあなたを孫と呼び駆けつけた。また、パサウェイを甘くする方法もご存知だった。長き命を持ち、森と共にある我々が知らぬ事をあなたは知っている…。わしはつくつぐ思い知ったのです、我らエルフ族こそ至上しじょう…選ばれし者だという凝り固まった考えがこの両の目を曇らせ視野を狭いものにしていたと…」


「里長…」


 僕の隣でシルフィさんが呟いた。


「ゲンタ殿。どうか了見りょうけんの狭い我々をどうか…、どうかお許し下さい。そしてたまにはこの里を訪れて下され。あなたを新たな里の一員に…というのは我々の偽らざる気持ちです…。シルフィは物腰は柔らかなれどいた方と常にう事を願う者、このままでは二度とこの里の地を踏みますまい…」


 ぎゅっ…!


 隣にいるシルフィさんが僕の手を握った。普段より強く、決して離さないとばかりに…。もし里長の言う通りなら…、シルフィさんが生まれ故郷より僕を選んでしまったら…ご両親にすら会えなくなってしまう。僕はシルフィさんの手からその本気さを知る、エルフ族の愛はとても強いというのを改めて感じた気分だ…。


「…それはいけません」


 僕はシルフィさんの手を握り返した。


「僕が商売あきないをしているのは…、もちろんお金を得る為です。それは否めない…、だけど同時に品物を介する事で誰かの不便を解消する事であるとも思っています。幸せをもたらす…とまでは言いませんが、不幸せになって欲しくないのも事実です。皆さんにとってシルフィさんはいつまででも大切な里の子、そのシルフィさんが二度とこの地を踏む事なくご両親にすら会わないというのは不幸せの極み…」


 里も、家族も捨てる…。シルフィさんにそんな事をさせたくはない。ご両親にすら会えない寂しさ、悲しさ、それは間違いなくシルフィさんの心に積もっていく。それがいつかシルフィさんを泣かせる事になるのなら…、妻になってくれるシルフィさんをそんな風にしちゃいけない。


 間違っていたと頭を下げられた事もあるし、ミーンに戻るまでの事だと思っていたけど僕もまた里の一員として迎えられた…。この里と不和ふわというのもあまり良くはない…、僕は考えを改める事にした。


「僕はシルフィさんに悲しい思いをさせたくはありません。また、それは里の皆さんにとっても同じでごさいましょう。ですが、それがいつか遺恨いこんへと変わる火種ひだねになるかも知れません。それはよろしくない…」


 恨みなんていつどこで誰に買っているか分からないものだ。ましてや里の大切な子であるというのなら尚更なおさら…、理知的なエルフ族だがタガが外れてしまえばそんなのは関係ない。頭の切れる魔法や弓が得意な刺客の誕生だ、絶対に半端な結果には終わらないだろう。


「…分かりました。僕は商人あきんどですから商人の流儀で話をしますね。僕の故郷には末長いお付き合いを…っていう言い回しがあります。これは互いにずっと取引をしていきましょうという意味です。でも、その為には互いに有益である事も必要ですがなにより信用が無ければなりません。願わくばこれから互いに親しくなれる事を望みます」


 そう、あくまでもこれから…。今は親しくないよと伝えておく。僕にわだかまりが無い訳じゃない、だけどそれにずっととらわれているのもよろしくない。扉は開けておく、そこに笑顔で入ってくるか刃物を持って入ってくるかは相手に任せれば良い。僕だって人間だ、言葉ひとつでサラリと水に流せるほど聖人なんかじゃない。


「わ、分かりました。ゲンタ殿の信頼が得られるよう努めて参る所存…。いつの日にか、是非またこの里を訪れていただけるよう願うばかりじゃ…」


 言葉の意味が理解できたのか里長は額にわずかな汗を浮かべて応じた。まあ、こちらとしては意地悪するつもりはない。ないがしろにされたのは二日ほどだった訳だし…、良い薬になれば…そのくらいの感覚。ハンガスやギリアムみたいに直接の危害が加えられた訳でもないし、ブド・ライアーのように敵対した訳でもない。


 だけど人をあまり馬鹿にするものじゃない、相手に対する尊重リスペクトがあるからこそ付き合いは続く。それは商売でも対人関係でも…、ただそれだけの事なんだ。相手に対する尊重がなければそれはいつか破綻する。用が済めば二度と会わない…、そんな関係になるだけだ。


 僕にだって選ぶ権利がある。親しく付き合う相手を選ぶ権利…、そして扉を閉じる権利もまたある。だけど僕からはそれをしない、友好的になるのもそうでないのもあくまであなた方が…。そう、あくまでもあなた方の行動の結果がこれからを決めるんだと僕は伝えたのだった。

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