第666話 三人の名付けと干しパサウェイ
ホントに悩んだ…、ネーミングは難しい。
「えーと…、じゃあ…エアリー」
『却下』
「えー、これも?もう五十個は言ったと思うんだけど…」
僕は疲れ気味に応じる、もうアイデアは枯渇気味だ。今、僕は風精霊に名前を提案しているんだけど…。
『全ッ然ダメね!アンタ、センス無さ過ぎよ!もっとアタシが呼ばれたいって思うようなのはないの?』
「うーん…。じゃあ、君が呼ばれたい名前を自分で考えるっていうのは…?」
『ダ、ダメよ!!そんなの絶対ダメ!!これはアンタが考える事に意味があるんだから!分かったらさっさと考えなさいよね、こうやって待っててあげてるんだし!』
両手を腰に当ててツンと横を向く風精霊、だけど時折こちらの様子を窺うようにチラチラと視線を向けてくる。
「風精霊だからピュロス…。うーん、これだとなんかフィロスさんと似てる感じになるな…」
『そうね、アタシも誰かに似てるのなんて嫌。そのへんは同意するわ、アタシはアンタの一番…』
「僕の…一番…?」
『〜〜〜ッ!!?ば、馬鹿ッ!違うわよ!』
「な、何が?いたたたっ!!」
ぽかぽか!
風精霊が僕の頭を叩いてくる。
『ア、アタシはアンタがその鈍い頭を働かせて考えた名前で一番マシなので納得してあげるって言ってるの!ほ、ほらっ、次よ次ッ!』
「なんか納得いかないなあ…」
そうは言ったものの風精霊が何やら真剣な目で見ているものだから再び僕は考え始める。
「風に関係する言葉がいいよな…、やっぱり…」
『そうね、それには同意するわ』
「うーん…、凪は…?」
『良い!…けど、やめとくわ。なんか大いなる意思を感じたのよ、それには触れるな…って』
「そう?じゃあ、普通の女性名をちょっと混ぜてみようかな。ルイz…」
『それダメッ!』
「ええ?なら…シャn…」
『アンタ、消されるわよ』
ジトッとした目で風精霊は言う。この精霊、なんていうか表情が目まぐるしく変わる。喜怒哀楽のオンパレードだ。
「難しいなあ…。それなら風と組み合わせられる言葉にしてみるか…。風の吹き回し…風を読む…なんか違うな…。風を待つ、風薫る…あ!薫はどつ?」
『悪くないけどアタシにはなんかちょっと違う感じがするのよね』
「あー、たしかにそんな感じするね。薫って名前はもっと落ち着きがあるっていうか…」
『なんか言った?』
「いや、なんにも!!」
『なんか納得いかないわね。まあ、いいわ。あと、名前だけどもう少し短い方が良いわ』
「ふう…、危ない危ない…。じゃあ、風を待つ…違うな。風を切って進む…切る…違うな…あっ、キリでどう?」
『キリ…か。ま、まあ、いいわ!アタシは今日からキリ、アンタが無い頭絞って考えた名前だからね。し、仕方ないからこれで納得してあげるわっ!』
「や、やっと終わった…」
かなり時間を要しての決定に僕は疲労感がいっぱい。一方で土精霊と氷精霊の二人は僕が最初に挙げた名前で頷いてくれた。
土精霊にはグラという名を付けた、地面という意味のグラウンドから取った名前だ。風精霊のキリに二文字の名を付けたから土精霊の彼女にも二文字の名にした。一方の氷精霊にはクリスタと名付けた、理由は透明なガラス細工のような姿からクリスタルガラスを連想させたから。そんな訳で僕は新たに迎えた三人と向かい合った。
「キリは自分からなるって言ったからともかく…。グラとクリスタは本当に良かったの?僕についてきて…さ?」
僕が尋ねると二人は頷いた。グラはキリの後ろに隠れながらアワアワと、クリスタは機械的な動きで静かに頷いた。
「そう?でも、嫌になったら言うんだよ?」
『なんかアタシの時と違うんだけど〜』
キリが不満そうに言っているがそこはスルーを決め込む。
「それじゃ三人に既に一緒にいる子を紹介するね」
