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第675話 桃栗三年、柿数分!?


 翌朝…。


 エルフの里を出て歩くこと小一時間、メセアさんを案内しながら僕たちはパサウェイが生えている場所へと向かった。シルフィさんたちだけでなく、里親や何人かのエルフの人たちも同行している。


「ここ…?」


「そうです。ほら、あそこにパサウェイの木が…。」


「ん…」


 僕が示したパサウェイの気を確認するとメセアさんは周囲に視線を走らせる。そして他に木が生えていない、光がよく入ってきている開けた場所に歩いていった。


「これなら…良い木が育ちそう…」


 そう呟くとメセアさんはしゃがみこむ。地面に人差し指をプスリと刺すと小さな穴を開け、そこに三日月の形に似たパサウェイの種を植えた。見た目だけならピーナッツと一緒に入っている事が多いスーパーなどでよく売られているお菓子にそっくりだ。


 メセアさんは何ヶ所かで同じ事を繰り返す、そしてメセアさんは水の精霊を呼ぶと地面に水を撒いてもらっていた。


「うん…」


 しっかりと地面に水が染み込んだところでメセアさんが立ち上がった。なんだろう…、ここまでの一連の流れが戦闘力1200ほどのバイオ戦士を生み出す時のように思えたのは僕だけだろうか。するとメセアさんは肩幅ほどに足を広げると地面に自らの足をしっかりと踏ん張った。そして可愛らしく両拳を握ると全身に力を込め始めた。


「スクスク育つ…。はあああぁ……」


 ゴゴゴゴゴゴ…。


 地震とは違う細かな揺れ、それが僕の足の裏から伝わってくる。


「ううっ!!だ、大地が…震えて…いる…」


 ぼこっ!!


「ッ!!?」


 勢いよく地面にヒビが入ったかと思うとそこから小さな芽が吹いた、それもあちこちから…。そして吹いた芽は双葉を広げ若々しい緑色の葉が次々と生え、若枝が伸びてくる。そして若々しい緑色の樹皮は樹木らしい色へと変わっていく。その間にもパサウェイの若木は膝くらいの高さに…、腰の高さ…そして胸の高さほどに迫った。


「…はあっ!!!」


 仕上げとばかりにメセアさんが気合いの声を上げる。パサウェイは最後のひと伸びとばかりに天をく。


「ウ、ウソ…でしょ…」


 もう、そんな声しか出てこない。僕がポカンとしているとメセアさんが僕に近づいてきた。


「これ…」


「えっ!?あ、は、はい!メセアさん!ん…、ってこれは…、これはパサウェイの実?」


 メセアさんは僕にとあるパサウェイの木の枝に出来たひとつのパサウェイの実を差し出していた。おそらくひとつだけ花を開かせ結実させていたのであろう。


「これで…、このくらい育っていれば…干しパサウェイは…出来る…?」


「で、出来ます…けど…」


「そう…、なら…」


 再びメセアさんは両足を地面に踏ん張り、全身に力を込め始めた。


みなぎって…きた…。…はあああ…」


 まったく漲っていなさそうな発音でメセアさんは呟いている。あくまで僕の個人的な感想だけど…、その間にも大地は細かな振動を続けている。大きくなったパサウェイは次々と花開き実をつけていく。


「…はあっ!!」


「あ、ああ…。パサウェイの実が鈴なりに…」


 周囲を見渡せばパサウェイの木には大量の実がついていた。


「これで…パサウェイ食べ放題…。…里長さとおさ


「は、はい!」


「皮をむいて…干して…。後で…食べたい。残りは…好きにして…いい…」


「わ、分かりました!そ、それっ!みんな、実を取るのじゃ!」


 里長の言葉にエルフの皆さんがパサウェイの実の採取に向かう。大量の実がついていたが人数が多く、また風の精霊の力を借りたものか宙を飛び実を集める人もいる。


「は、はは…。桃栗三年、柿八年っていうのにものの数分で…」


 本来なら芽吹きから長い時間をかけて実をつけるはずなのに…、そんな合計に僕はもはや笑うしかない。一方のメセアさんはマイペース、忙しく動き回る周囲をよそにのんびりとしている。


「疲れた…」


 ひと仕事やり遂げたとばかりに呟きこちらにやってきた。


「眠い…」


 元から眠たそうな表情がしている上にあまり喜怒哀楽を

表さないので見た目からではよく分からないのだけど、本人がそう言うのならそうなのだろう。


「さ、里まで頑張って下さい。そうすれば横になれますから…」


「ん…、無理…。ぐう…」


「う、うわ!?ちょっと!?」


 立ったままついに目を閉じるメセアさん、そのままこちらに向かって倒れ込んでくる。慌てて受け止めるが既にメセアさんは眠っていた。


「ど、どうしましょう…?里に戻るには距離もありますし…」


 ここに来るにはそれなりに時間もかかる、ましてや眠っているメセアさんを里まで連れて帰るならばより時間も労力も必要とするだろう。


「うーん…、上手く行くか分からないけど…」


 フィロスさんが顎に手をやりながら口を開いた。


「メセア様も精霊には代わりはない訳よね…」


「そうだよ、フィロスお姉ちゃん。世界樹の精霊な訳だし…」


 ロヒューメさんが応じる。


「なら、送還バニッシュメントの魔法はどうかしら?」


「バニッシュメント?」


 耳慣れない言葉に僕は思わず問い返す。


「妖精界や物質界にいる精霊を元いた精霊界に戻す魔法よ」 


「え?でも、メセア様はいわゆる迷子になりやすい方…。次にこちらに呼ぶ時、迷子になったりしませんか?」


「次からは大丈夫よ。仮に精霊界に戻っても次にこちらに来る時は迷わないはずよ。なんせメセア様とゲンタさんとは魂がつながっているんだから…、次に来る時は先日サクヤたちを呼んだ時みたいにゲンタさんのすぐ近くに来る事が出来るわ」


