第662話 はじめてのさいしゅ!…失敗?
「そう言えば採取をするのって初めてですね」
エルフの里を出て歩く事しばらく…、僕はそんな呟きを洩らした。
「考えてみれば商売以外はほとんど受けた事がないし…。例外としたらアンデッドの大軍が攻め寄せたあの時とか…」
「そうですね。あとはモネ様の傅育の依頼でしょうか」
「たしかに…」
隣を歩いているのはシルフィさん、僕と言葉を交わしながら森を歩く。
「でも、どうしようかー?」
のんびりとした声で後ろに続くロヒューメさんがのんびりした声で言った。
「ホントに取り尽くしちゃってるよー、張り切り過ぎだよ!里長は!!」
見回してみるが見えるのは草木ばかり、まだそこまで歩き回った訳ではないが食べられそうな木の実などまったくもって見当たらない。里から遠く離れれば話はまた別かもしれないけどそれは本当に遠い場所だろう。なんたってエルフ族は森歩きのスペシャリスト、その彼らが遠くと言っているのだから本当に遠くだと思う。だから僕は近場に何かないかと考えたんだけど…。
「駄目ね…。本当に…これでもかというくらい取り尽くされているわ…」
セフィラさんがため息混じりに呟く。他のついて来てくれたフィロスさんたちも同様だ、これは考え方を変えた方が良いかも知れない。目線を変えて違う物の採取を考えた方が良いかもしれない。その事を伝えてみる。
「ですが…。それも厳しそうですねえ…」
タシギスさんが渋い表情をしている。
「どうやら里長たちは茸なども摘み取ってしまったようです。しばらくすればまた生えてきますがやり過ぎですねえ。こうと決めたらテコでも動かない、悪いクセがここで出てしまうなんて…」
そうなのだ、木の実が無いなら茸とかを…と考えたんだけどそれはエルフの皆さんも同じ考えだったようですでに採取が終わっていた。困ったぞ…、これは困った。手詰まりか…、そんな考えが浮かんでくる。
「駄目だ、駄目だ」
僕は頭を振る、弱気な考えを振り払うように…。
「そうだ、エルフ族の皆さんがあまり立ち入らないような場所ってありますか?」
「え?は、はい、ありますけど…」
シルフィさんが応じる。
「ですが本当に何も無いですよ?食べられる物なんて…」
「ま、まあまあ。僕は人族ですから変な物を見つけるかも知れません、あまり立ち入らない場所ならなおさら…」
「分かりました。それでは行ってみましょう」
……………。
………。
…。
シルフィさんたちが案内してくれた場所…。そこは確かに森ではあった、しかしどこか雰囲気が違う。日当たりは良い、水はけも良さそう…。でも、何か周りと違う…雰囲気みたいな者が…。
「ここが…」
「ええ…」
シルフィさんが応じる。周りをもう一度見回してみる、やはりどこか違和感を感じる。それが何かは分からないけど…、妖精界の森、それは間違いなさそう。だけど言葉には出来ない、そんな感覚だ。
「ここはねー」
ロヒューメさんが話し始める。
「食べられる実を付ける木が無いんだ、だからみんな来ないんだよ」
たしかにそうだろうな、実を付ける樹木が無いのならわざわざ採取には来ないよなあ…。でも、だからこそ見落としている物はないだろうか?新たに何か芽吹いていたりとか…。
しかし僕の期待とはうらはらに何も見つからない、木立だけが続いている。
「このあたりの土はですねぇ…」
タシギスさんが話し始める。
「水はけ自体は良いんですが、やや多く水分を含み過ぎるんですよ。ですから仮に畑にするとしても小麦などを作るには土が湿り過ぎていましてね、育ちが悪くなってしまうのですよ」
「水を多く含む土地…」
