第673話 時間切れ 〜オンとオフ〜
「ゲンタよ…」
「は、はい…」
「身共(古い言葉で私の意味。女性が用いる場合、尊大であったり男っぽいイメージである)の夫となれ」
「ッ!?」
僕と魂がつながったメセアさんはキリッと引き締まった表情でこちらを見ている。つながる前まではどこかボーッと悪く言えば眠そうな…、あるいは魂がここにないような感じだったが今は違う。切れ長の目に強い意志を感じさせる眉…。あ…、髪とかは金色だけど眉は黒いんだ…。
「ゲンタ…さん…?」
不安気な声が僕の隣からした。もちろん、その声の主はシルフィさんだ。僕は我に返る、結婚の為に来ているのに彼女を不安にさせる訳にはいかない!
「そ、その事ですが…」
「まあ、話の続きを聞け」
僕が口を開こうとするのをメセアさんは制した。別に声を荒らげたりした訳じゃないけど僕の言葉がピタリと止まった。不思議な迫力みたいなものがあった。
「精霊は本来霊体…。分かりやすく言えば精神のみの存在である。ただ、いくつか例外もある…。そのひとつが魂がつながりし時…。その時、精霊は肉体と似たようなものを持つ。魂がつながりし者と触れ合う仮初のものだがな」
「た、たしかに…」
僕と魂がつながったサクヤやホムラは僕の頭に乗って僕の髪の毛をワシャワシャやったりして遊んだりする。カグヤもまた同様、キリはポカポカ殴ってきたりするし…たしかに触れているしその感触もある。
「身共は精霊であると同時にハイエルフでもある。その為、元々肉体を持つ。だが半身は精神、半身は肉体の存在であったがな」
「は、はあ…」
それがどういう事かよく分からないけど、とりあえず合槌を打っておく。
「ゆえに精神も希薄なれば同時に肉体もまた何かを触ろうとも実感が薄いものであった。だが、身共にとっては丁度良かった…。あまりに長く生き、その事に飽きがきていた…。退屈を持て余していた…、ほんの数千年ほどな…」
そ、それはなんともスケールの大きな退屈時間だ…。ハッキリ言って僕には想像もつかない。
「だが…」
メセアさんは自分の右手の平を見つめ、軽く握ったり開いたりした。まるで自分の肉体の感触を確かめているようだ。
「肉体を持つというのも悪くはないものだな。何かに触れる感触も半分寝ているような霧に包まれているような感覚も晴れて新しく世界を感じるようだ…」
「そ、それって…」
僕は恐る恐る声をかけた。
「半分寝ているようであり、半分起きているような…そんな感じですか?」
「む?」
僕の問いかけにメセアさんの視線が再びこちらを向く。間違いない、魂がつながる前のメセアさんとはまるで違う強い意志のある視線だった。
「…身共に眠りは必ずしも必要ではないが…」
メセアさんは少し考えながら話しているようだ。
「おそらくそのようなものであろうな」
メセアさんの答えを聞いて僕は考える。魂がつながる…それは僕とだけではなく、メセアさん自身にも言える事ではないかと…。なぜならサクヤたちは僕と魂がつながってからより表情が豊かになったような気がする。
「そこで…、だ」
メセアさんがひと呼吸おいた。
「身共は今こうして完全なる肉体を得た。即ち、半精半人の状態とは異なる。その新たな身となった身共は汝に興味を感じている。即ち…、欲しい…とな」
ちろり…。
メセアさんがその形の良い唇をわずかに舌先で舐めた、その光景が何やら僕には肉食獣のように思えた。まるでライオンが茂みに身を低く屈め獲物を物色している時のような…、これから獲物に喰らいつこうという時にその血肉の味を想像し思わずしてしまう舌舐めずり…そんな場面が頭に浮かんでくる。
「ほ、欲しい…っていうのは…?」
ごくり…、緊張してしまい僕は思わず唾を飲み込む。するとメセアさんは緊張する僕とは正反対の落ち着いた様子で応じた。
「知れた事、身共は汝の…クッ…!!?」
メセアさんの様子が変わった。
「メ、メセアさん!?」
まるで膨らませた風船から空気が抜け出ていくようにメセアさんの体から覇気が失われていく。キリッとしたその表情はだんだんと元の眠たそうなものへと変わっていき、話し方もまた元のものへと変わっていった。
「…時間…、切れ…」
ボソボソとメセアさんが言った。
「時間切れ?よ、よく分からないけど体調は大丈夫なんですか?」
「問題…ない…。だけど…今は…眠い…」
「ね、眠い!?」
「ん…。こんなの…初めて…」
メセアさんが倒れ込んでくる、僕はそれを抱き止めるようにして受け止めた。初めて…か、さっきメセアさんは睡眠は必要ないと言ってたからなあ…。眠いというのは初めての感覚なのだろう。
「体力を使い過ぎたのかな?メセアさん、横になりますか?」
「ん…、この里に…入ってすぐの所に…草木で…編んだような…ものが…あった。土に…近い…そこが…良い…」
「里に入ってすぐ…草木で編んだもの…?あっ!シルフィさんが作ってくれた…」
この里に来たばかりの時は歓迎されていなかった、夜も近かった為に追い出される事はなかったが誰かの家に泊まる事は許可されていなかった。その時に僕を地面にそのまま寝転がさせる訳にはいかないとシルフィさんが作ってくれたものだ。
「とりあえず運ぼう」
「私たちが」
僕の言葉にセフィラさんたち『エルフの姉弟たち』の女性陣が眠そうなメセアさんの体を支える。そしてメセアさんの希望通り里外れにその身を運ぶ。シルフィさんが作った草木で編んだドーム状の雨露しのぎのテントのようなもの、その中に彼女を横たえる。
「…さすがに今夜ここに寝る訳にはいかないな」
メセアさんと同じ場所に寝る訳にはいかない、するとシルフィさんは少し離れた場所にもうひとつ植物のテントを作ると言ってくれた。
「…その…必要は…ない…」
横になっているメセアさんが薄目を開けて呟いた。
「メセアさん、起きてたんですか?それに…その必要はないとは?」
「そのまま…の…意味。ここで…寝れば…良い」
「ん?いやいやいや、それはまずいですよ」
「問題…ない…」
「え?」
どういう事?
「ゲンタ…」
「はい」
「私と…」
メセアさんがこちらを見ながら話し続ける。
「はい」
「私と…子を…作ろう…」
「「「「ええええ!?」」」」
その場にいる誰もが驚いた。