 なるほど…。それならメセアさんは住み慣れた精霊界で眠れるし、迷子になる事もない。


「もっとも…メセア様は世界樹の精霊…、ソル様やレネ様と同じくらいの力があったら私たちの魔法を弾かれるかも知れないけど…」


 試しにフィロスさんたちが協力してその送還バニッシュメントの魔法を発動させてみたがメセア様には何の効果も及ばさなかった。


「分かってはいたけど…。私たちが総出でやっても全く効果が無いとはね…。改めてこの目で見ることになるとさすがに落ち込むわね。魔力が段違いよ…、こんなに差があるなんて…ね」


 力の差を感じたフィロスさんが悔しそうにしている。でも、ひとつ良い事を聞いたぞ。精霊は精霊界と妖精界や物質界を行き来できる、そして魂がつながっていればすぐそばに呼べるという事も…。


 ゆさゆさ…。


 僕はメセアさんの肩を優しくすった。


「ごめんなさい、メセアさん。起きれますか…?」


「ん…、む…、な…に…?」


 起きた!?猫のように少しだけ目を開けてメセアさんが反応した。


「メセアさん、いったん精霊界に戻って寝てもらって良いですか?」


「ん…、やだ…。ここが…いい…」


「でも、このままじゃ干しパサウェイが出来ないんですよ。出来上がったらすぐに呼びますから…」


「む…、分かっ…た…。ぐう…」


 ヒュンッ!!


 メセアさんの姿が消えた、おそらく精霊界に戻ったのだろたい。とりあえずパサウェイを手早く収穫し、里に戻ると皮をむいて寒風にさらして干しパサウェイを作った。その後、すぐにメセアさんを呼んだのだが彼女はまだ寝ていた、三時間くらいは経っていたが彼女の言葉によると居眠りをしたくらいの感覚らしい。なんというか、僕とはあきらかに時間の物差しが違う。ちなみに食べ終わるとメセアさんは再び眠り始めた、満足いくまで眠るとの事だ。


「良い出来だ…」


 出来上がったばかりの干しパサウェイを口にしてザンユウさんが呟く。


「だが、干しパサウェイとは言わぬ方が良いだろう」


「え?それはどういう…?」


 緑茶を飲みながらザンユウさんは言った。


「この干したパサウェイ…、これはこの里の新たな名物となろう。ならばこれは作り方をこの里の中だけの秘伝にするとよかろう。あのパサウェイがこんな味になろうなど誰が思うであろうか。しかも作り方は非常に簡単だ、若干の手間をかけるだけでいい」


 極めて冷静にザンユウさんが感想を述べていく。


「これはきっと売れるであろうからこの里も潤う、されば里の者たちがお主の品々を買い求める際の大きな手助けとなろう。だが、単純に干しパサウェイと名付けてしまっては作り方も簡単。すぐに真似をする者も出てこよう。すると長い間、誰も気づかなかった秘術とも言える知識を簡単に手放しているのと変わらぬ。しかも誰でも真似ができる事ならば尚更なおさらだ」


「は、はあ…」


 たまたま僕が知っていた知識、日本では大した事が無くても、こちらでは価値を生む。逆もまたあるかも知れない。いわゆる特許みたいなものと考えておけば良いだろうか。


「お主の言っていた…『ほしがき』であったか?うむ、それが良い。今後はそう呼ぶが良い。これならば何の事か分からぬ、そんな名前の物は…少なくとも周囲の国々を含めても聞いた事がないからな…」


「なるほど…。でも確かにそうですね」


 考えてみれば僕がミーンでカレーを一般にも売り始めたばかりの頃…、ブド・ライアーは塩と胡椒を少々入れただけの薄いスープをカレーだと言って販売しようとした。あれと似たような事が起こったり…、あるいは類似品を作る者が出るとザンユウさんは言いたいのだろう。情報や知識、それにもまたお金を生む価値がある…そう教えてくれているのだろう。


「しかし…」


 ザンユウさんが呟いている。。


「まったく面白き男だ…。あれだけの精霊たちに…、メセア様にも気に入られるとは…。さらには我々エルフ族も知らぬような知識…。ふ、ふふ…、面白い…」


「えっ…?」


 何事か呟くザンユウさんをチラリと見たが別に僕に語りかけている訳でもなさそうだ。


「これは是非とも縁を深めておきたいものだ…。ふふふ…、ふわーはっはっは!!」


 自らが作ったという陶器のコップ…、日本の湯呑み茶碗にそっくりなそれで飲みやすい温度になった緑茶をグッと飲み干すとザンユウさんは豪快な笑い声を上げるのだった。


 ゲンタは里の人々に受け入れられ、結婚の挨拶も無事に済んだ。


 さらに新たな三人の精霊に加え、世界樹の精霊メセアとも縁が生まれた。


 新しい産物も生まれ、大成功と言える訪問もいよいよ最終日の五日目…。


 もたらされたのは延々と降り注ぐ祝福であった。


 次回、異世界産物記。


 『祝福の花冠』


 お楽しみに。

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