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第67話 塩販売に向けて。からくりハカセ初登場。

 『白き塩』…。

 この商品の登場はギルドで新たな商取引の発展となった。冒険者から見れば真っ白で上質な塩が手に入る、ギルドの視点に立てば、今まで塩を販売するにあたって冒険者保護の為に損をする場合でも冒険者が手を出しやすくなる金額で売っていたが、この塩なら利益が出る。

 僕はと言えば、1キロ税込75円で買った塩が高値で売れるんだからこんなにありがたい事はない。ギルドの買取価格は銀片四枚(日本円で4000円)、もの凄いボロ儲けである。


 しかし、一つ困った事が…。

 盛況過ぎるのだ。昨日はマニィさんが売り子をしていたが、一人で購入希望者を(さば)くのは大変だ。そこでギルドでは人を雇った。

 パンを売り始める早朝からおよそ一刻(約二時間)、一人当たり銀片一枚(日本円にして千円)の報酬で二人の冒険者に売り子をしてもらうのだ。彼らは同じ村からミーンの町に出てきたと言う一組の男女。いわゆる幼馴染で、まだ成人(十五歳)前との事。賃仕事と言えども未成年というのは給金を減らされる事も珍しくないとの事で、働けば確実に現金収入が手に入るこの仕事を彼らは喜んで引き受けたという。

 僕の感覚で言えば中学生くらいの年頃に見える彼らは、まだまだ体の線も細い。そして冒険者稼業はと言えば、多少の危険はあるが身入りの良い狩猟などではなく簡単でありふれた物の採取などをして暮らしている為にあまり楽ではないそうだ。

 しかし、ナジナさんによれば彼らはこのペースで良いと言う。功名心や野心、そんなものに煽られて背伸びしてしまう(やから)は多いが、自分たちの実力を知り無理のない程度で稼ぐというのはなかなかにして難しく勇気が必要()る事だそうで、無理をして怪我をすれば手持ちのあまり無い今の段階では治療も休養も満足に出来はしない。

 戦えなければ戦わない方法で稼げば良いのだ。それに今の時点で採取して役に立つ物を覚えれば良いとも言う。薬草を入手し、傷の手当てに用いたり、使わなければ持ち帰って売る。あるいは簡単な罠や地の利を生かし、獲物を狩猟()る事につながれば保存食を消費せず腹を満たせる。一回につき白銅貨数枚程度の節約や稼ぎでしかないかも知れないが、そんな物でも月に数回、十二ヶ(いちねん)続ければ銀貨一枚を超えてくる。

 金が残る事にもちろん意味はあるが、それだけではなく普段からそう心がけていれば、日々の行動も自然と変わってくる。あくまで蓄銭(ちくせん)は結果、大事なのは姿勢と学ぶ事。得難(えがた)い経験は金銭に勝る価値になるだろう。

 ナジナさんも、生まれ故郷の農村で食べる為に農作物の栽培以外にも採取や狩猟して食料などを得てきた経験が冒険者として役に立ったと言っていた。なら、彼らにもそのようになって欲しいと僕は思ったのだった。



 パンや塩、そして受付の繁忙時間帯(ラッシュ)も終わり、僕たちは朝食のテーブルに着いた。昨日のパンの仕入れは気合いが入り過ぎたのかパンが二つ売れ残った。メンチカツロールとクリームパンが一個ずつ。

 そこで僕はその二つを売り子として頑張っていた若い二人に御馳走する事にした。彼らは早朝に買うのだが、いつも一つずつ。まだまだ体が成長しきっていないから引き受けるには難しい依頼も多く出来る事も限られる為、得られる収入も高い物ではない。

 ゆえに固くて酸っぱいパンや味の大してついてない焼いただけの肉、野菜クズのような物がお情け程度にしか入っていない水のようなスープ…。それらを購入するのと同程度の価格でしっかりと味がついている惣菜(そうざい)や、異世界ではとても貴重な甘いジャムや(あん)が入った菓子パンはとてもお買い得なご馳走なのだそうだ。