タシギスさんの言葉に僕は思い当たるフシがあった。この世界に来て以来、蒸し暑いと言う感覚を持った事はない。時に雨に降られる事はあるにはあったが、よほどの大雨の直後に強い日差しに照らされでもしない限りはやはり蒸し暑さとは無縁だ。そういう意味では日本とは違う降水量や湿度が少ない気候なのかも知れない。
「だから適さないのかな…」
「どうしたんですか?ゲンタさん」
僕の呟きにシルフィさんが反応した。
「あ…。実はですね、ちょっと気づいた事があって」
「気づいた事?」
「ええ、ミーンの皆さんも最近慣れてきてるお米なんですけど…。あれって畑ではなく田んぼっていう水を張った場所で作る農作物なんです」
「まあ。それは池とか沼のような…?」
「いえ、そこまで深い訳では…。足首よりは深いくらいですね。だから水を多く含むこのあたりは皆さんが見慣れていて、かつ食べ慣れている物が実るには適さないのかなって…。逆に僕は雨が多く湿気が多い地域の生まれなんです、だからそれと似たような土地であるこのあたり、何か見つからないなあ…」
歩き回る事しばらく…、僕はそれを見つけた。樹皮に細かく小さい鱗のようなものが入った一本の木だった。そしてその枝の先にはオレンジ色をしたゆで卵のような実がついている。それもたくさん…。
「あ…、これ…」
僕はその木の実を見上げた、背伸びして手を伸ばせば届くところにそれはある。
「あー、パサウェイの実かあ…」
まったく関心を持っていなそうな声でロヒューメさんが言った。
「パサウェイの実?」
「うん。あ、ゲンタさん。これ食べようなんて思っちゃダメだよ?」
「え?もしかして、毒があるとか?」
「毒は無いけど…」
そう言うとロヒューメさんはパサウェイの実について教えてくれた。食べても毒ではないがとんでもなく苦く、様々な雑味も混じりエルフ族からは敬遠されているとか…。そもそもこの森は豊かな森であり、飢え死にしそうならともかく他に食べられる物があるのにわざわざ食べはしないとの事。この実を見つけても通り過ぎ(パス)、離れる(アウェイ)事からこの名がついたらしい。
「そうなんですか…。でも、他に取れそうな物もないし…。試しに食べてみるか…」
ぶちっ!
僕は手を伸ばしてパサウェイの実を取った、布で表面を拭きリンゴの丸かじりをするように口を開けた。
「やめた方が良いと思うよー」
ロヒューメさんの声が聞こえたが僕は意を決してひとくち食べてみた。シャクッと良い音がする、感触は悪くな…い…が…。
「…ウゲゲェェッ!!」
噛んだ瞬間果汁が口内にほとばしる、とんでもない味だ!インスタントコーヒーの粉を入れすぎて苦味がこれでもかと襲ってくるような感覚!他にも渋みや雑味が駆け巡ってくる。多分僕は今、ものすごく顔をクシャクシャにしているだろう。だけどそんなモンじゃ表現出来ないような不味さである。
「ゲンタさん、お水を!!」
水筒として使っているペットボトルをシルフィさんが手渡してくる。中にはセラが入れてくれた水が入っている。その水で僕は強引にパサウェイの実を胃の中に流し込む、それでもまだ衝撃的な味が口の中に残る。
「だから言ったのにー」
ロヒューメさんがそれ見た事かといった感じで言った。
「いや…、どんな味なのかなと…。それにこのまま食べなくても…」
そう言った僕だったが…。
「他の果物と合わせるにしてもこの苦味が強すぎて使い道がなかったようですよ…」
シルフィさんがまとめるように言った。僕は口直しとばかりにさらに水を飲む。
「うーん、そうなのかあ…。…あれ?」
水を飲み口の中の苦味が薄まってきた事によって気づいた事があった。
「この味…、もしかして…?ひょっとすると…」
「どうしたんですか、ゲンタさん」
「あ…、うん…」
僕はこのパサウェイの実を食べる方法を考えながらシルフィさんの声に曖昧に頷いていた、