第664話 異世界干し柿とツンデレ風精霊(ゼピュロス)
風精霊の声はみなさんのお好きな声で脳内再生をして下さい。
たとえば釘宮さんボイスとか…。
ちなみにみなさんの推しツンデレボイスはどなたでしょう?
パサウェイの木の枝に吊るした皮むきした果実…、それが冷たい風に揺れている。ピュウピュウと冬に吹く風独特の音を立てている。
「この分なら半刻もあればしっかり乾燥しそうですね」
氷と風の精霊によって干し柿…いや、干しパサウェイが作られている。
「だけど、これ…。あのパサウェイがホントに美味しくなるの?」
ロヒューメさんがいかにも疑ってますといった感じで問いかけてくる。
「分からないですね、正直。同じ果物ではない訳ですし…。でも、僕の故郷で手に入る干し柿を持ってきましたからこれをみんなで食べながら待ちましょう」
そう言っていつも背負っているリュックを僕に代わって運んできてくれたシルフィさんから受け取りレジャー用の紙の皿に干し柿を乗せていく。ちなみに僕ら以外にサクヤたちもこちらに来ていた、早朝のギルドでの販売も終えたマオンさんは自宅に戻り昼まで一休みしているという。その間、こちらに遊びに来たという訳だ。
「ほら、みんなも…」
そう言って僕は別の皿にサクヤたちの分の干し柿を確保する。もっとも彼女たちは体のサイズが小さいから食べやすいように僕が手で小さくちぎった物だ。
「君たちはどうする?作業が終わった後かな?それとも僕が持って行こうか?」
そう尋ねたのはパサウェイの実に冷たい風を当てている氷と風の精霊、…そしてそのそばにいる土の精霊。すると風の精霊がツンと澄ました表情で横を向いてそこに置いといてといった仕草をした。
「ん?別にパサウェイの実のそばでつきっきりでなくても風は吹かせ続けられるの?だから自分で食べられるって事?」
僕がそう言うと風精霊は『そうよ!』と言わんばかりに鼻を鳴らした。
「ふふ…、精霊にしてみれば私たちが息をするように造作も無い事でしょうからね。これは余計なお世話だったといったところでしょうか」
タシギスさんがその様子を見ながら解説するように言った。
「そっかあ…。じゃあ、ここにあるからね」
僕がそう言うと三人の精霊がこちらにゆっくりやってくる。こちらではサクヤたちがちぎった干し柿を手に取り始めた。そしてカグヤは…というと手にした干し柿を僕に差し出すと自分の唇に人差し指でツンツンと触れた。食べさせて、という事だろう。
「分かった。ほら、どうぞ」
親指と人差し指でつまんで干し柿を差し出すとカグヤはそれを食べ始めた。
(ふふ…、美味しい。シルフィが見ている前だから…かな?)
「ッ!?」
どきり!!
心臓に悪い。すぐ横にはシルフィさんがいる、怖くてそちらが見れない。助けを求めるように他に視線をさまよわせるとそこにはこちらを見つめる風精霊がいた。
「……………」
風精霊は僕とカグヤの様子をじっと見ている、やがてカグヤがクスッと笑うと僕から離れた。すると風精霊はハッとした表情になった。そこにエルフの皆さんの声が聞こえてくる。
「美味しい!これが…」
「落ちついた甘さですね。それに熟成されたような…」
「うん、複雑で奥行きがある味わいだわ」
「これがパサウェイの実に似た果実からできるなんて…」
シルフィさんをはじめとして全員から高評価だ。その時、つんつん…と僕の肩をつつく感触がした。
「え?」
僕が振り向くと風精霊が俯き加減に仏頂面をしながら干し柿をちぎったものを手渡そうとしてくる。それを受け取りながら僕は彼女に問いかけた。
「ど、どうしたの?僕にくれるの?」
「〜〜〜ッ!!?」
風精霊は僕の胸元に飛び込むとその小さな拳でポカポカと叩き始めた。どうやら僕の受け取り方は違ったらしい。すると彼女は自分の唇にツンツンとその指先を当てた。
「食べさせろって事?でも、さっきは自分で食べられるって…」
ポカポカポカポカッ!!
まるで乱舞系の超必殺技のように怒涛の連打が僕を襲う、もっともあまり痛くないけど…。
「わ、分かったよ。ほら…」
僕は干し柿を持ち直すと風精霊に向かって差し出す。すると彼女はまたもやフンと鼻を鳴らすとゆっくりと干し柿を食べ始めた。その様子を氷精霊は直立不動の姿勢で、土精霊は風精霊の後ろでオロオロしながら見守っている。
「どう、美味しい?」
ニコニコしながら干し柿を食べている風精霊に僕が尋ねると急に表情を引き締めて鼻を鳴らしてそっぽを向いた。その表情から見てまあまあ美味しいとでも言っているような感じだ。
「ん…、もうすぐ食べ終わるかな。じゃあ…」
「ッ!?」
僕は残り少なくなった干し柿から指を離そうとした。しかし、風精霊は頭から突っ込んでくるように最後の一口を食べようとした。その結果、風精霊の唇が僕の指先に軽く触れた。
「あっ!!?」
ぼわん!!
いつか聞いたような音がした。たしかこれってサクヤやカグヤが僕と一緒に過ごすきっかけになった時の…。
『あ…、あ〜っ!!ア、アタシの唇に触れちゃったわね!アンタとアタシの魂がつながっちゃったじゃない!!ふ、ふんッ!アンタ、頼りなさそうだから…。し、仕方ないからアタシがついててあげるわっ!!』
片手は腰、そしてもう片方の手は僕の方に人差し指を向けて風精霊は宣言するのだった。