「残り物で申し訳ないけど…」


 そう言って二つのパンを渡すと二人はとても喜んでいた。女の子の方は朝から二つは食べきれないだろうから、残すならクリームパンにして昼にでも食べたら良いよと言っておいた。

 そんな二人はパンを半分ずつにして食べていた。これなら購入数が一つずつだとしても複数の味を楽しめる。仲が良いようで何より。

 二人はこの食事の後に、近くの森に行って採取をしてくる予定だと言う。売り子の仕事が終わった直後はそれなりに疲労していたようだが、さすがに若さか…、座って食事をしたらすっかり元気になった。

 若いって素晴らしい。


 しかし塩の販売だけど、今の冒険者ギルドの中だけでこの状況…。もし、町の不特定多数の人が買いに来る一般販売を開始したらどうなってしまうのだろう…。人手足りるかなあ…。

 それを考えると、軽々しく一般販売の可能性をほのめかしてしまったかな….。



 家に帰るとガントンさんたちが緑茶を飲みながら僕とマオンさんの帰宅を待っていた。ドワーフ職人の朝は早い。普段作業をしている日ならとっくに柱の一つも建てている頃合いだが、今日は休日(オフ)

 ガントンさんたちに家を建ててもらう話をした時に、数日に一度お休みの日をもうける取り決めをしていた。ガントンさん達は今日の予定を、ナジナさんやウォズマさんと共に猪や熊などを狙って狩りに行くそうだ。これは先日、ゴントンさんとギルドに行った時に知り合ったナジナさんと意気投合したようで『近いうちに一狩り行こうぜ』というような話をしていたらしい。

 ガントンさんもガントンさんで、腕の良い石工の棟梁(とうりょう)としての顔だけでなく、『剛砕(ごうさい)』のガントンという二つ名付きの凄腕の戦士の顔も持つらしい。強者だけが持つ共感(シンパシー)なのか、ガントンさんも共に狩りに行く事を快諾したという訳だ。


 しかし、僕はと言えば…、今後の塩の販売についてどうしようかと頭を悩ませていた。人手が欲しいなあ…、しかし大抵の冒険者は早朝に目的地に向かってしまう。むしろ、手伝いに二人も残ってくれた事の方が珍しくもあるだろう。

 もっとも中には町の中での依頼、例えば商店や倉庫の警備や作業をしたり、珍しいところでは採取された薬草の葉脈など薬効の少ない部分を取り除いたり、すり潰す等の下拵(したごしら)えをして薬問屋に納品するような少々特殊な物もある。しかしながら、それにはある程度の実績や信頼、あるいは知識や技能が求められる物もあるからそう簡単にはいかないのだが…。

 それにしても人手が欲しい…。人手がないなら機械で…。


「自動販売機でもあればなあ…」


「なんじゃい、それは?」


 ガントンさんが初日に作ってくれた庭に置いてある木製の椅子に座りながら緑茶を飲んでいた僕は思わず呟いてしまっていたらしい。それにガントンさんが興味を示した。

 そこで僕はガントンさんに冒険者ギルドで塩の販売が好調だけど、町の人に欲しがる人が出てきた。しかし、それを売るには人手がない。雇えば良いのだが長続きする商売かどうかも分からないので人を雇うのも今は躊躇(ためら)っている。

 そこで、お金を入れたら塩が出てくるような機械…、いわゆる機巧(からくり)仕掛けのような物は手に入らないかと思い浮かんだので、つい口から言葉が出てしまった事を伝えた。


「ふむぅ…、機巧(からくり)をのう…」


 百聞は一見に如かず、僕はそれをレポート用紙にボールペンで絵を描きながら説明する。ガントンさんは僕の(つたな)い説明をフムフムと熱心に聞いてくれた。


「なるほどのう…。面白い!面白いぞ、坊や!ようワシの前でそんな話をしたのう!」


 ガッハッハとガントンさんが体を揺すりながら豪快に笑う。


「ハカセ!こっちに来て坊やの話を聞くんじゃ!」


 そう言ってガントンさんはベヤンさんの次に若いドワーフのハカセさん…、本名はドクトンといい先生とか博士という意味があるらしい。僕たちの世界で言えばドクターみたいな単語なのだろうか。

