第671話 メセアさん、まさかの行動!?
「なら…、ついていく…」
「「「「ええええっ!!?」」」」
突如飛び出したメセアさんの発言にその場にいる誰もが驚いていた。
「つ、つ、ついていくとは…。まさか、メセア様はゲンタ殿と共にミーンに行くという事ですか!?」
一番早く驚きから立ち直った里長さんがメセアさんに問いかける。
こくり…。
メセアさんは小さく頷いた。
「干し柿というのを…食べてみたい。でも…」
「でも…?」
ゆっくりとしたメセアさんの言葉の先を僕は促す。
「一人で行こうとすると…道に…迷う…」
「「「「………………」」」」
誰もが言葉を失っていた。するとみんなが聞こえていないと思ったのかメセアさんは言葉を繰り返す。
「一人で行こうとすると…道に…迷う…」
「い、いや、それは分かりましたから…。つまり、僕とら一緒ミーンに行って干し柿を食べたいと…?」
「うん…」
こくり…。
う、うーん。なんていうか自由だな、僕らの感覚で言えばアレが食べたいからどこかに行きたいって感じだろうか。だけどサラリーマンだったりしたらなかなかこうは出来ないだろうな、アレを食べたいから何処どこへ行く…なんて事は…。ナントカ軒の魚粉系ラーメンが食べたいから荻窪に行くとか、こってりしたラーメンが食べたいからナントカ家に行くとか大学の友達がしていたりする話は聞いた事があるけど、ピザ食べたいからイタリアに行くとかハンバーガーを食べたいからアメリカ行くなんてのは聞いた事がない。
「駄目…?」
コテン…、無表情ではあるが可愛く小首を傾げてメセアさんが問いかけてくる。これを無意識にやっているならなかなかの策士だ、無表情で口数少なくボソボソと話すタイプのメセアさんがたまに見せるこういう仕草にハートを撃ち抜かれる男性はそれなりの割合でいるだろう。そんな事を考えているとメセアさんは傾げていた小首を元の位置に戻すと再びコテンと傾げて口を開いた。
「駄目…?」
あ…、これイエスでもノーでもちゃんと返事をしないと何度でも繰り返す感じがする。メセアさんを伴ってミーンに帰る、それは簡単に出来る事だ。しかし、事はそう単純なものではない。まず第一にメセアさんは世界に一人しかいないという世界樹の精霊である、そんな人(精霊?)を簡単につれ歩いて良いのかという事だ。
そしてもうひとつ、こちらこそが大本命…今回僕はシルフィさんと結婚を認めてもらう為にこの里に来た。そんなタイミングで帰りに新たに別の女性を伴って帰ったら問題になるとか世間の目からどう見えるかとか…そんな事が頭を過ぎる。だからとりあえず隣にいるシルフィさんに尋ねる。
「い、いえ…。だ、大丈夫なんでしょうかね…?シルフィさん」
世界樹の精霊が一緒に来たがっている、この意味するところを僕よりはるかに理解しているだろう。それに精霊とはいえ隣に並べば同じくらいの背格好の女性だ、そんな人と一緒に帰ってくるのをシルフィさんはどう思うのか…。ある種の判断の丸投げだがここはその判断に従う事にする。
「え、ええ…。も、問題はないと思いますし…、私からは何も…」
戸惑い気味にシルフィさんが応じた、メセアさんが一緒に来る事に問題は無さそうだし個人的に拒絶するといったような感じでもない。なら、承諾しても問題ないかな。
「分かりました。メセアさん、一緒にミーンに行きましょう。あ…!でも、パサウェイの種を植えに行くのは明日にしましょうね。もうすぐ暗くなりますから…」
「…うん」
こうして僕たちの帰途に新たにひとり、同行者が加わる事になった。そしてその夜、エルフの里では昨晩に続いて大きな宴が開かれた。僕を新たに里に迎える事になった祝いと夫婦になる二人が誕生した事、二重の喜びを得られたと里長さんは喜んでいた。
里に迎えられ、また結婚を認めてもらえた事が僕にはとても嬉しかった。ひとつ意外だったのはシルフィさんのご両親には確かに挨拶はした、しかし家長というか一族代表みたいなポジションにいるのは里長さんなんだそうだ。
