第660話 闇精霊の純(重?)愛
今話では闇精霊に愛されるとどうなるかを書いてみました。
ガン◯ム風に言うと
「よく見ておくのだな、闇精霊に愛されるというのはこういう事だ!」
って感じでしょうか。
どうぞ最後までお付き合いください。
「ゲン…タ…?」
くるり…。
ソル様の妻であり闇の大精霊でもあるというレネ様、全身黒ずくめの魔女のような姿の彼女がこちらに来る。歩いてはいない、まるで氷の上をスーッと滑るように彼女の影と共に近づいてくる。もしかすると影ごと…いや、影を滑らせているのだろうか。当然ながら足音なんかしない、無音である。
「あなたが…」
目の前にやってきたレネの紅い瞳が僕を捉える。ちなみにかなり距離感が近い、こんなに顔を近づけるような間柄は普通恋人同士かメンチを切り合う粗暴な人ぐらいだろう。
「…ゲンタ?」
「は、はい。初めまして、レネ様。ゲンタと申します」
僕がそう言うとレネ様はにこりと目を細めた。
「話には…聞いていた。あなたとは…初めて…会った…気が…しない」
「話には聞いていた…?僕の事を…ですか?」
「そう、割と…前から…」
「以前からですか?それは…、いったいどなたから?」
気になったので僕は尋ねた、予想では夫であるソル様かなと思った時の事だった。
ふわり…。
カグヤが目の前にやってきてその短めのスカートに裾をつまんでレネ様に礼をする。
「まさか…」
「そう、この子から…」
にこ…。
レネ様とカグヤ、二人とも似たような小さな笑みを浮かべた。
……………。
………。
…。
僕たちはエルフの里の広場に集まっていた。そこは集会所を兼ねているという。そこは丸太を半分に割って長椅子のようにした物があり里のエルフの皆さんと共にお茶を楽しむ事にした。
「いや、今日はなんという日だ。大精霊のソル様、レネ様を我らが里にお迎えできるとは…。さらには数えきれぬ程の精霊たちの訪問…、これもひとえにゲンタ殿の呼びかけぎあったればこそ!それにこの花のお茶!!茶葉とは違う風味、これを味わえる幸運にも感謝せねば!まさにゲンタ殿は凄腕の商人であるな!」
花の部分を干して作られるというジャスミンティー、それを初めてのんで感動した里長のヨイショ攻撃が止まらない。ソル様が現れて以来、僕の評価が限界突破しこれ以上ないくらい持ち上げられている。その僕の評価爆上げの立役者ソル様だけど…。
「飲んで…」
「ハイ…」
隣にピッタリと寄り添うように座ったレネ様からアレコレと世話を焼かれている。ちなみにソル様は逃げようとしても逃げられないだろう、なぜならソル様の腰のあたりをレネ様の長い髪がグルグル巻きにしているから。あれでは逃げようとする素振りを見せただけでもレネ様にお仕置きされてしまうだろう。
「食べて…」
「ハイ…」
レネ様に言われるがままに紅茶を、そして今度は口元に差し出されたクッキーを食べている。いわゆる『あーん』というやつだ。傍から見れば楽しくラブラブに見えるのにソル様の瞳には光が無く、それどころか諦めのような色さえ浮かんでいる。一方のレネ様は非常に嬉しそう、甲斐甲斐しく世話を焼く。そのレネ様が不意にこちらを見た。
「…何?」
「い、いえ!そ、その…、な、仲睦まじくて羨ましいなあ…って」
「…そう?」
にこり…。
レネ様の声の高さがわずかに上がった。口元を隠す布があるので表情が全部見える訳ではないがその目元は明らかに細められている、どうやら喜んでいるようだ。
「…あなたも」
「…え?」
すっ…、僕の口元にクッキーが一枚差し出された、レネ様の言葉もあり僕はそれが隣に座るシルフィさんによるものかなと思った。ちらり…、差し出されたクッキーをよく見るとそれを持っているのはシルフィさんの指ではなく…。
「カグヤ…」
にこ…。
カグヤがクッキーを両手で掲げるように差し出している。
「カグヤはレネ様の真似をしたいのですね。それに前々からゲンタさんに非常に懐いていましたから…」
隣に座っているシルフィさんが微笑ましいものを見るような表情で言った。
「さあ、せっかくカグヤから差し出してくれているんですから…、ゲンタさん」
「は、はい」
僕はクッキーを食べようと口を開けようとする。その時、カグヤは自分が持っている方のクッキーを一口かじった。そしてそのまま差し出してくる。
「ッ!?」
「ふふ…、ゲンタさんにクッキーを差し出したのは良いけれど我慢が出来なかったんですね。思わずかじってしまうなんて…」
僕の隣でシルフィさんは穏やかな春の日に咲いた花のような笑顔を浮かべている。
(食べて…)
カグヤが僕の心に直接話しかけてくる。
(私が一口食べたクッキー…。シルフィの目の前で…ねえ、食べて…?)
どきんっ!!
カグヤの言葉に僕の心臓が跳ね上がる。
(結婚の挨拶に来た日に…、シルフィの目の前で…私が口を付けた物…食べて…?)
そ、それは…、僕が戸惑っているとカグヤは楽しそうな表情を浮かべる。まるでとっておきの悪戯をしている幼子のようだ。しかしカグヤの浮かべている笑みは単純にそれだけではなかった。
(ねえ…、早く。食べてくれないと…)
くすっ…。
カグヤが静かに笑った、そして再びその唇をクッキーに寄せていく…。
ちゅっ…。
カグヤはクッキーに唇を触れさせた、もちろんキスをするように…。
(もっと…しようか…?そろそろシルフィも気付いちゃうんじゃないかなあ…ねえ?)
「う、うう…」
(はい、た・べ・て…。そうしないと…ふふ…)
ぱくっ!!
これ以上カグヤをフリーにすると何をするか…、そう思った僕は差し出されたクッキーに食いついた。
(ねえ…、美味しい?)
うん…、美味しいよ。安心の味だ、悪く言えば食べ慣れたプレーンクッキーの味。
(そう、美味しいんだ…。ところで…、ゲンタ…)
さくっ…。
クッキーを噛む音がした。
「まあ…」
シルフィさんが声を上げた。
何事かと思ったら再びカグヤがクッキーをひとくち齧っていた。それをこちらに差し出している。
「これは…、精霊は親愛の情を示す為にひとつの食べ物を分け合う事があると言います…。もしや、カグヤはゲンタさんとそうしたいのかしら…」
「そういえば…」
こういう精霊にとってサイズが大きい食べ物…、例えばクッキーなんかを食べる時にはよくカグヤとサクヤ、ホムラとセラがペアになって半分こして食べたりしている。
もっとも今はサクヤたちはお腹がいっぱいのようであまり食べたそうな雰囲気はない。おそらく朝食販売の後にお腹いっぱい食べてきたのだろう。その中でカグヤだけが異彩を放っている。
(ふふ…、たくさん食べてね…ゲンタ。クッキー…、まだまだあるよ…。一枚一枚に込めるね、私の気持ち)
隣に座るシルフィさんよりも近い位置に身を寄せながらカグヤは僕にそう告げるのだった。