そう言ってサクヤたち四人の精霊を紹介する、ケンカ腰の態度をしていたキリがいるから一時はどうなる事かと思ったが特に問題なく顔合わせは終わった。どうやら精霊同士…、あるいは女の子同士ならキリは仲良くできるらしい。その友好ムードを少しは僕に向けてくれても良いだろうに…、僕はそう思っているとキリは突然何かを思い出したかのような声を上げた。。
「あっ!そう言えばパサウェイの実が乾いたんじゃない?アンタちょっと見てみなさいよ!」
枝に吊るしたパサウェイの実に視線をやると色合いもすっかり燻んだようなものになり、ふたまわりくらい小さくなっている。
「ん…、触った感じはまさに干し柿だが…」
僕は果物ナイフを取り出すとパサウェイの実に切れ目を入れる、そしてそれを足がかりに指でちぎってみる。半生の果実の断面、それを見て僕は考えを確信を持った。やっぱり異世界版干し柿になってそうだと…。だけど、周りはそうは思っていないようだ。
「ゲンタさん、やっぱりこれは…」
「うんうん、あれだけ苦くてエグいパサウェイが美味しくなるなんて思えないよ…。ただ味が濃くなるだけなんじゃ…」
シルフィさんやロヒューメさん、他にも誰もが不安そうに僕を止めようとする。ちなみにそれはシルフィさんたちだけじゃない、精霊たちも不安そうな顔をしている。
『ね、ねえ…』
キリが声をかけてくる。
『ア、アンタ…、やめといた方が良いんじゃない…?い、今ならまだ間に合うわよ。パサウェイなんて…、ちょっと舐めただけで口の中がおかしくなっちゃうんだから!』
「まあ、そうだけどさ…」
でも、僕は知っている。渋柿は皮をむいて寒風にさらして干してやる事で渋味の元になるタンニンが変質して渋さがなくなり甘味に変わる。それを知っているからこそ干してみようと考えた訳だけど…、これが柿と一緒の成分とは限らない訳だし僕もちょっとは良いカッコのひとつもつけたくなる。
「せっかくキリたちが干してくれたんだから、きっと美味しいはずだよ。いただきます」
『ア、アタシの事を信じてるんだ…』
とは、言ったものの不安がゼロではないのもまた事実。パサウェイの実を小さめにちぎり前歯で噛むようにしてちょっとだけ口内に含んだ。
「………。おいしい…」
ふわぁ…と甘みが広がった。凄いな、これ…。
「パサウェイのあの濃すぎる渋みが甘みに変わる分、とんでもなくベタッとした甘さになるかと思ったけど違う…。深いな…これ…」
思わず呟きが洩れる、それを聞いたシルフィさんたちや精霊たちもやってくる。キリがモジモジしながら口を開く。
『そ、それ…ホントに美味しいの…?じゃ、じゃあ、その手に残った…』
(た、べ、さ、せ、て…)
何かを言いかけたキリより一歩早く僕の目の前にカグヤがふわりと浮かぶ、自らの唇をツンツンと指差して軽く顎を上げた。ついでに目まで閉じてキス待ちをしている女の子のようだ。
「え?う、うん…、僕の食べかけだけど…」
そう言ったんだけどカグヤは気にしないようで僕が干しパサウェイのカケラを持っている僕の指先を抱きしめるようにするとそのまま干しパサウェイに口をつけた。
(美味しい…)
くすっ…。
カグヤが微笑む。
「美味しい?良かった…」
(ほら、お返し…)
今度はカグヤが干しパサウェイを両手で天に掲げるように持つと僕の唇へと差し出してくる。
(シルフィの前で…た、べ、て…)
どきん!!
僕は焦りを覚えたが必死に動揺する心を抑え込む、なんとかパサウェイを食べ終えると平静を装い何か言いかけていたキリに話しかける。
「そ、そういえばキリ。何か言いかけてたけど…どうしたの?」
ポカンとした顔をしているキリだったが次第に表情が戻ってくる。シルフィさんたちや精霊たちは干しパサウェイがまずくはない事を知って試食を始めようとしている。そんな中、キリがようやく動きを取り戻すと僕に向かって飛んできた。
『馬鹿ぁ〜ッ!!』
「ちょ!?な、何!?」
ポカポカ!
今日何回目だろうか、キリがまた僕に怒涛の連打を繰り出すのだった。
ツンデレとヤンデレ。
しかしながらカグヤの方が一枚上手なのです。