これは僕の感想なんだけどエルフの家族制度は僕たち日本人が考えるひとつひとつの家庭単位が家族だと考えているが、対してエルフ族は集落とか里単位で家族と考えているような感じがする。子供が生まれればそれは里の子供、比較的同時期に生まれた人たちはシルフィさんとセフィラさんたちのように兄弟姉妹として育つ…。だから同族意識もその絆も強いのかなと感じた。
「いやあ、良かったのう!ゲンタちゃん!これでシルフィちゃんと一緒になれるんじゃな!」
「ずっと一緒、二人でひとつ…。私と…ソルみたいに…、ふふふ…」
そんな祝福をしてくれているのはソル様とレネ様である。どうせ宴を開くならと僕はゲストを呼ぶ事にした。
「バ、バアさ…。い、いや、レネ!?そ、そんなにくっつかんでも…ぐえっ!!」
「ずっと…ずっと…離さない…うふふふ…」
レネ様の長い長い黒髪がソル様の胴のあたりをギュッと締め付ける。あれが脱出不可能なのは戦闘の訓練とかをまったく受けていない僕にもなぜだか本能的によく分かる。そして口出しなんかしちゃいけない事も…。
ソル様夫婦にはあまり触れないようにして僕は他にもゲストを呼ぶ事にした。たくさんの参加者がいた方が楽しいのは自明の理。精霊界に戻っていたソル様とレネ様を先日やったように呼びかけたらこうして再び里に来てくれたように、僕は里の近隣にいる精霊たちに呼びかけた。
もちろんミーンからサクヤたちも呼んだし、妖精界で出会った精霊たちにも呼びかけた。荷車いっぱいに積んできた菓子や各種ジャムを提供する、他にもパック入りの粒あんも好評だ。クッキーに乗せると精霊たちにも里の皆さんにも好評だ。
その頃にはキリも眠りから覚め他の精霊たちとクッキーを食べたりしている。時折こちらをチラチラと見てくるんだけど、視線が合うと鼻を鳴らして外方を向く。何か気に入らないのだろうか?
「毎度の事だがこの品揃えには驚かされる…、ましてや今回は急遽精霊たちも呼んだのだ。この量を確保するのは難儀な事であろうに…」
ザンユウさんが呟いている。そして残り少なくなった干しパサウェイを見てさらに呟く。
「そしてこの知識…。あのパサウェイをこうして美味くする方法を知っておるとは…、森の民を自称する我々エルフ族が知らなんだ方法で…。ふふふ…」
「そうだ…、ザンユウさん。パサウェイですが寒風にさらす以外にも他の方法で甘くする事が出来るかも知れません」
「な、なにっ!?他にも方法があるのか!?」
「ええ、上手くいくとは限りませんがさわし柿とか樽柿というのが僕の故郷にはあって…」
「さわしがき…?たるがき…?な、なんだ、それは!?お、おのれ…わ、私が知らない手法がまだあると言うのかッ…!?」
ガタッ!!
ザンユウさんが立ち上がり体を震わせている、それは驚きか怒りか…それともその両方か…。いずれにせよ、その心中に激しい風…いや嵐が吹き荒れているのかも知れない。そしてこのさわし柿や樽柿に興味を持ったのはザンユウさんだけではなかった。
「それも…パサウェイで…出来る?」
問いかけてきたのはメセアさん。
「出来るんじゃないかなあ…と。パサウェイと似た特徴がおるんで…」
「干しパサウェイとは…違うの…?」
「苦味やエグみがなくなり甘くなるのは同じです、だけどもう少しみずみずしいというか、あまり乾燥させないので食感が違いますかね」
「おお…食べたい…。あと…、それ…、何?」
メセアさんが僕の手元を見ながら聞いてきた。僕の手には粒あんを乗せたクッキーがあった。
「あ、これですか?これはとある豆を甘く煮たもので、僕の故郷ではデザートを作るのによく使われています」
「食べたい…」
「あ、はい。どうぞ」
僕はそう言って親指と人差し指ではさんだ粒あんを乗せたクッキーをメセアさんの方に差し出した。
「美味しそう…、そして…ゲンタは…色々な物を…持ってるし…知ってる…。むう…、えい…」
ぱくっ!!
「あっ!!?」
ぼわん!!
最近よく聞く効果音みたいなものが鳴った。それもそのはず、なんとメセアさんはクッキーをつまんだ僕の指先ごと口に含んでいたのだった…。