 彼はメガネというか…ガッチリとした(ふち)が金属で出来たゴーグル、そしてこれまた頑丈そうな鉄のヘルメットをかぶっている。それらを常に装着しているので鼻から上の素顔は謎に包まれている。

 そんなハカセさんがこちらにやって来る。


「ハカセ!金を入れたら決まった量の塩を計り売りをするという機巧(からくり)だそうじゃ!」


「フヒッ!それは興味深いですねェ」


 ハカセさんは鼻をつまんで出したような独特な声でガントンさんに返答しながら僕の隣に座った。そこで僕は先程レポート用紙に描いた絵を見せ、自販機のおおよその説明をする。

 僕の絵と説明にハカセさんは『ムムム』とか『コレをこうして…』などと呟きながら頭の中で何やら思案している。


「坊や。このハカセはの、物作りが好きな男じゃが特に新しい仕組みやが機巧(からくり)を考えるのが好きな男じゃ。以前は演奏箱(オルゴール)にかかりっきりでの、従来のものでは短い旋律しか流れなかった物を工夫しての…。丸々一曲演奏しきるように改造しおったのじゃ」


「へぇー、一曲丸々ですか!そりゃ凄い!」たしか僕の実家にも一個だけオルゴールがあった。箱型ではなく人形型のもの、曲は白鳥の湖だが曲中の有名な部分のみ音楽が流れる物だった。現代の僕らが手にするオルゴールがそんな感じだ、それを一曲まるまるとは凄い。


「ゲンタ(うじ)!ゲンタ(うじ)!ここから硬貨(コイン)を入れ、下のここから物が出てくるのは分かりましたぞェ!だが、このたくさん並んだこの突起物(ボタン)はなんぞなもし?」


「ああ、それは…」


 僕はジュースの自動販売機をベースにして説明用の絵を描いていた。塩を決まった量だけ売るのなら確かにこんなにボタンの数は不要だ。ハカセさんにこれは複数の種類の品物からどれかを選ぶ為の仕掛けと説明した。


「フヒヒ!そうなると…、そうかそうか!なるほど…、今回は塩を定量売れば良いのだから、こんなに突起物(ボタン)は不要で…」


 ちなみに僕はさらにもう一本ボールペンを出しハカセさんに渡した。今ではそれを使ってハカセさんが僕の描いた自動販売機に何やら書き込み仕組みを考えている。

 そして僕は先程のハカセさんが言っていた『こんなにボタンは不要』の言葉を聞いて、取り扱い品目が少ない自動販売機が何かなかったか思い浮かべた。

 …あ、あったぞ。そう言えば。


「一種類だけの商品だけ取り扱うなら、むしろこんな感じですかねえ」


 そう言って僕は…、日本の町中、薬局の横などで見かける『明るい家族計画』でもお馴染み避妊具の自動販売機の絵を描いた。


「おおっ、これですぞ!ゲンタ(うじ)!今、拙者(せっしゃ)が絵にしようとしていたのは!うんうん、これなら出来る、出来ますぞェ!」


 見ればハカセさんも同じような絵を描きかけているところだった。


「よし!ならこの話はハカセ、お前が段取りしてみな!鉄も木もここにある物は自由に使って構わねえ。ベヤンを助手に残す、坊やとベヤン、力を合わせて作ってみろい!」


 そう言うとガントンさんは右手の人差し指と中指の二本を立て、『クンッ!』と天に向けた。


「レ、師匠(レーラァ)!!このような全くの新しい機巧(からくり)の開発に拙者を…。必ず…、必ずやこのドクトン、師匠のご期待に応えて見せますぞェ!」


「おう、お前の力で…アッと言わせてくれよ!…っと、客人のお出ましだ。者共(ものども)ッ、出立(しゅったつ)じゃあッ!!」


 轟くようなその声にドワーフ一行がザッと同時に立ち上がる。見ればナジナさん、ウォズマさんが到着した所だった。



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