第674話 積み重ねてきた気持ち
「私と…子を…作ろう…」
「「「「ええええ!?」」」」
その場にいる誰もが驚いた。それはシルフィさんが魔法で作った雨露しのぎの為のテント代わり…、草木をドーム状に編んで作ったものの内外で声が上がる。一方、眠そうというのもあるがメセアさんはとても落ち着いている。
『だ、駄目駄目駄目ぇ〜っ!!!アンタ、何考えてんのよ!この変態っ!!ど変態っ!!変態巨人〜っ!!』
風精霊のキリが僕の頭に飛んできてポカポカと殴る。
「ちょ…ちょ、待てよ、待ってよキリ。僕が言ったんじゃないし…」
「うるさい、うるさーい!アンタ、変な事しちゃ駄目なんだからね!」
「し、しないよ!そ、それに僕も何がなんだか…。メ、メセアさん、どういう事か説明して下さい!い、いきなりそんな事言われたって…」
「…分かった」
むくり…。
メセアさんは上体を起こすと口を開いた。
「私は…ゲンタと…縁が出来た…。それゆえ…私の肉体が完全化した。今までは…魔法により…様々な植物を…生み出してきた。だけどこれからは…私自身の肉体からも生み出せる」
「肉体からも…?」
「そう…、即ち、子が成せる…。だから…ゲンタと…。草木なら…私の力で生み出せるが子供を生むとなると…」
ちらり…、メセアさんの眠たげな目が僕を向く。
「ッ!?」
心臓がドキリとする。眠たげで無表情といって良いメセアさん、しかしよく見るとシルフィさんたちエルフ族と似たような姿だが決定的に違うところがある。それはシルフィさんたちがスレンダーないわゆるモデル体型なのに対してメセアさんは出るトコ出てて、引っ込むところは引っ込んでいるわがままボディという事。うーん…、これがエルフとハイエルフの種族としての差なのか、それともメセアさんだけの固有のものなのかは分からない。けど、魅力的なのもまた事実だ。そんなメセアさんに目が行かないとなれば正直それは嘘になる。
「草木は…花を付け…、雄蕊より生まれる…花粉を待つ…。その花粉を…花の中にある雌蕊が受けし時…、実を付け種を残す…」
あ、このへんは地球と同じ受粉と結実の関係にあるようだ。なんだかちょっと安心する。
「だが、人の身はそうではない…。子孫を残すにあたり…植物とは別の方法をとる…」
「ん…?」
メセアさんは表情を変えず淡々と続ける。
「ゲンタは…どういう事か…、説明を…求めていた…、話そう…生命の秘密を…。草木でいうところの受粉は…人の身では違う形をとなる…。すなわち種とも言うべき花粉を撒く雄蕊は男性でいうと…」
「ちょ、ちょっと待ったあ!!」
なんかとんでもない事を口走りそうだったので僕は慌ててメセアさんを止める。
「む…」
「そ、それについては…、その…分かります…から…」
周囲もなんとなく気まずい雰囲気だ。
「分かった…。ゲンタ…、私と…子を作る…夫に…」
メセアさんが上半身を起こしたまま呟いた。
「申し訳ありませんがそれは出来ません」
僕はメセアさんに頭を下げた。ざわ…、小さくだが周りから動揺の声がする。分からないでもない、なんせ相手はハイエルフであり世界樹の精霊である。エルフ族の方々からすればきっと良い話なのだろう。だけど僕は地球生まれの人間、そのあたりの価値観は違う。だから言うしかない、不器用でも…恨まれても…。
「僕はシルフィさんを妻に迎えたいとこの里に来ました。挨拶をする為に…。そんな大切なシルフィさんがいるのにメセアさんと…その…、子を為すと…言うのは…」
「む…」
浮気…、だもんね。それこそシルフィさんとちゃんと結婚さえしてないのに…。そう思い僕は話を続ける。
「シルフィさんとは…、ミーンの町で出会いました。町で商売をしようとした時、商業ギルドを仕切っていたならず者みたいな奴らに痛めつけられましてね…。普通に商人としてはやってはいけそうになくて…、それで冒険者ギルドで朝食のパンを売り始めました」
胸に浮かんでくるのはミーンに着いた頃の事、痛めつけられた翌日冒険者ギルド内でパンを売り始めた事…。それから色々な僕の窮地にシルフィさんが現れ助けてくれた事、共に過ごした時間や甘いものを食べた時に冷静沈着な彼女の顔が綻んだ時の事とか色々と頭に浮かんでくる。
「その中で僕はシルフィさんと言葉を交わしたり、過ごす中で素敵なところをいくつも見てきました。その中では身の危険があった時もありました、その度にシルフィさんは僕を助けてくれました。それこそ自分も矢面に立って…」
数百年前、ミーンの町が出来る前にあったという王国、カイサンリの暴君と言われアンデッドになって再びこの世に蘇ったゲレートポイオスがゾンビなどを引き連れミーンを襲った時も…。あと、ナタダ子爵邸での夜会の後に鏡をはじめとした様々な品物を用意した事で僕が金になると思った貴族が追手を指し向けてきた時も一緒に逃げたんだ…。あの時は走っている馬車から飛び降りて…、風の魔法でゆっくりと地面に落下して…。あの時、初めてシルフィさんと抱き合ってたんだっけ…。
「僕は人族であり種族も…、寿命も違います」
悲しいけどさ、生きていられる時間が違うのは厳然たる事実だ。それは分かっているけれど、この気持ちを伝えたいんだ。
「だけど…、それでも僕はシルフィさんと共にいたい。これまで過ごした時間は短いけれどシルフィさんが僕を大切にしてくれている事も知っていますし、僕も大切に思っています。そのシルフィさんを放って新しい奥さんをもらうというのは僕には出来ません。シルフィさんと過ごす中でどんどん大きくなる気持ちが僕に結婚を決意させてくれました。僕の命ある限り…いいえ、その後もシルフィさんに伝わったらいいなっていう強い気持ちを…僕は積み重ねてきたつもりです」
「ゲンタさん…」
シルフィさんが横で僕の名を呟いた。
「メセアさんの申し出を断る事…、たいへん失礼な事かも知れません。しかしながら僕は結婚というのは相手を深く思う事が大切だと考えています。積み重ねてきた気持ち…、僕にあるのはこの胸の中にある心ひとつだけです。こうして胸に手をやれば収まってしまうような大きさかも知れません。だけど、決して壊れはしない強い強い気持ちです。だから僕はメセアさんの夫になる訳にはいきません。申し訳ありません」
そう言って僕は頭を下げた。すると横にいるシルフィさんが続いた。
「あらゆる植物の祖にして世界樹の精霊たるメセア様に不遜なる物言いかも知れませんが…、どうかゲンタさんの…私の夫となる方の気持ちをお察しくださいメセア様。森と共にあるエルフ族としてはあるまじき事であるのも重々承知、それでも…それでも私は添い遂げたいのです。たとえ…、たとえこの身の森の加護が失われたとしても…」
森の加護が失われる…?そ、それってエルフ族にはまずい事なんじゃないの?だけど、そこは口出しをしちゃいけない気がする。それだけの覚悟を持ってシルフィさんは口にしたのだろうから…。僕が…、シルフィさんがそれぞれの思いを口にすると徐にメセアさんが口を開いた。
「分かった…」
表情が全く変わらないからその心中はよく分からないがメセアさんは確かにそう言った。思わず拍子抜けするくらいにあっさりと…。そんなメセアさんに僕が思わずホッとしていると彼女はポツリと言葉を続けた。
「でも…、ミーンには…連れていってほしい…。ほしがき…食べたい…」
「あ、それはもちろん…」
「うん…。それでいい…」
どうやら納得してくれたようだ…、そして最初に言っていた通り眠るつもりなのがゆっくりと…リクライニングシートの
ように姿勢を仰向けにしながら同時にゆっくりと目を閉じていく…。
「それで…いい…。それで…。…今は…」
「「ッ!?」」
僕とシルフィさんは同時に息を飲んだ。どういう事か聞いてみたかったがすでにメセアさんは眠りについていたのだった。